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14話 王都包囲網(6)

§


 地下の牢獄に、タニス王はいた。質素な鉄扉の部屋の中で、扉に背を向けて寝ている。ここは地下で、上ほど騒がしくないから状況を理解していないのかもしれない。

 レヴィンはそっと、倒した兵が持っていた鍵を使って開け、後ろ手で閉めた。

 音はしたはずだ。それでも起き上がりはしない。生きてはいるだろうが反応がない。拷問でも受けて精神的に衰弱でもしているのだろうか。

 なんにしても動かないのは好都合。レヴィンはルルエの兵から奪った剣を手に、素早く迫った。

 だが、その剣は受け止められ、更に斬撃が顔をめがけて襲った。咄嗟にそらしたが、兜が飛んで赤い髪が露わになってしまった。


「へーぇ、まだ諦めてはいなかったんだ」


 レヴィンはニッと笑う。起き上がったタニス王の手には割れたガラスの破片がある。レヴィンを襲ったのはそれだ。

 そのタニス王の目が僅かに見開かれる。明り取りから差し込む光が、レヴィンの姿を浮き上がらせた。


「お前、ダレンの養い子か?」


 その言葉に、レヴィンの瞳は険しくなった。


「そうだとしたら、何?」

「お前は、天使なのか?」


 その瞬間、レヴィンの中で血が沸騰するような激しい感情が湧きあがった。それと同時に前に出てしまっていた。

 肉を断つ感触と、温かなものが手を濡らす。レヴィンの剣は腹を貫いていた。血がべったりと手に触れる。それに、レヴィンの呼吸は浅くなった。


「そうか……。ダレンから聞いていた。すまなかったな……」


 血でゴボゴボとくぐもっていたが、王は確かにそう言った。消えてなくなりそうな声で、それでもレヴィンに謝った。

 けれど、今更謝られたって困る。時は戻らないし、過去も消えない。何もかも元通りになんてならないなら、謝罪なんていらないんだ。


「ユリエルにも、すまなかった。私は……」


 それが最後の言葉だった。ズルリと落ちた体をそのままに、レヴィンは離れた。王の目には涙がある。血はベッドを濡らし、床を濡らしていく。

 震えが止まらなかった。今現在の光景ではなく、沢山の記憶が震えさせた。冷たかった心のままならきっと、何も感じなかったのに。今はこんなにも温かな心を貰って、そうしたら沢山の記憶が責めたててくる。最悪だ。


「手、洗わないと」


 ヌルリと絡む赤いそれはまだ温かいように思える。この手を綺麗に洗わないと、どんどん穢れが広がっていく。

 けれど分かっている。手を洗っても何も変わらない。この手は血にまみれ、この魂は穢れていて、救いなんてどこにもないんだと。


 レヴィンは最初の隠し通路まで戻って自分の衣服を着る。そしてそのまま城内へと戻った。場はまさに修羅場。王城に攻め上ったタニス軍と、城を死守しようとするルルエ軍は今まさに激しく戦っている。


「こんなの、早く終わらせよう……」


 呟いた言葉に抑揚がない。感情が死んでいく。それでも目的は忘れていない。こんな馬鹿みたいな戦いはさっさと終わらせる。それだけが、今できる最善だと信じている。

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