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第13話 プレゼンテーション

 大智と瀬尾は大学病院から程近い、収容人数1,700人の本多の森ホールの片隅に居た。このホールでは大学病院関係者や外科、脊髄外科、整形外科の医師や看護師が集う医学発表会が行われる。


「良いのか、おまえの兄さん復帰出来なくなるかもしれないぞ」

「懲戒解雇でもなんでも喰らえば良いんだよ」

「その後どうするんだ」

「どっかの島の診療所で頑張れば良いんじゃね?」

「島か、若い女性看護師が居たらアウトだな」

「最悪だな」


 大智は長い前髪を切り緩いパーマを掛けてコンタクトレンズを装着した。発表会会場は薄暗く何処からどう見ても医師そのものだ。大智は乳腺外科医として研究の成果を発表する。


「乳腺外科 仙石吉高医師」


 大智の順番が回って来た。何食わぬ顔で壇上に上がり会釈をするとネクタイを締め直した。そしてノートパソコンを開き (乳腺温存療法) のプレゼンテーションを始めた。


「乳腺外科 仙石吉高 です」


 如何にも吉高らしい生真面目な面差しで、パワーポインターで作成したスライドを壇上の大画面スクリーンに映し出した。最初の数ページ分のスライドデータは吉高の家にあったパソコンから拝借した。


「あーーえーーですからして」


 大智は慣れない丁寧な言葉遣いに舌を噛みながらもスライドを進めた。作成したスライドの内容はそのまま印刷出来る為プレゼンテーションで配布する資料にも使える。薄暗い会場が騒めき始めたが大智はその事に気付かない振りをして粛々しゅくしゅくとスライドを読み上げた。


「おい、これは仙石さんと」

「これはカルテ保管庫じゃないか」

「相手は」

「佐藤教授の」

「あぁ、外科の看護師だ」


 配布した資料には、紗央里を自宅に招き入れる吉高の笑顔、吉高のBMWに乗り込み口付けを交わす2人、吉高の寝室での情事のスクリーンショット、極め付けはのスクリーンショットが印刷されていた。


「その後の治療方法ですが」


 大智が次のスライドを表示するとカルテ保管庫が映し出され大ホールに喘ぎ声が響き始めた。着座している参加者は顔を見合わせしきりに周囲を見回した。その声に飛び跳ねて見せた大智はテーブルの資料をかき集め始めた。


「いや!これは!その!違います!」


 大智は慌てふためく吉高を演じ、カルテ保管庫での情事の一部始終が映し出された大画面のスクリーンを隠そうと大の字になった。


「ああん」

「出して良いか!」

「ああ、ああ!」

「出すぞ!」

「ああっ!吉高さん!」


 激しく机が揺れ静寂が訪れると、その場に居る誰もが気不味く口をつぐんだ。水を打った静けさの中、我に帰った様に1人の男性が「これはどう言う事か!」と壇上の大智を指差した。外科の医局長だと誰かが囁いた。


「これはなにかの間違いです!」

「なにが間違いなんだ!説明したまえ!」

「し、失礼します!」


 大智はマイクを放り投げた。マイクのハウリング音に皆が耳を塞ぐとノートパソコンを抱えた大智は壇上から飛び降りホールの階段を駆け上がった。


「待ちなさい!仙石くん!逃げて如何するんだ!」


 勢いよく閉まる扉。大智は廊下を転びそうになりながら出入り口を目指した。息が上がり額から汗が吹き出した。


「お待たせっす!」


 大智は本多の森ホールの路肩に待たせてあったタクシーに飛び乗った。残されたのは呆気に取られた同僚や上司、怒りにわなわなと拳を震わせる医局長だった。そこに現れた瀬尾が名刺を手に深々と挨拶をした。


「君は誰だね」

「こういう者です」

「佐倉法律事務所」

「はい、瀬尾と申します」


 瀬尾は仙石吉高の不倫を疑った配偶者に雇われた弁護士である事を告げた。


「私は仙石吉高氏の奥さまに雇われた弁護士です」

「仙石くんの」

「はい」


 そして壇上のスクリーンを指差し、病院内での不貞行為は<会社施設管理権の侵害><職務専念義務違反>に抵触している事を示唆した。


「そ、そうなのか」

「仙石吉高氏を懲戒委員会に掛けて頂きたくお願いに上がりました」

「懲戒委員会?」

「私の依頼人は仙石吉高氏の懲戒解雇処分を望んでおられます」

「懲戒、解雇」

「はい、今回の病院施設内での不適切な行為は懲戒解雇処分に該当する事案と思われます」

「そ、そうか」

「はい」

「け、検討する」

「ご検討、宜しくお願い致します」

「分かった」

「では失礼致します」


 瀬尾はそれだけ言い残すと本多の森ホールを後にした。

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