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第2話 歪んだ想い

 優馬の幼馴染であるところの私は、いわゆるTSチート転生者だ。

 女神を名乗る存在に、願いを叶えようと言われてこの世界に生まれた。

 前世と全く同じような生活ができる環境で、チート能力を持って。

 だけど、そこまで興味を惹かれる事柄もなかった。


 私は清楚系の美少女になれて満足していたし、幼馴染も平凡だったから。

 今では、優馬のことは誰よりも気に入っているんだけどね。当時は、ただのヘタレとしか思っていなかった。

 前世の私のほうが、よほど優れた男だったと思っていたくらいには。


 それが変わったのは、私が犬に襲われた時。

 子供の体にとって、犬というのはとても大きくて怖かった。思考が止まって、何もできないくらいに。

 全力で迫ってきていて、チート能力を使うことすら思い浮かばないくらいに焦って。

 だけど、優馬は私をかばってくれた。自分だって震えていたのに、私が危ないと認識したら、すぐに。


 牙が彼の腕を引き裂いて、とても痛々しかった。それなのに、犬が去って行って、私が安全だと思ったらふにゃりと笑う。


「愛梨ちゃん、大丈夫だった?」


 なんて言いながら。

 その時だったのだろう。優馬がヒーローのように見えたのは。


 前世から私は考えていた。

 本当のヒーローというのは、恐れを知らない存在じゃない。

 恐怖に怯えながらも、それでも大切な誰かのために立ち上がる人。

 そんな人間は居ない。心のどこかで理解していたけれど。


 だけど、優馬は違った。犬からは遠ざかっていたし、私よりも怖がっていた。

 にも関わらず、私を助けるためだけに立ち上がったんだ。

 ただのヘタレなんかじゃない。本当の勇気を持ち合わせた存在なんだって思えた。


「ありがとう。優馬君のおかげで、私は無事だったんだよ」


 私は軽い言葉しか返せなかったけど、本気で感謝していた。優馬と出会えたことに。

 前世でも、今世でも諦めていた。私が理想のヒーローと出会うことは。

 だけど、優馬ならあるいは。物語のような、輝ける英雄になってくれるかもしれない。そんな期待を抱いた。


「ケガがなくて良かった。怖かったけど、頑張って良かったよ」


 自分は大怪我をしているのに、私の心配をする。

 私には、優馬がとてもキラキラして見えた。子供なのに、いや、子供だからこそかもしれない。本物の勇気と優しさを持った人だと、心の底から信じられた。


「病院に行こう。ちゃんと、治してもらわないと」


 それから、優馬の両親に連絡をして、謝って、病院に付き添って。

 彼は痛かったはずなのに、私を安心させるために笑いかけてくれた。

 だから、私の心は決まった。優馬のために力を尽くそうと。


 それからの日々では、ずっと優馬のそばに居た。

 他者から排除されないために女を演じていたけれど、明確に優馬を意識した行動に変わっていたんだ。


 だけど、かつて見た輝きが、だんだん失われていくような気がした。

 相変わらず優しいけれど、いじめられてすら反撃しないような人になって。


 優馬は私を大事にしてくれている。私だって、優馬から好んでもらえるように動いた。

 前世では男だった私は、どんな事をすれば優馬がときめくのかは、よく知っていたから。

 それで、美人で可愛くて愛嬌のある私に好かれている優馬が目をつけられた。


 所詮はつまらないチンピラで、殴り返せばどうとでもできそうな相手。

 それでも、優馬は何もしようとはしない。見ていて腹が立ってきた。


 私が同じ状況だったなら、後悔するまで反撃していたのに。

 相手がどうなったって、知ったことじゃない。

 自分を軽んじるような人、ボコボコにしてやるのが手っ取り早いのに。


