目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

3話 真実(2)

▼レヴィン


 森の中を進んでいたレヴィンは、突如その足を止めた。研ぎ澄まされた感覚が僅かな違和感を伝えてくる。立ち止まり、その場で更に周囲を探るレヴィンにファルハードが声をかけた。


「レヴィン将軍?」

「先に行け。目的を忘れるな」


 レヴィンの緊迫した声にファルハードは素直に頷く。そして、目的に向かって走り抜けていく。レヴィンだけが行く先を変えて走り出した。そしてその先に、一人の青年の姿があった。

 年は二十歳そこそこだろうか。小柄な青年だ。緑色の大きな猫のような目が特徴的に見える。だが、その腰に下がっている物は友好的には見えなかった。


「タニスの密偵かな?」

「そちらは、ルルエの暗殺者かな?」

「何かその言われ方気に入らないな。一応、ヨハンって名前があるんだけど」


 腰に手を当てて子供っぽく膨れるヨハンを見て、レヴィンは呆れたように苦笑する。


「僕が名乗ったんだから、そっちも名乗りなよ。お墓に名前が無いのは寂しいでしょ」

「中身が子供だね。まぁ、いいけれど。タニス国将、レヴィン・ミレット」


 互いに名乗り、二人は改めて向き合った。ヨハンは腰に差した大きなダガーを二本手に取って逆手に持つ。そして、初動なしに一気にレヴィンとの間合いを詰めた。

 レヴィンの剣はそれを寸前で止めた。剣を抜く手にこれほどの速度と力を要した事はないだろう。一瞬で懐に入ったヨハンのダガーは間違いなく、レヴィンの首を狙っていた。

 だが、ヨハンの攻撃はこれで終わらない。もう一本のダガーが脇からレヴィンに切り込む。これに、レヴィンは忍ばせていた短剣で受け止めた。


「やるね、あんた」

「死ねないんでね」

「それはお互い様だね」


 剣のぶつかる音がする。間合いを互いにとりながら、彼らは正面から伺うように相手を見た。互いに猫のように瞳孔が細くなっている。殺し合う人間の目だ。

 レヴィンが前に出るのと同時にヨハンも前に踏み込む。レヴィンも剣を逆手に持っていた。剣のぶつかる激しい音。睨み付けるその視線に笑みが浮かんだ。ドキドキと同時にワクワクする。薄く傷を負っても痛みなど感じていなかった。


「いいね、楽しいよ!」

「あぁ、楽しいよ。楽しいだけならこのまま続けたいけれど、俺は勝たなきゃならないんでね」


 こいつにここを突破されるわけにはいかない。砦でシリルが待っている。危ない橋を渡ると、あの子は泣くかもしれない。でも、この場は捨て身でも倒さなければ。こいつはシリルにとって脅威になる。

 ヨハンのダガーは一般的な物よりも反りが強く刀身が長く頑丈だ。瞬足と合わせて手が悪い。まずは動きを止めるのが先だろう。レヴィンも瞬足で柔軟だったが、彼よりも長身で武器が重い。縦横無尽に動く相手に対しては不利だ。


 厄介な相手に当たった。


 そう思うばかりでは止める事はできない。レヴィンは動き出した。手元を隠しながらヨハンに攻撃を仕掛けつつ罠を放つ。深追いはせず、間合いに気を付けて踏み込まない。待っているのだ、彼が焦れて間合いを詰めるのを。


「いい加減踏み込みなよ!」


 苛々した口調で焦れているのが分かった。激しいぶつかりを避けているから楽しくないのだろう。そういう子供っぽい所があって助かった。レヴィンは内心ほくそ笑む。そして、最も得意とする武器を強く意識した。タイミングは、一瞬だ。

 イライラが募ったようにヨハンが強く地を蹴った。今まで以上に早いスピードで懐に入りこまれたレヴィンにダガーが迫る。一本は受け止めた。だが、他にも気を取られていた事と予想以上のスピードに脇が甘くなった。

