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レヴィンは強く馬の腹を蹴り、夜風を切ってドラール村へと向かっていた。ヒューイは多分背後からついてきている。少し遠いが追ってくる馬蹄が聞こえる。
レヴィンの頭の中はシリルの事で一杯だった。あの子はまだ自分の身を自力で守れるほどの力がない。一対一ならまだ逃げるくらいの隙を作る事はできるだろう。だが複数は絶対に相手にできない。
大体、今のシリルの状況は鴨葱そのものだ。力の欲しい人間にしたら、あれほど都合のいいご馳走はない。ユリエルがそのようにお膳立てしたのだから。
できるだけ早く事を収束させる。そして、直ぐに彼の元へ戻る。その思いが通常一時間はかかるドラールへの道のりを半分にした。
村は既に地獄絵図そのものだった。もとより飢えて死んだ人間をそのままにしていたから、辺りは酷い臭いがした。生きている人間だって満足に動ける者はそういないだろう。賊は人がいない民家を物色している最中だった。
「なんてこと……」
追いついたヒューイが震える声で呟く。目を見張る光景も、今のレヴィンには全て腹立たしいものでしかなかった。
「どいつもこいつも、虫けらめ」
レヴィンの怒気は既に明らかな殺気だった。側にいるヒューイが一つ震える。
「ヒューイ、お前は自分の家に行け。お前の弟が間に合っていれば、無事な村人をかくまってるだろ。あそこが一番守りが堅い」
「わかった!」
馬首を繰って馬を走らせようとするヒューイは、だが数歩その足を進めただけで止まってしまった。賊が二人を囲うように集まってきている。十人……いや、二十人はいるだろうか。
「おい、こっちだ!」
数人の賊が声を上げる。それに気づいた集団が更に二人の周りに集まる。すっかり囲まれ、人垣のようになってしまった。
「本当にイライラする。ヒューイ、お前少しは腕が立つか」
「恥ずかしくない程度には」
「十分。俺から離れろよ。それと、馬を預かってくれ」
言うと、レヴィンは馬を下りた。前に出ている賊は馬に乗っている。普通なら馬を下りたレヴィンが不利だ。だが、そうではない。馬は逆にレヴィンの機動力を削ぐ。
「いい身なりだ。そこらの貧乏人より金もってそうだぜ」
「おいお前! 金目の物を素直に差し出すなら苦しまないように殺してやるよ」
下卑た笑いだった。それにもレヴィンは反吐が出る。こんなものを相手にするのに大切な者から離れたのかと思うと、過剰なまでに冷酷になる。
だがそれ以上に、今のレヴィンには時間がない。こんな意味のない言葉を大人しく聞いてやる時間はないのだ。
顔色を変えないレヴィンに怒鳴るように口を開けた男は、そのまま自分の瞳が夜空を映した事に驚いただろう。辺りは怒声なのか悲鳴なのか分からない声が響いた。
「レヴィン……」
気分が悪くなるような濃度の血の臭いに、ヒューイが呻くような声を上げる。それは一瞬の事だ。怒気を露わにした男の首を、レヴィンは躊躇う事無く切り落とした。地を蹴って男の首を横に切り落としたレヴィンはそのまま馬の鞍に立ち、邪魔な巨体を蹴り落とす。意志を無くした体はズルリと地に転がった。
「やりやがったな!」
「くそがぁ!」
聞くに堪えない汚い言葉に、レヴィンの瞳が加虐さを増す。その口元は、楽しげに笑っていた。赤い髪を更に赤く染め上げていく。恐ろしいほどの速さだ。手にした剣はまるでそれ自体が殺意を持っているように動く。
馬上から馬上へ、レヴィンは移り殺していく。数人が逃げたが、逃げた者は追わない。そうしてほんの数分の間に、レヴィンは足元に八体の人だったものを転がして、薄い笑みを浮かべていた。
「頭の悪い雑魚が、俺の前に立とうなんておこがましいんだよ。死んで詫びろ」
目の端に、この光景を見て震えるヒューイの姿が映った。それが妙に現実に引き戻す。興奮した気分が一気に萎えるくらいには、自らを異質と認識できるものだった。
「ヒューイ、震えてる暇はないぞ。さっさと家に行ってこい」
「あ、あぁ」
慌ててヒューイは走り出す。その背は賊から逃げたのか、それともレヴィンから逃げたのか。そんな思いがあって、思わず苦笑が漏れた。
一人残ったレヴィンは、血が沸くような感覚を思い出していた。どれだけ遠ざかっても忘れないものだと。血にまみれた事など珍しくもない。ただここしばらくは、随分とお行儀のいい肩の凝る戦場ばかりだったから。こんな風に雑多な中での殺戮は、忘れるくらい久しぶりだ。
「あそこだ! あそこにいるぞ!」
逃げた奴らが仲間を引き連れて戻ってきた。レヴィンの口元に、鮮やかで薄い笑みが浮かんだ。手に手に武器を持った男達が人相悪く近づいてくる。ご丁寧に弓を持った奴までいた。そうした男が弦を引いてゆく。レヴィンは軽く伸び上がると、剣を無造作に持ち一気に男達へと走り出した。
▼ヒューイ
ヒューイは震えながらも走った。震えが未だに止まらない。目の前で起こったあまりに恐ろしい光景は、簡単に忘れられるものではなかった。
あれは死神だ。しかも無慈悲な部類のものだ。決して味方だと安心しきれない男だとは思っていたが、まさかあそこまで恐ろしいものだったとは。
ヒューイは逃げたのだ、賊ではなくその前に悠然と立つあの男から。あの場にいては更なる惨状を見るだろう。その刃がヒューイに向くことはないだろうとは思うが、だからといって側にいられる精神状態でもなかった。
家が見えてきて、そこへと急ぐ。だが屋敷は予想通り賊に取り囲まれてどうすることもできない状態だった。やたらとでかい男が一人、部下が扉をぶち破るのを心待ちにしている。
そこへ、男が一人慌てた様子で走り込んできた。