「あなたはこれから、勇者 『ンを゛っエぁ゛』と名乗るのです」
「それどうやって発音してるの!?」
・・・時は遡ること数分前
「・・・目覚めなさい、勇者よ」
ふと目が覚めると周りは見慣れない光景
教会の礼拝堂の中だろうか、静寂と荘厳さが漂う場所だった。
そして、目の前にいるのは一人の女性
長く流れる白い衣を身にまとい、清らかな顔立ちには穏やかさと威厳が宿っている。
「ここは・・・?」
目の前の女性が答える
「ここはあなたが住んでいた世界とはまた別の世界
今流行りの異世界ってやつです」
「異世界・・・?」
『流行りの』という言葉には引っかかったが、スルーすることにした
「私があなたを呼び出したのは理由があります。
この世界を救ってほしいのです」
だけど聞いたことはある。異世界に召喚されるのは、その世界が窮地に陥っており
別世界の人物に助けを求めることを
だったら話が早い
「わかった。俺が必ず世界を救います!」
返答に女神は微笑む
「ありがとうございます。
ですがここは異世界。あなたもこの世界に合った名前で生きていくのが良いでしょう。
これからあなたは、勇者『ンを゛っエぁ゛』として生きていくのです」
この世のものとは思えない言葉に耳を疑う
「・・・え?今何として生きていくと言いました?」
女神は再び言う
「あなたはこれから、勇者 『ンを゛っエぁ゛』と名乗るのです」
「それどうやって発音してるの!?
何!?そのキーボード適当に打ったらできたような名前!?」
「『ンを゛っエぁ゛』には強い想いが込められており、
私たちの世界で『妥協』と言う意味があります」
「『妥協』!?妥協で俺呼ばれたの!?」
もうこの際名前はどうでも良くなった
ひとまず問題を解決できれば良いのだ
「とりあえず、俺はどうすれば良い?」
「はい、この世界を恐怖に陥れる魔王をどうにかしてもらいたいのです」
「魔王・・・?」
そして女神は話続ける
「最近魔王のしていることが、私としてはちょっとどうなのかな?
といった感じで、まあ私は気にしないのですが、中にはそれを嫌だと思っちゃう人もいるから、もう少し慎んでくれると嬉しいかなっと思った次第です」
「めちゃくちゃふわっとしてる!職場の面倒な後輩か!?」
「勇者ンを゛っエぁ゛、右手を前にかざしなさい、そうすればあなたのステータスを確認することができます」
「こうか?」
右手を前にかざすと自分のステータス、パラメーターが表示され、女神は説明を続ける
「あなたの能力値です。標準はCとしています」
【ンを゛っエぁ゛】
力 B
体力 B
素早さC
器用さD
知能 S
状態:ふつう
使える魔法:ビール
「え!?知能『S』ってすごいんじゃないか!?」
女神も驚いたように言う
「ええ、これは前代未聞です。
A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、O、P、Q、R、Sの19段階評価で一番下です。」
「Aより上じゃなくて!?超絶バカじゃん!」
「ダチョウ以下です」
「俺の頭スッカスカなのかよ!
あ、でも回復魔法の【ヒール】が使えるのはありがたいな」
「違います。【ヒール】じゃなくて【ビール】ですよ」
よく見たら本当に【ビール】だった
「【ビール】!?【ビール】って一体どんな魔法!?」
「対象の尿酸値を上げることができます」
「あげてどうすんだよ!?」
「健康診断の時に、お医者さんからお小言言われてちょっと嫌な気分にさせます」
「ちょっと嫌な気分にさせるのがどう役に立つんだよ!?」
「話はこれまでです!さあ勇者よ!旅立ちなさい!
安心しなさい、私も一緒について旅のサポートをします。
まずは街で武器を用意するのが良いでしょう。」
半ば強制的に旅に出される
教会の外はRPGでよくある町のような場所だった
とりあえず女神の言う通り武器屋に向かう
武器屋「いらっしゃい!良いものが揃ってるよ!」
・釘バット
「あ〜序盤はよく身近なものとかが装備品としてあるからな」
・蛍光灯
「危ない危ない!有害物質が飛び散る!!」
・パイプ椅子
「えらく局所的な場面に使われる武器だな!!
というより店のラインナップおかしいだろ!
