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14話 王都包囲網(5)

▼レヴィンの憂い


 外が騒がしくなってきた。レヴィンは隠し通路に身を潜めたまま、外の様子を感じていた。

 自然と緊張感が増す。流石にいつものような軽さはなかった。今頃外はどうなっているのか直接は分からない。色々、予定通りに進んでいればいいけれど。

 隠し通路の出口から様子を伺うと、丁度一人の兵士が傍を通った。レヴィンは手を伸ばしてその兵を通路内へと引きずり込み、押し倒すと手で強く口を覆った。


「外の様子はどうなっている?」


 怯えきった兵が何かをもごもご言う。声を出せないようにしたのだから当然か。レヴィンは質問を変えて問いかけた。


「外門は開いたか? 素直に言わないと、痛いよ?」


 目を見開いた兵が怯えたままで頷いた。首に触れた肌で感じる脈の加速はおそらく真実を語っているだろう。そうなれば、そろそろ動かなければならない。


「なるほど、それは助かった」


 言って、レヴィンは力いっぱいその兵の鳩尾を殴る。くぐもった声の後、兵は気を失った。その衣服を脱がして着込み、手足を縛りあげて口に猿轡をすると、レヴィンは城内へと堂々潜入した。


「まずは城門開けないとね」


 城の中は既に騒がしい。これなら一人ちゃっかり紛れていても分からない。レヴィンも様子を合わせて焦ったふりをしながら、城門を開ける装置の場所まで走っていった。


 城門を開ける滑車装置があるのは城門のすぐ傍の一室。薄暗いそこに入ると、一人の将がそこを守っていた。


「どうした」

「ジョシュ将軍より伝言です。状況が変わった、集まってもらいたいと」


 キビキビと敬礼したレヴィンの言葉に将兵は動揺しながらも疑ってはいない様子だった。立ち上がる。だが、ふとレヴィンを見て瞳を細めた。


「お前、誰の部隊だ?」


 あぁ、ばれた。扉一応閉めておいて正解。

 レヴィンは素早く走り寄り、その首を一突きにする。声もなく倒れた将兵が地に伏せて後、苦笑していた。


「こんな姿、シリル殿下には見せられないよね」


 返り血を浴びた姿を見てそう寂しく呟く。想うのはあの屈託のない笑み。とても綺麗な少年が寄せる信頼の瞳だ。その綺麗なものに、この手では触れない。偽りでも綺麗な手でなければ触れる事は許されないだろう。


「……やめた。雑念なんて抱いてる場合じゃないし」


 頭をかいて一言漏らし、レヴィンは城門を開けるレバーを倒した。滑車と鎖が動く轟音と、周囲の騒々しさが混ざってまさにカオス。そんな中、レヴィンは次の目的を達成する為に動き出した。


§


 王都攻略の二日前。王都に一番近い砦で一夜を過ごしたレヴィンはバルコニーから外を見ていた。

 綺麗な月の見えるその場所には他に人もなく、なんとなくボーとするのに丁度いい。あまり騒ぐ気分ではなかったのだ。

 その時、ふと一つの足音が近づいてくる。誰かは分かる。その足音は重くもなく、またほぼ音がない。こんな歩き方をするのはレヴィン以外だと一人だ。


「殿下も人酔いかい?」


 砦の中から顔を見せたユリエルに、レヴィンは苦笑して言った。当然、そんな事ではないと分かっていた。


「隣、いいですか?」

「ここで出来る話ならね」

「変に隠し立てする方が怪しまれますから」


 そう言って苦笑したユリエルを見て、レヴィンは気を引き締めた。どうやら予想以上にヤバイ話に思えたのだ。

 隣に腰を下ろしたユリエルが、ふと月を見上げて瞳を細める。どこか、幸せそうに。


「綺麗な月ですね」

「だね」

「こういう夜は、好きです」


 何かいい思い出でもあるのか、その雰囲気はとても柔らかく、不穏さはない。けれどなかなか話し出さないのは躊躇っているのだと思えた。この人が躊躇うなんて、よほどだ。


「……ヤバイ話?」


 聞いてみて、途端に空気が緊張した。それだけで、この人の用件は何となくわかる。


「誰を、殺せばいいのかな?」


 ジェードの瞳が鋭く暗く光る。それは確信だ。

 なんとなく単身での潜入を言い渡された時に予想はついた。城門を開けるのは大変だけれど、単身である必要はない。数人で攻めた方が本当はいいだろう。けれど、レヴィン一人に任せた。そこに違和感はずっとあった。


