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6話 不落の城(1)

 両国の王がこっそりと方針を定めた翌日、ルーカスは早々にリゴット砦へと軍を引いた。それを知りながらも、ユリエルは追わなかった。追撃を願う声もあったが、兵の疲弊と後方支援の充実、敵地での深追いは危険とのもっともらしい理由を言って退けた。


「ですが陛下、リゴット砦は少々厄介です」


 作戦会議という名の暗躍会議はいつも以上に落ち着かなかった。それは、ルルエ軍が立てこもった砦の伝説を大抵の者が知っていたからだった。


「不落の城、か。確かに、いい響きではありません」

「確か、大型軍艦に積むような大砲が前方に四台、側面に一台ずつあるんだったよね。まさに難攻不落」


 レヴィンもこの会議には出席した。傷は完全に癒えてはいないが、既に調整に入っている。ロアール曰く、化け物だそうだ。


「後方は谷になっていて、石橋があるだけだそうです」


 クレメンスの言葉に、皆は難しい顔をする。

 ここにはいつものクレメンス、グリフィス、レヴィン、シリルに加えて、国内の情報を運んでくるアルクース、そして物資輸送で訪れていたヴィオがいた。


「正面から攻撃を仕掛けます」

「正気の沙汰とは思えません。陛下、お言葉ですがそのような無茶は賛成しかねます」


 ピシャリと言うクレメンスは最近だいぶ遠慮がなくなってきた。好ましい傾向だが、こうなると議論となる。


「私が前に出て、一番に砦に乗り込みます」

「危険すぎます!」


 心配性のグリフィスが声を上げる。だが、ユリエルにはこれ以外の方法が思いつかなかった。作戦的に上策なのではなく、いかに関係のない被害を減らせるかという点のみで譲るつもりはなかった。

 ルーカスとの関係は誰にも言う事はできない。だが、彼と共に同じ夢を見るならできるだけ死者を増やしたくはない。それが、ユリエルの覚悟だ。


「ヴィオ、軍艦の最大級大砲の飛距離はどのくらいですか?」

「物に、よる。でも、百メートルは飛ばないと思う」

「本隊は大々的に百五十メートル地点に野営します。戦いは夜。狙撃手が狙いを定めづらい」

「それには賛成です。ですが、陛下はその夜陰に紛れて行くと?」


 クレメンスの責めるような声音に、ユリエルは静かに頷いた。


「懐までうまく潜り込めれば大砲の被害を受ける事はありません。後は剣で突破します」

「わぁお、陛下は無茶だね。弓兵の存在とか、考えてる?」

「かいくぐります」

「強気も度が過ぎると無謀って言うんだよ」


 軽い調子で言うレヴィンだったが、その表情は硬い。愉快な事もスリルも好む彼だが、今回のはお気に召さないようだ。


「ヴィオ、貴方はタニス国内に戻ってマリアンヌ港からルルエ沿岸に出てもらえますか?」

「それは、いいけれど。でも、どうして? ルルエに海上戦の兆しはないよ?」

「またいつ国内に入り込むか分かりません。キエフ港は既に固めてありますが、マリアンヌまでは手が届かない。しかも、私達の現在地から一番近い港ですから」

「見張りと、脅し?」

「そうなります」

「分かった」


 静かに頷いたヴィオにユリエルは感謝し、そのまま皆に作戦を伝え始めた。


「レヴィンは今回後方に下がってください。クレメンス、私の代わりに全体の指揮をお願いします。グリフィスは私が懐に入るまで派手に動いてください。できれば、大砲の射程ギリギリを挑発してください。相手に長期戦だと思わせ、油断を誘います。兵糧のテントも大きなものを使い、篝火を多く焚きます」

「変更は、なさらないのですね」

「しない」

「……分かりました、と言うより他にありませんか。陛下、無理をなさいませんよう」


 クレメンスの言葉に、他の面々も諦めたように同意してくれる。そう言ってくれる仲間に感謝し、同時に心苦しくなる。彼らを、騙しているのだから。



▼ルーカス


 ルーカスはリゴット砦から、前に広がる荒野を見回した。砦は天然の谷のすぐ脇に建っている。橋はこの砦から直接通じているもののみ。ここは関所でもあり、右側は岩場、左側は森が広がっている。森に軍を隠しても深い谷が結局は進路をふさぐし、罠もしっかり仕掛けている。


「ユリエル、どう攻める?」


 本心ではここで止まってもらいたい。互いに後方支援が十分にできるこの場所で止まって、睨みあったまま時間を稼げるのがルーカスの理想だ。だが、そうはならない。何故なら再会の夜に、ユリエルから堂々と「砦を落とす」と宣言されているからだ。

 考えを巡らせていると、不意にノックの音がした。振り向き、声をかける。そうして現れたのはヨハンだった。


「話ってなに、陛下?」

「ヨハン、お前に特別な任務をお願いしたい。誰にも知られず、極秘にだ」

「極秘って……」


 ヨハンは困った顔をする。「極秘」という言葉が嫌なのだろう。それでも一つ頷いてくれた。


「いいよ、やる。何をすればいいの?」

「とある人物の足取りを追って、消息を探してもらいたい」

「なに、それ?」


 思った任務とは違ったのだろう。ヨハンが大きく首を傾げる。そんな彼に、ルーカスはメモを渡した。


「髪はブルネット、瞳は青い三十代前半の男。青い牧師姿で、腰に黄色の帯を締め、首からは翡翠のお守りを下げている? この人が何かしたの?」

「タニスからの親書を運んでいた人物の特徴だ。ラインバールの関所を通り、リゴット砦の関所も通過している事が確認できた。だがその先で行方がわからなくなっている」

「タニスの親書って?」


 首を傾げながらも、ヨハンの顔色は悪くなる。これでも頭の切れる青年だ、何かしら感じたのだろう。

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