 だから、優馬と話し合ったりもしていたんだ。

 確か、中学生の頃だったかな。完全にヘタれていた優馬を相手に。


「ねえ、どうして反撃しようとしないの? やっぱり、度胸が足りないの?」


 優馬のことを見ているのがつらくて、つい口が悪くなる瞬間もあった。

 いつか見た輝きは、もう遠いものなのだろうか。そんな気すらして。

 勝手な期待だってことは分かっている。人はヒーローになんてなれやしない。

 それでも、優馬なら。そう考えることを止められなかった。


「怖いんだよ。人を傷つけるのが。確かに、度胸が足りないのかもしれない」


 なんて言う優馬は見ていられなくて。それでも、私には優馬だけだった。

 私は美人に生まれたから、くだらない性欲を向けられることは多かった。

 元が男だからこそ、どれだけ下卑た感情を持っているのか、よく分かるから。


 優馬だけは違った。幼馴染として、ちゃんと大切な相手だと思ってくれた。

 ただのヘタレになってしまっても、どうしても嫌いになれない理由だった。


「なら、私が代わりに攻撃してこようか?」


 そんなセリフが、私を変えるきっかけになる。

 さっきまで情けない顔をしていた優馬が、急に表情を変えた。

 思わず見とれてしまいそうになるくらい、男らしいものに。

 もともと、顔の形は悪くなかった。オドオドしているから減点だっただけで。


「やめて。愛梨を傷つけるくらいなら、僕がやるから」


 それで分かった。優馬は、私が危険になりそうなら勇気を発揮できる人だって。

 同時に、強い欲望が浮かび上がってきた。

 私が本気で追い詰められれば、優馬は本当のヒーローになってくれるんじゃないかって。


 だから、チート能力の使い所を決めた。これまで、全然役に立ってこなかった力の。

 優馬に試練を与えるため。それだけのために使うって。

 きっと、素晴らしい英雄譚の始まりになるだろう。そんな予感がしていた。


 私は与えられたチート能力を活かして、現代にダンジョンを生み出すことに決めた。

 物語でよくある、怪物を倒す英雄の戦場として。


 どんな形のダンジョンにするか、難易度をどうするか。それらを考えている間に、私達は高校生になっていた。

 何度もチェックして、計画が完成したと考えて実行に移す。


 日本のあちこちに、ダンジョンと現実をつなぐ門を作る。

 そして、ダンジョンの中に入った人間を、一部は犠牲にして、一部は生き残らせて。


 私が想定していた通り、ただダンジョンが出現しただけでは、優馬は動かなかった。

 当たり前だよね。大切な人が傷つかない限り、勇気を出したりはしない人だから。


 だから、優馬が活躍できる機会を用意してあげる。

 私にとっての最高のヒーローが生まれる舞台をね。

 優馬が私に好意を持ってくれていることは知っている。だから、話は簡単。


 ダンジョンから生まれたモンスターを、私達が過ごす世界に連れてくる。

 そして、優馬と一緒にいるときに、私が襲われる。それだけでいいと考えた。


 何日間かの間、計画に問題がないかを考えて、ちょうど良いタイミングを待った。


 私達にとっての運命の日。私はいつも通りに優馬を迎えに行く。

 ちょっと気合を入れた格好をしてみたりなんかして。


 ドアの前に立って、チャイムを鳴らす。いつものように、優馬はすぐに出てくる。

 私の顔を見ても、いつも通りの反応だった。少しだけ、ほんの少しだけ腹が立ったけれど。

 でも、優馬がどんな人かはよく知っていたから、当たり前だとも納得した。


「優馬君。迎えに来たよ」


 そう言うと、普段通りに嬉しそうな顔をする。陰気そうな印象の、目が隠れる髪からもハッキリと分かるくらいに。

 おしゃれをしても気が付かない間抜けっぷりは、表情だけで許せてしまった。

 結局は、私だって優馬が大好きなんだ。何度か巻き込むことをためらうくらいには。

