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15話 命を賭して

▼ジョシュ


 城の門が開いた事を聞き、ジョシュは静かに頷いた。やはり、勝手の分からない城は使いづらい。おそらく隠し通路などから忍び込まれたのだろう。


「いかがなさいますか?」


 青い顔をした将兵が指示を仰ぐ。それに向き直り、ジョシュは苦笑して腰の剣を指で遊んだ。


「僕が行く。あまり抵抗はせず、成り行きを見守ってくれ」

「ジョシュ将軍は?」

「こうなれば一騎打ちだよ。僕が勝てばタニスの王太子を捕らえられる。僕が負けた時には抵抗せず降伏すること。これは絶対の命令だ」


 ジョシュは一人で廊下を歩き、階段を下りた。丁度城のエントランスを降りていくと、そこに一際輝く銀の光が見えた。


「あぁ……」


 なるほど、美しい王子だ。ちょっと怖いくらいかな。

 思わず漏れた声に苦笑し、ジョシュはゆっくりと死地へと赴いた。



▼ユリエル


 ユリエルは開門と同時に城へと入った。戦意を失った者は相手にせず、向かう者を払いのけて。

 そうして辿り着いたエントランスの上に、一人の青年を見た。鳶色の髪に、同色の瞳の整った顔立ちの青年は真っ直ぐにユリエルを見ている。

 ユリエルには確信があった。この人物こそが、ジョシュ・アハルその人だと。


「ルルエ国将軍、ジョシュ・アハル殿とお見受けする」

「確かに。そちらは、タニス王太子ユリエル・ハーディング殿かな?」


 問われてユリエルは頷く。周囲はいつの間にか、タニスとルルエが入り混じった状態になっていた。


「降伏を、ジョシュ将軍。既に勝敗は見えているはずです」

「確かにこちらの負けだ。けれど、一発逆転もあるかもしれない」


 ジョシュが剣を抜く。それに、ユリエルも構えた。


「貴方を捕えれば面目が立つんだ。何よりここで無条件に降伏しては国に帰れなくてね」

「愚かです。命あっての物種ではありませんか。誇りを守って命を捨てるのですか?」

「守りたいのは、僕のちっぽけな誇りではないんだよ」


 構える姿勢を見せられては戦わないわけにはいかない。ユリエルもまた、剣をしっかりと握り直した。

 双方激しい衝突だった。ギリギリと刃が鳴るような強い押しに、ユリエルは僅かに後退する。既に散々戦った後だ、疲労も出てくる。


「満身創痍。とまでは行かなくても、疲れているかな。これは勝率が上がった」


 ニッと鋭く笑うジョシュはユリエルを後方へと押し、一旦距離を取る。ユリエルはそれに押され、よろりと後ろに下がった。

 やはり一筋縄ではいかない。できれば降伏させたかったがそうはできない。生きたまま捕えられればいいが、それもきっと難しい。相手は既に自身など庇っていない。

 ぶつかる度、互いの体力は削れていくようだった。ユリエルの剣は鋭くジョシュに迫った。容赦なく傷つけた。

 だが、ジョシュの剣もまた負けてはいない。ユリエルの剣を弾くとすぐに反撃に入る。鋭い攻撃はかわすのも危うく、服や皮膚が薄く裂けて赤く染まった。

 それでも互いに戦う事を止められなかった。ユリエルの肩には国が乗っている。おそらくジョシュの肩にも同等のものが乗っているのだろう。死んでも譲り合えないものが。

 ならば、終わりは見える。より強く願った者の勝ちだ。


「そろそろ、諦めてもらえませんか?」


 何合目だろうか。既に分からぬくらい打ち合って顔が近づいて、そんな事を言われる。一旦剣を弾いても、またすぐに近づいた。


「命かかってるので、そう簡単には参りません」

「どちらにしても命なんてない僕からすると羨ましいな。ただ、簡単に引き下がるわけにもいかない。貴方は危険そうだから、ここで消えてもらいたい。祖国の為にもね」


 突き崩すようにジョシュは剣を突きだした。ユリエルの胸を狙った剣はそのままガードを突いて僅かに肌を傷つけた。

 それと同時に突き出したユリエルの切っ先は、真っ直ぐジョシュの腹部を突き通し、赤々とした血が床を濡らしていた。


「悪い予感は当たるものだね……」


 ズルリと落ちるその前に、ジョシュの口に笑みが浮かぶ。その手にはいつの間にか短剣が握られていた。


「っ!」


 切っ先が肩口へと埋まる激痛に顔が歪む。痛みは突き抜け、次には熱になる。血が溢れだし、白い服をより鮮やかに染めていく。それでもユリエルは、ジョシュの体を傷の無い腕で引き上げた。


「……部下を、お願いする。降伏するよう、言ったから」

「分かりました」

「あっさり言うね」

「貴方への敬意に対して、私が返せるささやかな事です」

「敬意?」

「民に害を与えなかった」

「あぁ……」


 耳を近づけなければ聞こえない声が、微かな音で笑う。鳶色の瞳が、辛そうにユリエルを見ている。


「我らの王が、望まないしね」


 そう言った表情は、どこか寂しげだった。


「変だな。貴方はどこか、陛下と似ている」

「え?」

「……会う場所を、間違えたかな。もっと穏やかに出会えていたら、お茶の一杯でも飲めたのに」


 瞳が緩やかに閉じていく。いつの間にか集まったルルエの兵が、剣を落として涙にくれた。


「……全員降伏しなさい。命までは取りません」


 静かなユリエルの声に、周囲は一層涙に沈む。それを見るタニスの兵もまた、どこかやりきれない顔をしていた。


 王都を奪われてから二か月と少し。この日再び王都はタニスの元へと戻ってきた。だが、喜ばしさよりも悲壮感が溢れる、とても静かな終焉だった。

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