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16話 鎮魂(1)

 その日の夜、治療を終えたユリエルは王都の端にあるグリフィスの屋敷にいた。黒い服を着たユリエルは右の腕を吊ったまま、自由になる手に白い花を持ち、棺へと手向ける。その棺にはジョシュが綺麗な姿で横たわっていた。


 あの後、城は大変なことになった。幽閉された王を助けに行った兵は、そこで息絶えた王の亡骸を見つけた。王都奪還に湧く民たちは一転、悲しみに暮れたのだ。

 今の王都は死んだように静かだ。王の為に喪に服すようにと、ユリエルが皆に声をかけたからだ。


 そして今、王の葬儀の準備を信頼できる者に任せたユリエルはジョシュの葬儀を取り仕切っている。体を清め、水と僅かな食べ物を捧げ、棺に花を添え、その手にコインを握らせる。急な事だったがどうにかなった。


「祖国を思い、最後まで戦った者に神の導きがあらんことを」


 数人のルルエの将が代表して呼ばれ、手に縄をかけたまま祈りを捧げる。最後の別れを終えると棺は閉じられ、グリフィスやクレメンス、レヴィンに担がれて屋敷を後にした。

 向かったのは破城槌が破壊した城壁の一部。そこを通った一行は海の見える静かな丘を目指した。そこからは広がる海が見えている。ルルエに通じる海が。


「よぉ、掘っといたぜ」


 ファルハードとアルクースがその場所に穴を掘っていてくれた。そこに棺を下ろし、皆は手でそこに土をかけていく。そうして全てが埋まると、名の無い碑をそこに降ろした。


「後味悪いよな、やっぱ」


 手を合わせたファルハードの言葉は、皆の心にそのまま落ちる。全員、浮いた顔などどこにもない。あるのは暗いものばかりだ。


「なんかさ、勝ったぞ! っていう高揚感みたいなのがあるもんだと思ってたんだけど。変な感じ、全然ない」

「戦なんてものはそういうものです。高揚感なんてものは戦っている間だけ。残るのは後味の悪さと、罪の重さですよ」


 最後まで手を合わせていたユリエルが静かに言い、立ち上がった。


「グリフィス、亡くなった者の方は準備できていますか?」

「えぇ、滞りなく」

「では、このまま行きましょう」


 ユリエルは立ち上がり、そのまま本陣を置いた場所へと向かった。


 そこにはこの戦いで亡くなった者が、国に関わりなく寝かされていた。全ての者に聖水がかけられ、手にコインを握らせ、花が一輪手向けられている。その傍には木とロープで組んだ簡単な櫓のような物があった。


「始めましょう」


 二人一組で全ての者を櫓へと運び込む。そして全てが納まると、ユリエルは松明の炎をその櫓へと移した。

 燃え上がる炎が夜の闇を赤く照らし出す。それを前に神への言葉を皆が唱えながら、冥福を祈った。



▼ルーカス


 その様子は沖にいたルーカスの目にも見えていた。

 自然と涙が頬を伝い落ちる。ルーカスには分かっていた。ジョシュは死んだのだと。


「陛下……」

「皆、黙祷を。死んだ全ての者の冥福を祈ろう」


 低く言い、瞳を閉じる。その時ふわりと吹いた風が、黒い髪を撫でていった。同時に、聞きなれた笑い声を乗せて。


「!」


 急いで辺りを見回すも、そこに姿はない。あるのは美しい星の空ばかりだ。


「……国へ戻る。今後の事を話し合わなければならない」


 そう言ったルーカスの心には憎しみがあった。だがそれ以上に、自分に向ける怒りがあった。

 今はまだ、冷静な考えはできない。憎しみのままに戦う事こそがジョシュを悲しませると理解している。ただ、頭で考える以上に心が痛い。この痛みを理性で抑えられるまでは、何かを決める事はできない。

 静かな海に浮かぶ船はゆっくりと、ルルエ王国を目指して進みだしていった。



▼ユリエル


 その夜、全ての葬送を終えたユリエルは寝付けずに玉座の間にいた。そこには沢山の蝋燭が燭台に灯され、棺が一つ置かれていた。

 棺の中の父王は身を清められ、衣服も整えられて眠っている。不思議と、険しさも何もない穏やかな表情だった。

 もう三十分程棺の隣に腰を下ろしてその姿を見ているが、ユリエルにはこれといった感情が起こらなかった。流石に涙の一つも流れるかと思ったのだが、そうはならない。随分冷たい息子になっていたようで苦笑が漏れる。

 ふと、暗い廊下から足音がした。とても静かなその音は相手を確かめるまでもない。やがて蝋燭の明かりに照らされて赤い髪が揺れた。


「あんま夜更かしすると傷に障るよ、殿下」


 腰に手を当て苦笑したレヴィンは、傍の献花台から花を一本抜き取り棺の中へと放り込んだ。


「寝室に行ってもいなかったから、ここかなって」

「私に用でしたか?」

「まぁ。最後の言葉くらい話そうかと思って」


 そう言ったレヴィンは複雑な顔をする。今のユリエルよりもずっと、人間らしい表情だ。


「別に構いませんよ。恨み言でしょうから」

「すまないって、言ってたよ」


 それは少し意外で、ユリエルは顔を上げる。レヴィンはどういった顔をしていいのか戸惑った様子で、それでも口元に笑みを浮かべた。


「そんなに意外?」

「私の事など気にもかけていないと思っていたもので」

「気にはしてたんじゃない? 愛情ではなくても、後悔はしてたとか。申し訳ないって、思っていたとかさ」


 そうなのだろうか。思っても、もう確かめる方法はない。この方法を取った事に躊躇いなど無いが、別れの前に聞いておけばよかった。自分の事を、どう思っていたのかを。


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