『武器』と言うより『凶器』だよ!!」
とは言いつつも
持ち運びや利便性を考慮し、釘バットを装備した
街の外に出ると女神が話しかける
「気をつけなさい。街を出ると魔物が襲ってきます」
「魔物?」
「あ!ほら、やってきました!!」
目の前に現れたのは色は青く、膝下ぐらいの大きさでやや丸く不定形な生き物
「こ、これはまさかスライm・・・」
「あれは魔物『桜淵 真和(さくらぶち まさかず)』です」
「やたら日本人っぽい名前だった!」
「大丈夫です!『桜淵』と言う苗字は貴重なので、特定の人物を攻撃する意図はありません!」
「なんの配慮だよ!?」
初戦闘。とりあえず釘バットを構える
そしたら横から女神が語りかける
「良いですか?この世界はステータスを表示できたように、行動や出来事がメッセージウィンドウで表示されます。それを確認しつつ戦いなさい」
要するにRPGのようなバトルってわけだ
「わかった!」
【ンを゛っエぁ゛の攻撃!桜淵 真和は7針を縫う損傷を負った!】
【桜淵 真和の攻撃!ンを゛っエぁ゛は3針を縫う損傷を負った!】
【ンを゛っエぁ゛の攻撃!桜淵 真和は5針を縫う損傷を負った!】
桜淵 真和「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
【桜淵 真和は生涯を全うした!】
【戦いは終わった!】
ツッコミどころ満載の戦闘に思わず挙手をする
「女神!いくつか質問!」
「はい、なんでしょう?」
「なんだよ!?⚪︎針を縫うとか斬新すぎるダメージ表記は!!」
「わかりやすくて良いじゃないですか」
「わかりやすいけど生々しい!!
あと!生涯を全うしたってなんだよ!」
「最近はいろいろ規制が厳しくて見てる方も安心する表現が必要なんですよ」
「あの断末魔で生涯を全うしてないだろ!!」
テレレテンテンテン♪
どこかで聞いたようだけど少し配慮したようなファンファーレが響き
女神が言う
「これは、レベルアップです」
「レベルアップ!?強くなれるのか!」
【力が上がった!体力が上がった!
中性脂肪が上がった!LDLコレステロールが上がった!!】
「都合の悪いものまで上がってる!?」
【状態が「ふつう」から「再検査」になった!】
「うわ!嫌だ!再検査はなんか嫌だ!!」
騒ぐ自分とは裏腹に突然女神の表情が険しくなる
「あ、あれは・・・魔王・・・!?」
「魔王!?いきなり!?」
急展開に驚愕する
目の前にいるのはメガネで中年の管理職っぽい佇まいをしており
薄くなりかけた髪に
スーツの皺やネクタイの緩みが目立つ
「あれが・・・闇の頂点に君臨する魔王『係長』です」
「『係長』!?闇の頂点が!?もっと上に役職ありそうだけど!?」
係長は余裕の笑みを浮かべながら喋りだす
「全く・・・何をやってるのかと思えば・・・
無駄だよ。誰も私を止めることはできない」
係長が右手を振り下ろすと強大な雷が自身を狙って落ちてきた
その時
「危ない!!」
身を挺して守ってくれたのは女神だった
女神は瀕死になりながら語りかける
「ごめんなさい。やっぱり私は間違ってました。
他の世界の人物に助けを求めるなんて・・・
これは私たちの問題。あなたは逃げてください。
私たちが出会った教会、そこに行けばあなたは元の世界に戻れるはず・・・」
係長は高笑いを上げながら声を上げる
「おい!そこの勇者とやら!その女を差し出せば見逃してやるぞ!!」
・・・震えが止まらない。それは恐怖よりも
全てが中途半端な自分に怒りという感情が
「いや・・・俺は逃げない。あの係長がむかつくから・・・
一矢報いてやる・・・!」
釘バットを握る手に力が入る
そして一瞬で係長まで距離を詰め、渾身の一撃を与えようとすると
「無駄だよ」
係長の周りにはバリアが発生し、釘バットは粉砕され、衝撃波で吹き飛ばされる
圧倒的な力の前にねじ伏せられ、武器も失った
それでも、できることは全てやる
【ビールを唱えた!】
【ビールを唱えた!】
【ビールを唱えた!】
・・・次の瞬間
「ぎゃあああああああああ!!!」
突然係長はもがき苦しみ出す
「これは・・・?」
一瞬理解できなかったが、女神が語り出す
「これは・・・痛風です」
「痛風!?」
「ええ、尿酸値が上がりすぎると発症してしまう悪魔の病気です。
係長も微妙な年齢だったので【ビール】が効果覿面だったのでしょう」
「そ、そうですか・・・」
・・・
こうして・・・世界は平和となり
女神とお別れの時
「勇者 ンを゛っエぁ゛、ありがとうございました。
あなたのおかげで世界は救われました。」
「ははは・・・」
お礼を言われると妙に小恥ずかしい
「結果発表!!」
突然女神は叫び出す
「今回の冒険の評価は・・・『C』!!
再検査です」
「もうやらねえよ!!」
⭐️おしまい⭐️