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6話 不落の城(3)

▼ユリエル


 その頃、ユリエルも動き出していた。一度砦を離れるアルクースを寝室に呼んで、彼に特別なお願いをした。


「あの、もう一度聞いてもいい?」

「このメモに書いた人物の足取りを追ってください。どこで消息を絶ったのか」


 ユリエルもまた、ルーカスに聞いたルルエの使者の特徴を書いたメモをアルクースに渡した。それに、アルクールは不審そうな顔をしている。


「この人物に、何かあるの?」

「あまり詳しく聞けばお前の負うものが大きくなりますよ」


 寝間着姿のまま、ユリエルはアルクースを見る。戸惑った表情をしている。


「それでも、事情を聴きたい。どうして俺にお願いするのか。こういう事は俺よりも、クレメンスさんあたりが得意なのにあえて俺に頼むんだよね? その理由は、なに?」


 強い瞳がこちらを見る。ユリエルは真っ直ぐに見て、一度息を吐いた。こうなる事はどこかで分かっていた。納得させられる理由も用意した。だがそれは、過分に偽りを含んでいる。


「事を大きくしたくはないのです。まだ、実証できない事です。クレメンスにも今はまだ知られたくはないのです」

「だからその理由は何? こそこそ探るなんて」

「お願いです、アルクース。今はあまり深く探らないで。私もまだ確信が持てない。ただ、その人物がどこで消え、誰が裏にいるのかがとても重要なのです」

「陛下……」


 アルクースは困った顔をしてユリエルの傍にくる。そんな彼の手を、ユリエルは握った。


「助けてください、アルクース」


 弱く言ったユリエルにアルクースは俯く。そしてそのまま頷いた。


「弱ってる貴方を見るのは嫌だから。頑張ってるのも、国の事を考えてるのも知ってるから。だから、協力する。でも、お願いだからこの依頼の理由を教えて? それも、話せない事なの?」


 アルクースがこちらを見る。ユリエルも見る。そして、静かに頷いた。


「ルルエのある筋から、情報が入りました。ルルエが送った親書は二通あったと。最初の親書は、和平を願うものだったと」

「それって……」


 アルクースの黒い瞳が、ゆっくりと見開かれる。次には鋭い視線が返ってきた。表情が見る間に怒りを含んでいく。


「こちらの、親書は?」

「一通目が届いていないそうです」

「つまり、互いの親書が正しく届いていればラインバールでの戦いは無かったってこと?」


 ユリエルは静かに頷いた。


「このメモの人が、ルルエの使者だったの?」


 それにも、ユリエルは頷いた。

 アルクールの瞳に静かな炎が宿った。手を強く握っている。ユリエルはその手に触れて、首を横に振った。


「親書か、この使者の所持品が欲しい。彼がどこで消息を絶ち、誰がその裏にいるのかを知りたい」

「そこを探れば、戦争を望んだバカを公然と吊るし首にできるわけだね?」


 ユリエルは静かに頷いた。

 正直に言えば、親書が残っているとは思っていない。だが、使者が持っていた物を見つけ、それを誰が殺したかを見つければ、裏で糸を引く者を処刑できる。できれば大物が釣れてくれるといい。頭を潰せば下は自然と枯れていくはずだ。


「これはまだ、何の確信も得られていない話です。クレメンスに話せば軍が動く。大きな動きは奴等に気付かれてしまう」

「だから、俺に頼むんだね?」

「はい。私はここを離れられない。目も耳も足りません。貴方を信頼して、お願いしたいのです」


 アルクースはずっと考える顔をしている。たっぷりと十分以上そしていた。けれど顔を上げた時には、覚悟は決まったようだった。


「分かった。どこまでやれるか分からないけれど」

「無理のない範囲で構いません。気を付けてください」

「それは陛下の方。あんな無茶を言って、本当に大丈夫だって……」


 言いかけて、アルクースの瞳はまた鋭くなる。明らかに責める色があった。


「もしかして、今回の作戦で陛下が無理をするのは、これがあるから? 犠牲を最低限にって、考えてたりする?」


 さすがに鋭い。ユリエルは苦笑した。そしてこの苦笑が、答えだった。


「……ルルエと、停戦できると思う?」

「してみせます」

「うん。そうだね。願った事が同じなら、出来るって思えるよね。でもその為に陛下が無理して、何かあったらさ、出来るものもできなくなるよ。それは分かってる?」

「分かっています」


 そうは言うけれど、多分信じてくれてはいないだろう。アルクースの複雑な表情が物語っている。それでも、ユリエルはこれを通すつもりだ。譲らない。


「一つだけ。陛下が何を考えているかは俺には分からない。けれどきっと、貴方の信頼する家臣は貴方の真意を知っても、貴方を裏切らないと思う。皆、貴方の事が好きだよ。だからついてくるんだと俺は思うから」

「アルクース……有難う」


 彼らがユリエルを信頼しているのは分かっている。信じているのも知っている。けれどこの裏切りはあまりに大きく、あまりに罪深い。知らせる時は来るだろう。だが今は、隠しておきたい。

 ユリエルの中ではもう、この考えしか思い浮かばなかった。

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