 計画だって、やめようか迷った瞬間はある。それでも、私は欲望を抑えきれなかった。

 ずっと諦めていた、本物のヒーローが見たいという欲求に逆らえなかった。


 優馬、ごめんね。あなたはこれから、たくさん苦しむことになる。

 それでも、私と結ばれた先で、絶対に幸せにしてあげるからね。

 優馬の好みも、嫌いなものも、私が大好きだってことも、何もかも知ってるから。

 だから、私より優馬を幸せにできる人なんて、きっと居ないはずだから。


 通学路では、本題が始まる前の第一歩として、ダンジョンの話題を振ってみる。


「そういえば優馬君。ダンジョンの映像は見た? 臆病な優馬君には、ちょっと刺激的だった?」


 優馬が臆病なのは知っている。それでも、本当の勇気を持っている人だってことも。

 図星を突かれたような顔をして、ちょっと傷ついたような雰囲気も出して。

 なんというか、可愛らしいよね。癖になった皮肉っぽい言葉がやめられないくらい、反応が面白い。

 私が傷つけられそうになったら、きっと誰よりも素敵な顔をする。

 そんな優馬でも、普段はただのヘタレなんだって。

 優馬の本当の顔は、私だけが知っていることだ。最高のヒーローになれる人だってことも。


「少しだけね。自分からダンジョンに入っていく人の気持ちは分からないよ」


 実際、私も同感ではある。危ない所に好奇心で突っ込んでいくなんて、幼児だけで十分だ。

 それでも、優馬にはダンジョンに潜って行ってもらうつもりなんだけど。

 危険な場所を恐れて、それでも勇気を振り絞って行動する姿が見たいから。

 悪い女だよね、私は。こんな幼馴染で、ごめんね。ただの可愛い女の子のほうが、きっと良かったよね。


「私だって、優馬君にダンジョンに入ってほしいとは思わないよ。すぐ死んじゃいそうだからね」


「僕は弱いのは確かなんだけど、縁起が悪いことを言わないでほしいな、愛梨」


「ごめんごめん。優馬君が心配なのは本当だよ。大切な幼馴染だからね」


 私達はお互いに、相手をただの幼馴染だなんて思ってはいない。

 だから、優馬が死ぬなんてことは絶対に許さない。どんな手を使っても、優馬の命だけは助ける。

 もしチート能力でも助けられなかったら、私は死ぬ。


 私に与えられたチート能力は、願望を形にする力。

 それで優馬をヒーローに変えればいいなんて言う人もいるかも知れない。

 でも、違う。私は優馬には優馬のままで居てほしい。

 ただ私の望みを叶えるだけの人形になんてなってほしくない。だから、試練という形なんだ。


「ありがとう。でも、僕はダンジョンに入ったりしないから。安心してほしいな」


 それじゃダメだから、ちょっとした計画を用意したんだよ。

 私のために、かっこいい姿を見せてほしいな。


「そうだね。あ、今日もお弁当作ってきたよ。お昼は一緒に食べよ」


 事件を起こすまでは、いつも通りに優馬と過ごす。

 私だって、優馬との日常は大切に思っているんだからね。


 それから登校して。優馬はまたいじめられていた。

 主犯は刀也とうやという男。いずれ死んでほしい相手。


「お前は相変わらず気持ちわりいな。さっさと退学しろよ」


 なんて言っていて。金髪も相まって、チンピラにしか見えない。

 私に好意を持っているのは知っているが、何があっても刀也と結ばれることなんて無いだろうな。

 本気でくだらないガラクタだとしか思えない。さっさと退学するべきなのは、刀也の方だ。


「僕は退学なんてしないよ」


「ちっ、覚えておけよ。女の前だからって調子に乗りやがって」


 私が見ているから、あるいは教師の目には入るから、手を出さない。

 正直に言って、どこまでもバカバカしいやつ。所詮は小悪党だ。

 優馬は言われるがままで、ヘタレにしか見えない。

 でも、その顔だけでも刀也よりは遥かに魅力的なんだから。


