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3話 真実(3)

▼ルーカス


 どこかおかしい。

 そう感じて、ルーカスは戦場を真っ直ぐに駆けた。そして、今まさに逃げた将を追おうとしているガレスを見つけたのだ。


「追うな!」

「へ?」


 突然の怒声に我に返った様子のガレスはビクリと肩を震わせて止まった。それに、ルーカスはとりあえず安堵する。


「陛下!」

「これ以上踏み込むな! 何かあるぞ」


 一度馬を止め、ルーカスはその場で声を張り上げた。


「追うな! 後退しろ!」


 おそらく先陣までは届かないし、何か仕掛けられているなら手遅れかもしれない。だが、声を上げずにはいられない。

 砦から戦場を見ていて突如前線が下がり始めた。戦っている当人は気付かない程自然に、少しずつ。だが戦っていない者からするとこれほど不自然な事はなかった。タニス軍は負けてなどいないし、劣勢にも立たされていない。ならば、何かあると考えるのが普通だ。


「陛下、白馬の方がタニス王だ」


 慌てた様子でガレスが告げる言葉を、ルーカスは受け止めた。視線の先に美しい白馬と、それに乗る人物が見える。戦場にあって戦の女神のような後姿。それはいっそ、神々しさすらある。

 ルーカスは馬の腹を蹴って白馬を追った。敵陣に何かあるにしても、警戒していればコントロールはできる。何より自国の王が未だ安全圏にいないのに罠を発動させる奴はいないだろう。

 白馬は徐々に神域の森へと向かっていく。森の中は安全なのだろう。ルーカスも迷わずそこへと馬を走らせていく。その後方で、眩しいくらいの閃光と爆音が響いた。


「!」


 音と光に驚いたルーカスの馬は嘶いて暴れる。だが、ルーカスの馬術はその程度では落馬などしない。手綱を操り、馬を落ち着かせる。

 だが同じ事を全ての兵に期待する事は出来ない。戦場を振り向いたルーカスはそこで、地獄を見た。

 落馬したルルエの兵は地に転がり、それでも態勢を整えようとしている。だがその者達の上から、雨のような矢が降り注いだ。


「閃光弾と爆竹を自陣に仕掛けていたのか。前線を上げたのは、その為か」


 爆竹と閃光の収まった戦場は落馬者で溢れている。こうなると歩兵が一気に力を持つ。後方に下がっていたらしい歩兵部隊が一気に戦場に流れ込んでいく。更に大型攻城兵器も進軍を開始している。雲梯に、破城槌、大砲。

 これはもう色が変わった。旗色の悪い戦場でどれだけ粘っても勝ちはない。早々に引き返して立て直すのが上策だろう。攻城兵器まで出してきたとなれば砦に立てこもるのは賢いとは言えない。辛いが、捨てるしかない。

 ルーカスはこのまま森を突っ切って自陣へと向かおうとした。だがその先に、追っていた白馬を見つけた。

 タニス王、ユリエル。遠く後姿だけの彼へ向かい、ルーカスは馬を走らせ剣に力を込めた。そして、一直線に突っ切る。

 白馬の青年もそれに気づいたようだ。急いで馬首を返し、剣を構える。二人は真正面から強くぶつかった。


「!」


 正面から白馬の青年を見たルーカスは、何もかもが止まったように思えた。目を見開いて、息をするのも忘れてその顔を見る。強いジェードの瞳、清廉な顔立ち。髪の色も、纏う空気も違うが間違えるはずがない。彼は間違いなく、心より愛した人なのだから。

 青年もまた、ジェードの瞳を見開いて顔色を失くしている。互いに衝撃は同じように感じられた。


「エトワール……」


 震えた声が問うてくる。これはもう、確信だ。この名を知るのは本当に親しい者だけ。幼馴染たち以外では、彼しかいない。


「リューヌ」


 柔らかな声で名を呼ぶと、青年もまた震えた。引きつった表情のまま苦しそうに震えている。

 ルーカスは馬を離し、剣を納めた。戦場であっても愛した人に剣を向ける事はできなかった。


「どうして、貴方がここに……」

「王が戦場に立たずに玉座にふんぞり返る訳にも行かないだろ。違うか、ユリエル王」

「!」


 彼の表情が苦しげに歪む。こんな顔をさせたくはない。彼にはいつも、笑っていてもらいたいのに。

 ユリエルもまた剣を引いた。それにルーカスも安堵する。少なくとも互いを知った今、殺し合いになる事はないということだ。


「タニスの王だったのだな、リューヌ」

「貴方こそ、ルルエの王だとは知らなかった……エトワール」


 今にも泣きだしそうな瞳だ。それでも、声は真っ直ぐに向かってくる。その声音は胸に刺さる。ただ、真実を知った今でも胸の奥は温かい。憎むべき相手を前にしているとは思えないほど、心は凪いでいる。

 だがその時、自陣から予想していない爆音が響いた。ルーカスは厳しい視線を向ける。上がる煙の位置からして、武器庫だ。


「武器庫を爆破したか。そうなると、次は……」


 続けざまにもう一つ爆音が響く。予想はできた。兵糧をやられたのだろう。

 ユリエルは必死に踏みとどまっているように見えた。でもその顔に、もう戦意は見えない。それはルーカスも同じだ。どんな理由でも、彼を手にかける自分の姿を思い描けない。

 やがて、退陣の太鼓が鳴り始める。キアが良い判断をした。ルーカスはもう一度ユリエルを見て、力なく笑った。


「引かせてもらう。黙って、見逃してくれるだろうか?」


 これから、どう戦って行けばいい? 自分に問うてもルーカスは答えが出ない。愛した人を前に、彼を手にかけるのか? 戦場で倒れる彼を、見る事ができるのか?

 答えなどでない。そう簡単なものではない。ただ救いだったのは、同じようにユリエルが感じていると思えた事。彼もまた、ルーカスと戦う事を躊躇っている事だった。

 ルルエの兵が退陣を開始する。去る者を、タニス軍は追わなかった。おそらくそのように示し合わせていたのだろう。ルーカスはユリエルが追わない事を信じて、無事に戦場を離脱していった。

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