「レヴィン。もしも王が生きていたなら、殺してください」


 低い声が呟く。その言葉に多少、心臓は痛かった。ただ、予想はしていた。

 ユリエルが王となるのに現王が生きているんじゃ無理だ。死んでいるのが、しかもルルエ側が殺したというのが一番理想。単身で忍び込むレヴィンがその役をやるのが、一番無理がない。


「王が生きていては国を取り戻してもまた荒れる。腐敗しきった家臣や役人が我が物顔で戻ってきては意味がありません」

「だろうね」


 まぁ、実際それだけじゃないだろう。ユリエルの力量はこの戦いで示される。王都を取り戻した若く美しい王太子は民の支持を得る。それに元々の基盤である軍部もユリエルを支持し続ける。これに危機感を持たない腐敗役人はいないだろう。排除の方向へと向くのは明らか。

 更に王はユリエルの後ろ盾にはならない。その状態でユリエルが上に立てるとは思えなかった。


「……シリル殿下を王にって言われたら、どうするつもり?」


 ふと気になって聞いた。勿論、ユリエルがシリルを大事にしている事は分かった。それがポーズではない事も。ただ、状況が悪化すればどうするのか。それを聞いておきたかった。


「シリルでは今の状況を支えられませんから。多分、あの子自身が辞退してくれるでしょう」

「辞退しなかったら?」

「それでも、私があの子を脅かす事はありません。それに、私自身がそう長く王位についているとは限りませんしね」

「え?」


 思いがけない言葉に、レヴィンはユリエルを見る。どこか寂しげな瞳が自嘲気味に笑っていた。


「私は少々苛烈です。乱世においてはその方がいい。けれど、平和な世にはそぐわない。その時にはまた考えます。よりふさわしくね」

「ちょっと、意外」

「そうですか?」

「それでいいんだ」

「やる事が山積していますから、簡単に退くことはできないでしょう。ですが、いずれは。正直に言えばこうした事は苦手なのですよ」

「またまた、ご冗談を」


 この人ほど精神力の強い人も珍しい。国を導くその先も、その道も見えていて、それを成し遂げようという強い意志も見えるのに。

 けれど、寂しく笑うその表情にはそれほどの力は感じられなかった。


「私は、詩人になりたかった」

「え?」

「何もかも切って、一人で気の向くままに旅をして、それとなく人と触れて、また旅をして。それも悪くないように思っていました」


 弱く苦しく微笑む表情がどこか痛々しいと思えるのは、それが本心からの言葉だからだろうか。レヴィンは色々と誤解していたことに気づいた。本当はこの人も、それほど強くはないのかもしれない。


「お前も不思議ですね。案外話ができる」

「あんまり無防備に話さないでよ。聞かされる方がちょっと痛い」

「少し、疲れているのですよ。それにお前は、不用意に他人に漏らさないでしょうから」

「信じるんだ」

「同じ穴の貉でしょうしね」


 自嘲の笑みが深くなる。レヴィンは困って、次にはポツリと呟いた。


「いいよ、お願い聞いてあげる。元気のない殿下なんて気持ち悪いしね。俺からのプレゼント」

「いいのですか?」

「いいよ。これがさ、自分の手を汚さない奴のお願いなら聞きたくないけれど、殿下はそうじゃないって分かる。それに、一番危険な役回りをするんだからそのくらいはご褒美貰ってもいいでしょ」


 何よりレヴィンは見たかった。この人が作る国の形を。この人の理想を。その為の力となるなら、例え汚れた手でも求めてもらえるなら構わないと思える。

 王族など大嫌いで、堅苦しいのも大嫌いで、他人の為に損な役回りなんて御免被ると思っていたレヴィンの、それは大きな心の変化だった。


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