 それからは、いつも通りに学業を終えて、放課後に帰路につく。

 これもいつも通りに、優馬と一緒に帰っていく。

 私はとても緊張していた。これからが本番なんだって。

 優馬が本当のヒーローになる、その始まりが目の前にあるって。


 まずは事件が起こる前兆として、地震を引き起こしてみる。

 建物が崩壊したりしない程度に加減して、それでもハッキリと分かるくらいに。

 それから、モンスターを私のところまで呼び寄せた。同時に、様々なところでダンジョンの外にモンスターを出現させていく。


 とはいえ、まずはチュートリアルだ。

 優馬の前に、対応できないほどのモンスターを出すつもりはない。だから、ただのスライムだけを用意した。


「念のために、公園にでも行く?」


 なんて、地震の時の対応を考えている優馬を前に、私は怯えているフリをする。

 すぐに気づかれて、彼は私の視線を追いかける。

 当然、優馬はスライムの存在に気がつく。私の手を取って逃げようとする。


「愛梨、こっち!」


 そう言いながら。優馬の顔を見なくても、怯えきっているのは分かる。

 だけど、私を逃がすために必死になっているんだ。

 自作自演であるにも関わらず、優馬のカッコよさに震えそうなくらいだった。


 私の手を引っ張る優馬の力強さを堪能しながら、彼より少し遅く走る。

 どう考えても足手まといなのに、絶対に見捨てようとしない優馬。やっぱり最高だ。


「優馬君、私のことは良いから……!」


 なんて言ってみる。答えは分かりきっていたけれど。


「ダメだよ! 愛梨だけは何があっても見捨てないから!」


 案の定、そう返ってくる。私への好意がハッキリと伝わって、とても気分がいい。

 他の誰かだったら、きっと今の言葉じゃなかっただろう。そもそも見捨てていたのかもしれない。

 私のヒーローは、私だけを見てくれている。最高だ。素敵だ。幸せだよ。


 だけど、まだまだ満足しきることはできないから。

 スライムの動きで優馬を誘導して、もっと追い詰めてみる。


 逃げるだけでは、今回の事件は終わらないよ。

 強敵に立ち向かう優馬の姿、じっくりと見せてもらうからね。


 そう考えて、行き止まりへと追い詰めていった。

 優馬の考え方はよく分かる。恐ろしいスライムから少しでも離れたいんだ。

 だから、少しスライムの動きを制御してあげるだけで、簡単に誘導できた。


 気づいていないみたいだから、言葉で後押しをしてあげる。


「優馬君、前!」


 ってね。そうすれば、優馬は私をかばうために動こうとする。

 少し震えてあげると、すぐに気がつくんだ。そして、私のために立ち上がってくれる。

 事前に用意しておいた、金属バットを手にとって。決意を込めた瞳でスライムに向かい合う。


 ああ、やっぱり優馬は最高だよ。自分だって、とても怖いだろうに。

 それでも、私を守るために勇気を振り絞ってくれる。カッコいいなあ。


「愛梨、僕が時間を稼いでいる間に逃げて!」


「そんなことできない! 死ぬのなら、一緒にだからね!」


 優馬が死んだ後の世界になんて、私は興味ない。だから、本音でもあった。もちろん、鼓舞するための言葉でもあるんだけどね。

 私はこれから先も、彼以上に好きになれる相手になんて、きっと出会えない。分かり切っているんだ。


 優馬は私の言葉を受けて、完全に覚悟を決めたみたいだ。

 スライムの動きを観察して、しっかりと勝とうとしている。

 流石は優馬。破れかぶれになったりせず、本気で私を守ろうとしてくれる。


 スライムは優馬に飛びかかっていく。優馬はいったん避けようとして、結局はバットで受ける。

 本当に幸せだな。私を守るために、危険だとしても防御を選ぶんだから。

 そこまでしてモンスターから助けようとしてくれる人に、誰が出会える?


