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14話 王都包囲網(2)

▼アルクース


 まだ薄暗く霧のたちこめるキエフの港は、アルクースにとっても動きやすい。十人程の仲間を連れて霧に紛れて門に近づいたアルクースは、緊張に唾を飲みこむ。

 何度も戦ったし、今更綺麗な事は言わない。それでも、軍人と戦うのは初めてだ。何よりこれが上手くいかなければ港の占拠はできない。ユリエルの作戦は失敗する事になる。


「ほんと、盗賊崩れの傭兵なんかにこんな大事な事任せるなんて、あの人何考えてるんだろうね」


 汗が滲む。けれど口元には、不思議と笑みが浮かんだ。プレッシャーと同時に、嬉しくもある。寄せられる信頼に応えたいと思う。

 ユリエルは今回の作戦に、自分の部下は誰一人つけなかった。全面的にアルクース達に任せてくれたのだ。ただ一言「信じていますから」とだけ添えて。こんなやり方、ある意味卑怯だ。手放しで信頼など寄せられれば裏切りも失敗もできない。


「あぁ、これがあの人の術中なのかな?」


 厳しいし、怒らせると怖いし、色々暗い部分もある人だ。それでも何故か、魅力的だと思う。簡単に言えば人たらしなのだろう。深く触れた人は誰もが、あの人を放っておけなくなる。

 だからだ、タイプの違う癖のある人があの人の周りに集まり、身分も関係なく協力する。そういう、不思議な感じがある。


「アルクースさん、人の出入りが止まった」

「いよいよか」


 人の流れが止まり、門が閉じられる。アルクースにも緊張が走る。港に残っている兵の大半は、いつでも撤退できるように船の整備などをしている。だが気づかれればこちらに雪崩れ込んでくるだろう。

 可及的速やかに。アルクースは身を低くし、はやりそうな気持を抑えて走り寄った。

 シャスタ族は『古き狼の民』と呼ばれている。その由来は強靭な足だ。瞬足であり、健脚。それは内向きなアルクースも同様だ。

 門の付近に居るのは二人。身を低く走り込んだアルクースはダガーを逆手に持ち、その背後へと素早く迫る。そして躊躇うことなく、その首を狙ってダガーを一閃させた。

 声を発する事もできず、兵の一人が倒れる。その兵が地に倒れるよりも前に、アルクースのダガーはもう一人の兵の首も切り裂いていた。


「さすがアルクース。予言者じゃなきゃ暗殺者だよな」


 倒れた兵を素早く引きずり目立たない所に隠している仲間がそんな事を言う。それにアルクースは苦笑するしかなかった。

 実際、アルクースも仲間の言う通りだと思う。身が軽く素早いアルクールは小柄でもあり、暗殺に向いていると思う。それなりに度胸もあるつもりだ。両親もなく、引き取ってくれた預言者のじっちゃんが才能を見つけてくれなければ、今頃暗い道を歩いていた。


「暗殺者なんて、お頭がさせないさ」


 一人が肩を叩き、笑って言ってくれる。ニッカと笑うファルハードの顔が浮かび、心が救われる。あの単純脳筋バカ頭はそれでも人の道に反する事を仲間にさせたがらない。真っ直ぐな気性の人だ。だから、救われる事もある。


「分かってるよ。俺は、預言者だ」


 元気が出た。アルクースは門に寄り、門兵がいる駐留所の扉に手をかける。全員に視線を向け、頷き合い、一気に扉を開けて中へと雪崩れ込む。その素早さは喧騒など無いほどだった。

 作戦開始からわずか十五分で、門は彼らの手に落ちたのだった。



▼ファルハード


 その頃キエフ港にある役人の屋敷の一つは静かに占領されていた。


「それにしてもよぉ、アルクースの薬って恐ろしいよな……」


 屋敷にいた人はほぼ全員が眠っている。それを確認しながらファルハードは引きつった顔をする。

 この屋敷に捕えられたタニスの兵がいることが分かり、ユリエルの指示で屋敷に人を潜入させた。馬を世話する馬番だが、屋敷に入れればどんな身分でも構わなかった。

 そして、事が動いた事を知ったそいつがこっそりと眠り薬を焚いたのだ。その結果、屋敷にいるほぼ全ての人間が眠った状態で現在縛られている。


「できるだけ殺さないように捕えるってのは、面倒だよな。まぁ、無駄な殺しをしなくていいってだけいいけどな」

「お頭、捕まってる兵は地下みたいっすよ」


 仲間の一人が言って、それに「おう」と答えたファルハードは地下へ降りる階段を歩いて行った。

 地下には百人近い人が押し込められていた。そして、上で何が起こったのかと不安な顔をしていた。


「あんたらが、タニスの水軍かい?」

「あぁ、そうだが。一体何が起こっているんだ?」

「まぁ、戦いが始まったんだけどな」


 ファルハードの言葉に、その場にいた兵がざわつく。代表で話をしている人物もまた、緊張と動揺に顔が引きつっている。


「貴方達は何故ここにいる?」

「ユリエル殿下のお味方さ。これを見せれば信じてもらえるだろうって、預かってる物があるんだ」


 ファルハードは首から下げている銀の指輪を見せる。そこには繊細な百合が彫り込まれていた。


「確かにこれは、ユリエル殿下の指輪だ」

「その殿下から伝言な。速やかに自身の船を確保せよ。だが、逃げようとする者を追う必要はない」

「それは!」


 戸惑いが広がる。だが、ユリエルの指輪を持つファルハードの言葉を疑う事もできないのだろう。軍におけるユリエルの影響と信頼を見るようだ。


「まぁ、じきにグリフィス将軍がくる。それまでは静かにしておいてほしいらしい。外に出た兵をグリフィス将軍がここに追い込み、国から追い出す。その時にタニスの軍船を取られるのは避けたいんだって。俺よりもあんたたちの方が理解できるだろ?」

「……了解した」


 丁寧に礼を取った兵達を見て、ファルハードも頷き、仲間から檻の鍵を受け取って開けて行く。

 その頃、外も丁度騒がしくなりだしたようだった。

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