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10話 天使(3)

「野郎共! 中の奴らを一人残らず殺しとけ! その後でゆっくり、金目のものを頂こうや」


 野太い声が夜闇に響き、男はその場を離れて行く。行くところの検討はついた。レヴィンのところだろう。雑魚じゃ到底太刀打ちできず、親玉が乗り出したんだ。

 親玉はいなくなっても人数は多い。ヒューイは迷った。決して弱いわけではないが、多勢に無勢だ。歩兵程度には使えても、騎士ほどの実力はない。だからといって、弟を見捨てる事はできない。

 屋敷を見上げる。その二階の窓に人の姿があった。女性や老人、子供の姿が見える中で、穏やかで武力などとは無縁な弟の懸命な姿が見えた。必死に守ろうとしているその姿を見ると、ヒューイも覚悟が決まった。


「アイリーン、すまない」


 もしかしたら、迎えに行くことは叶わないかもしれない。一言呟いて、ヒューイは草陰を出ていく。そして取り囲む一団の背後から一太刀浴びせかけた。


「ぎゃぁぁ!」


 悲鳴と共に倒れた仲間を、賊は振り向いて凝視する。そしてそこにいるヒューイを見て怒声を浴びせた。それに臆することなく、ヒューイは構える。思った以上に敵はいたが、今更そんなことどうでもいい。覚悟のうえだ。


「かかれ!」


 振り上げるお粗末な剣の懐へと潜り込んで斬りかかり、サイドからの攻撃をかわす。切り結ぶなかで、四方八方からくる攻撃の全てを防ぎきる事なんてできない。細かな傷がついているが、それに構う暇も無い。一人でも多くを殺す事が今のヒューイにとって大切な事だった。


「一斉にかかれ!」


 苛立つ声がして、一斉に剣がヒューイを目指す。もうダメだろう。全てを防ぐなんて到底できない。せめて一人でも殺そうと、ヒューイは構えた。

 だが、自分と敵との間に黒い影が差した。


「ぎゃぁぁ!」


 立ちはだかった人物に驚いて動きを止めると、その影の人物は賊を切り倒し悠然としている。そして、僅かに背後のヒューイに視線を送った。


「間に合ったみたいだな。遅くなって悪い」

「あんた……は?」


 赤いざんばら頭に、大きな体躯。見た目にはここを襲う賊と大差はないのだが、纏う雰囲気は違っている。少なくとも、向けられた笑みは友好的なものだ。


「シャスタ賊の頭、ファルハード。シリル殿下の助っ人として手を貸すぜ」

「殿下の?」


 気の優しいあの少年が、このような賊を飼っているとは知らなかった。そういえば、レヴィンも随分あの少年にご執心のようだ。もしかして、こういった類いの者に好かれる体質なのだろうか。

 そんな事を考えていると、また違う方向から悲鳴があがった。そこにはまた違ったタイプの青年が冷たい眼差しで賊を見ている。その瞳はゾッとするものがあって、整った顔立ちゆえの冷酷さが見えた。


「同じく、シャスタ賊のアルクース。言っておくけど、俺たちの主はシリル殿下じゃないよ」

「詳しい事は後だ。外は俺たちが片付けておく、あんたは屋敷の中の奴を助けてやれ。こいつら、火矢まで用意してやがるぞ」


 ヒューイは慌てて踵を返して屋敷の中へと入っていく。そして二階の一室で、怯えるような瞳の村人と安堵に気絶しそうな弟を見つけた。


「イネス!」

「兄さん……」

「よくやった、もう大丈夫だ。皆も、もう大丈夫だ! 殿下が……シリル殿下の軍が俺たちを助けてくれる!」


 途端にわく歓声と、安堵の声。ヒューイはイネスを抱えて屋敷を出た。その両側を、同じくシャスタ賊だと名乗る男が数人ついて安全な場所へと誘導してくれる。

 だが、ヒューイは心配でならなかった。レヴィンの事だ。


「すまない、任せてもいいだろうか」

「かまわないが、どこへ?」

「村に、レヴィンがいるんだ」


 ヒューイは周囲のシャスタ賊たちに村人の事を任せ、一人村へと走り出していった。


 だが、村で見たものはあまりの惨状だった。


「レヴィン……」


 夜の青白い月明かりの中で、鮮烈な赤。全身を血に濡らした男は冴え冴えとした表情で立っている。目の前にはいくつもの残骸。その中には、さきほどの巨漢の姿もあった。

 だがそれよりもヒューイに恐怖を与えたのは、レヴィンの腕や足に突き立てられた矢だった。服も所々破れている。背中も大きく衣服が切られていた。


「あぁ、ヒューイか。そっちは片付いたのか?」

「片付いたのかじゃない! お前、大丈夫か!」


 走りより、肩と足を診る。もう自分のものか他人のものか分からない濡れ具合だった。だが、傷口から出血しているのは明らかだ。


「気にするな」

「そんなわけにいかないだろ! じっとしてろ、今抜くから」


 矢を傷口から抜くと、ボタボタと血が落ちる。布を裂いて傷口にあて、締め付けるがどれだけ効果があるか。とにかくそのまま安静にと言ったのだが、レヴィンは聞こえていないかのように歩き出していく。


「どこに行く!」

「戻るんだよ。こうしている間にも、シリルに何かあったら」


 静かだった表情が途端に歪む。これほどの傷にも平然としていた男が、まるで死んでしまいそうな表情で苦しげにするのだ。

 何かが、分かったように思った。他者をこれほどに惨殺しても平気な男だが、あの子に関しては偽りない。歪な男の、それは唯一正直で偽らない感情なんだ。触れる事すらも躊躇われるほどに、あの少年を愛しているのだと。


「気持ちは分かるが、そのまま行けば辿り着く前に失血死しかねないぞ! 今馬を借りてくる、それまで」

「おーい!!」


 必死にレヴィンを止めるヒューイに向かって声がかかる。そちらを見ると、先ほど助けてくれたファルハードとアルクースが馬でこちらへ向かってきていた。


「レヴィンもそこか。お前……」


 ファルハードは僅かに鼻をひくつかせている。そして、睨み付けるレヴィンの側に馬を止めて降り、縛ってある傷を診てほんの少し表情を曇らせた。


「もうちょい上を縛らなきゃ、出血はとまんねぇ」

「結構派手にやったね。縛るよ」


 視線だけで拒むような素振りをしたが、それよりも前にアルクースが馬上から降りて傷を縛り直していく。そうして背後にも回った彼は、不意に表情を凍らせて動けなくなった。

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