 掠めるようにダガーの切っ先が脇を裂く。痛みが熱のように伝わって痛覚を即座に麻痺させる。だが、レヴィンは薄く笑ってさえいた。


「何笑ってんのさ? おかしくなった?」

「いや、違うよ。やっと、捕まえたから」


 ヨハンは猫のような目を丸くして止めの一撃を振り上げようとした。だが、その手は動かない。手だけじゃない。足も、腕も動かない。無理に動かそうとした部分から薄く血が滲んだ。

 それは、目に見えるかどうかというほど細いワイヤーだった。レヴィンの手首につけたブレスレットに仕込んだそれが、ヨハンの動きを完全に封じていた。


「さぁ、捕まえた。もうここから一歩だって動けはしない」


 絡みつけたワイヤーはそう簡単には取れない。レヴィンはそれを思いきり振り回した。予想通り、ヨハンの体はとても軽い。小さな体が飛んでいき、木にぶつかって派手な音を立てる。体を丸めて衝撃を軽くしたようだが、それでも地面に転がって気を失っていた。

 レヴィンはヨハンの体をワイヤーで縛り、傍の木に括りつけた。殺す事も考えたが、それよりも先行しているファルハード達と合流する事を優先したのだ。

 斬られた脇腹からは血が止まらない。布を当て、強く抑え込むが動き回るから意味がない。スピードを優先したから重い装備はつけなかった。布の服の下に着たチェーンメールがなかったらさすがに致命傷だっただろう。

 ふと、戦場に目が行った。タニスの前線は目的地付近まで引きあがっている。作戦は順調に進んでいるだろう。ならば、レヴィンもここで倒れるわけにはいかない。フラフラとしながら、それでもレヴィンは森の中を駆けた。



▼ユリエル


 高らかと笛の音が鳴った。それを合図にしたように、騎馬隊はそれと悟られぬように後方へと下がり始めた。決して相手に何かを感じさせないように、劣勢とみせかけて。

 だがその中で一人、下がる事の出来ない者がいた。ユリエルだけはガレスの執拗な攻撃を受けて下がれずにいた。

 これは、どうにかしなければいけない。そう思うものの背を見せれば間違いなく突いてくるだろう相手を前に馬首を返す事もできない。

 その時、戦場を黒い影が走った。突き上げるその槍を大剣が弾く。そして、ユリエルとガレスの間に堂々と割って入った。


「グリフィス」

「遅くなって申し訳ありません、陛下」


 ガレスを睨み付けたままだが、声は穏やかなものだった。そして、グリフィスを前にしたガレスは燃える様な瞳を向けていた。

 戦う事が好きな若い騎士なのだろう。圧倒的な貫禄と圧迫感のあるグリフィスを前に、普通は戦意を失うものだ。だがガレスは嬉しそうにしている。戦いたくてウズウズしているようだ。


「会えて光栄です、グリフィス将軍! 俺はルルエのガレスという者。是非とも、決闘を申し込みたい!」


 熱意がそのまま口を突いたようなガレスの言葉は場違いにも思える。

 だが、グリフィスは曖昧な笑みを浮かべたままユリエルへと近づき、ユリエルの馬の腹を軽く蹴った。


「グリフィス!」

「御下がりください、陛下」


 そう言うと、グリフィスも馬首を返して本陣へと引き返していく。ユリエルもまたガレスが呆気に取られている隙に本陣へ向かって駆けだした。

 だが、やはり出遅れている。既に次の作戦へと移行が進んでいる。このままでは敵への罠に飛び込みかねない。


「陛下は脇の森へと御下がりください」

「お前は」

「こいつは度胸のある馬です。このまま突っ切ります」


 戦場においてグリフィスほどに信頼できる相手はいない。ユリエルは静かに頷き、神域の森へと馬首を向けて走り抜けていった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?