軽自動車に乗り込んだ紗央里の指先は震えていた。ハンドルを握る手に力を込めてエンジンスタートのボタンを押したがアクセルペダルを踏む力加減が思いの外強く排気音が車内まで
(気が付いた、付いていない!?)
自身が宅配業者を装った不審者である事が露呈したのではないかとヘッドレストの陰から背後を窺い見たがその玄関扉が開く気配は無かった。
(目が見えないのは本当だったんだ)
けれどその女は手渡した段ボール箱を
(本当は見えているんじゃないの!?)
恋人の妻の座に居座る忌々しい女は純真無垢な少女に見えた。絹糸の髪を
(
気が滅入った分、自身が犯した愚行を正当化する事が出来た。
(離婚すれば良いのよ、仙石先生は私のモノよ!)
吉高はなにもかも完璧な明穂に飽きていた。1年前の歓送迎会で隣の座布団に座った
「紗央里といる時が一番幸せだよ」
「ーーーえ」
「なんで紗央里と先に出会わなかったんだろう」
「先生」
一夜の過ちで弄ばれているものだと思っていた紗央里は吉高の何気ない言葉に胸ときめかせ涙ぐんだ。
「妻は目が見えなくてね、もう疲れたんだ」
「目が、見えないんですか」
「見えないんだよ」
「嘘だぁ」
「本当だよ、会ってみるかい?」
住所を聞けば大学病院通りから程近い新興住宅街だった。「クリーニング屋が近いからワイシャツの洗濯やアイロン掛けの手間が省けて助かるよ」と事細かに話した。
(ーーー
紗央里は猫のぬいぐるみを購入しカッターナイフで腹を引き裂いた。中からボロボロとこぼれ落ちる発泡スチロールの粒が赤い血に見えた。
(驚いて転んで頭でも打てば良いのよ)
念の為、宅配業者を装い青と白のTシャツを準備した。色味や縞模様の太さが違ったが近隣住民も気付かないだろうと考えた。結婚に憧れる23歳、医師という地位、見栄えの良さ、セックスの相性も良かった。
(死ね、死ね、死ね)
紗央里にとって明穂は邪魔者でしか無かった。