 優馬はスライムの衝撃に負け、バットを顔面に直撃させてしまう。

 鼻から血があふれているけれど、全くためらわずに戦いを続ける。


「行くぞ、バケモノ! ただ倒されるのを待つだけだと思うなよ!」


 間違いなく、優馬自身を鼓舞するための言葉だ。

 絶対に怖いのに。逃げ出したいのに。私がいるからできない。

 本物の勇気というのは、いま目の前にある。そう確信できた。


 誰が相手だろうと、反論なんて許さない。

 私にとって最高のヒーローは、何があっても優馬から変わらない。


 優馬はバットを振って、スライムに攻撃を当てていく。

 こういうところで、しっかりと当てられるのもヒーローって感じ。

 彼は吹き飛ぶスライムを眺めながら、油断せずに構えている。

 どれだけでも見ていられそうだ。後で今の映像とか作りたいな。

 撮影はしていないけれど、願いを叶える能力ならばいけるだろう。


「当たった。何も通じないわけじゃない。勝てる手段はあるはず。やれる。やれるぞ」


 絶対に勝てない敵なんて、優馬にぶつけたりしないよ。

 他の相手なら、分からないけどね。私は輝くヒーローが見たいんだ。絶望してほしい訳じゃない。


「優馬君、頑張って……!」


「任せて!」


 うん。今の優馬になら、人生のすべてを預けられそうだ。

 きっと、真実を知らない私でも、似たようなことを考えたはず。

 誰にも負けない、最高にカッコいい私の幼馴染なんだから。


 スライムにもう一度バットをぶつけて、それでも倒れない。

 だけど、優馬は諦めないよね。私が後ろにいる限り、どんな敵にだって勝てるよ。


「何度でも来い! 何度だって叩いてやる!」


 なんて言葉は、まさに優馬の輝きを示している。

 決して折れず、最後の最後まで戦い抜くという決意を感じられる。


 実際、スライムの攻撃を受けて吹き飛んでも、また立ち上がろうとしていた。

 結構痛いはずだから、普通の人間なら心が折れてもおかしくない。

 それでも、私を守るために命を燃やすんだ。最高に素敵だよ。


「優馬君! 死なないで!」


「安心して。絶対に勝ってみせるから」


 本当に安心できる。どんな敵を目の前にしたって、優馬は折れない。

 私の求める、輝けるヒーローそのものなんだ。


「こっちを見て!」


 せっかくだから、ヒロインっぽい行動をしてみるかな。

 そう考えて、野球ボールをスライムに投げる。

 すると、私の方へと攻撃しようとしてくる。


「今だよ、優馬君!」


 優馬はいかにも男の子って顔をして、必死な様子でスライムにバットを叩きつける。

 うんうん。私が危険なら、それは全力になってくれるよね。


 スライムを何度も何度も叩き続けて、それでバットを持てなくなって。

 そんな姿が、何よりもキラキラして見えていた。

 スライムはもう死んでいたけど、伝えるのは野暮かなって思うくらいに。


「倒せた、のかな……?」


「うん、きっと。優馬君のおかげだよ。昔みたいに、また助けてくれたね」


 犬から私をかばってくれた瞬間から、私の恋は始まった。

 きっと、誰よりも熱い想いを抱えているんだ。

 そんな優馬を戦わせることに、罪悪感もあるけれど。

 でも、もっと優馬には輝いてほしい。誰よりも素敵になれる人だから。


「こんなに手の皮がめくれちゃって。頑張ってくれたんだね。犬から私を助けてくれた時みたいに、優馬君は私のヒーローだよ」


 間違いなく、私の心からの気持ちだった。

 優馬以上の人になんて、二度と出会えない。分かるんだ。


「たった一体のモンスターに、酷い有様だけどね」


「ううん。私のために全力だったって分かるから。ありがとう」


 私の言葉に喜んでくれる姿は可愛くて、さっきまでのカッコよさとのギャップも良かった。

 大変な計画を実行してしまったけれど、きっと素晴らしい未来が待っているって思えるくらいに。


「他にモンスターが居なかったら、病院に行こうね。結構ケガしちゃってるから」


「そうだね。念のために、検査くらいはしてもらった方がいいかも」


 私は病院になんて通えないって知っていたけどね。

 優馬くらいのケガでは診られないくらいに、大惨事になっていたから。

 それで、私が手当てをしてあげた。幸せで、記憶に残る一瞬だったよ。


 スタンピードと名付けられた今回の事件が終わって、優馬はダンジョンに入ると決意をしたみたい。

 間違いなく、私のため。なにか上り詰めそうな感覚があった。


「優馬君。何かあったの? 顔がいつもと違うよ?」


 答えは分かり切っていたんだけど、その答えを言葉にしてほしかったんだ。

 優馬の気持ちがあれば、どれだけでも幸せになれるから。


「ねえ、愛梨。スタンピードがあって、愛梨も危ない目にあったよね。だから、僕はダンジョンに挑もうと思うんだ。攻略すれば、この災害は終わるかもしれないから」


「優馬君がやるべきことなの? 私は大丈夫だよ。少しくらいは、強くなるから。ビビリな優馬君には、向いてないと思うよ」


 全く本心ではなかった。ビビリで臆病だからこそ、私のヒーローになってほしかったんだから。

 そんな私に向けて、柔らかく微笑む優馬。いい表情だよ。写真に残しておきたいくらい。


「ありがとう、心配してくれて。僕は何があっても死んだりしない。絶対に、愛梨の所に帰ってくるから」


「約束だよ。優馬君が死んだら、私も死ぬからね。だから、無茶はしないこと!」


 本心からの言葉だった。私のせいで優馬が死んで、のうのうと生きていくなんてできない。

 だから、最大限に優馬の安全には気を配るつもりだった。不自然にならない限界まで。


「もちろんだよ。愛梨が生きていてくれないなら、何の意味もないんだから」


「じゃあ、待っているから。終わったら、私から言いたいことがあるんだ。優馬君だけに、言いたいことが」


 大好きだって想いを伝えたら、絶対に応えてくれる。その瞬間が、いまから待ち遠しいんだ。

 優馬と結ばれるときは、前世を含めた時間で一番幸せなはずだから。


「分かった。愛梨、またスタンピードがあったら、絶対に逃げてね。僕が居るとは限らないから」


「一緒なら、優馬君が守ってくれるからね。安心して。優馬君のためにも、必ず生きてみせるから」


 私達は指切りをした。

 待っているからね。ヒーローになった優馬と私が結ばれる瞬間を。

 だから、頑張ってね。いつまでも、待っているから。

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