「さて、まずは新しい者の紹介ですね。右から、シャスタ族のファルハードとアルクース」
二人は軽く前に出て名乗る。それに眉を上げたのはグリフィスだった。
「シャスタ族?」
グリフィスの黒い瞳が二人を捕える。特にファルハードを見て、その表情は複雑になった。当然だろう、彼も加害者なのだから。
「ファルハード、言いたい事があれば今のうちに言っておきなさい。なんなら決闘でもなんでもしていい。グリフィスも、受けないわけにはゆかないでしょう」
ユリエルの表情は真剣なものだった。これからは仲間として、同じ戦場に立つことになる。仲間内での確執なんてのが一番厄介だ。それなら最初のうちに話をつけてもらう方がいい。
それに、ファルハードの性格ならば一度スッキリさせてしまえば後は切り替えるだろうと思っている。
だが、ファルハードはジッとグリフィスを見て、その後で首を横に振った。
「言いたい事が無いわけじゃない。過去がどうでもいいなんて言わない。だけど、俺の私怨で一族の未来を暗くするような事は、できねぇ」
燃える様な赤い瞳には、不思議と憎しみなどの負の感情がない。それにユリエルは驚いていた。
「ユリエル殿下に一族の未来を託し、大事なものを背負って貰った。そん時に、決めたんだ。俺個人の恨みはまず置いておく。そんで、やれるだけの事を全部やろうってな。アルクースも、異論ないだろ?」
「ないね。そしてお頭、あんたの成長にちょっと泣きそうだよ。やっとお頭っぽくなってきたね」
「なっ! 俺だって考える事があるんだぞ」
「うんうん、分かったよ。よしよし」
「よしよしすんな!」
頭一つは長身のファルハードの頭を腕を伸ばして撫でるアルクースに、ファルハードはやっぱり怒ったり赤くなったりだ。けれどユリエルの目には、ちょっと泣きそうなアルクースの照れた顔が見えていた。
「すまない、ファルハード殿、アルクース殿。貴殿らの言い分は後で個人的に聞く。今は」
「だから、いいんだよ。もう五年だ、いい加減そこから歩き出さないとどうにもならん。それに、案外いい人っぽいしな。まっ、敵としては会いたかない」
素直な感想を述べ、双方は歩み寄ってがっちりと握手をする。これに、ユリエルは安堵した。
「続いて、海賊バルカロール副船長のヴィオです」
前に出たヴィオは、なんだか落ち着かない様子で見回す。ちょこんと頭を下げ、やっぱり拙い様子で声を上げた。
「ヴィオ・マコーリーです。姉の名代できました。今後、よろしくお願いします」
この様子にはグリフィスやクレメンスばかりではなく、シリルまでもが戸惑った表情で目を見合わせる。やはり、見た目に対して幼く感じたのだろう。
「ファルハード、アルクース、ヴィオ、うちの大事な仲間を紹介します。まずは」
言いかけた時、遠慮がちに扉がノックされた。クレメンスが出て扉を開けると、手伝いの女性が困った様子で扉の外に立っていた。
「あの、お客様がいらしていて」
「客?」
クレメンスは訝しんでユリエル達を見た。だが、今日の客人は事前に知らせておいた彼らだけ。他には予定にない。
「どんな人だ?」
「あの、それが」
言うよりも前に、階段を登る音がしはじめる。それに全員が警戒した。剣に手をかける者、庇う者、それぞれだ。
やがて、ランプの明かりがゆっくりと闇を照らしながら上がってくるのが皆の目に見えた。その人物を見て、知っている者は皆呆気に取られた。
「ロアール!」
「よっ、殿下。何やら賑やかだな。俺も混ぜてくれや」
近づいてきた男は軽い様子で笑い、使用人の女性の上からヒョイと顔を出して室内を覗き込んだ。
明るいオレンジ色の髪を一括りにした無精ひげのある男だ。年は三十代前半で、意外と長身でしっかりした体つきをしている。瞳も髪と同じく明るいオレンジ色だ。
「知ってんのが四人に、知らん身内が一人、まったく知らんのが三人か。こりゃ、まずい話の最中かな?」
「お前はしっかりそこに首を突っ込みましたよ、ロアール。入りなさい、こうなればお前も共犯です」
「んじゃ、お邪魔しようか」
部屋に入った男は外套を取り、持っていた荷物を隅に降ろす。意外と重たい音に彼を知らない面々は目を丸くした。
「随分な大荷物だね?」
「あぁ、薬やら医療器具やらだ。俺は軍医だからな」
「ロアール・メイリー軍医だ。この人を知らないとは、お前は潜りかレヴィン」
グリフィスが溜息まじりに言うのに、レヴィンは「お世話になってないからね」と反論している。
意外な客人に頭を抱えたユリエルは、どこまで話したかを思い出そうと額に指を当てている。その様子にヴィオが気づかわしげに頭を撫でて、他の面々が目を丸くした。
「まずは紹介します。右側からグリフィス、クレメンス。こちら二人は軍人です。そして、弟のシリル」
紹介に預かった三人はそれぞれ軽く会釈をする。それに、新メンバーの三人も会釈を返した。
「そして、突然入ってきたこいつはロアール・メイリー。軍医をしていますが、元は第一部隊の隊長をしていた騎士です」
ニコニコと機嫌よくしているロアールに、彼を知らない者はどう扱っていいのか分からない顔をする。なんというか、妙な貫禄がある。
「ロアール、お前はラインバールにいたはずです。持ち場を離れましたね」
「あそこは今落ち着いてら。俺が必要なのは前線だろ? それなら、殿下の傍がいいかと思ってな。弟には言ってあるし、兵隊は連れてきてない。俺一人だ」
「余計に危険です。まったく、単独行動はしないでください」
「いや、それは殿下も同じだからね?」
自分の事は棚に上げて言うユリエルに、すかさずレヴィンがツッコむ。この旅で、なんだかこのような関係が出来上がってきた。
「んで、そこの赤毛は何となく話を聞いてると思うが、他の三人は誰だ?」
ロアールがそんな事を言うものだから、改めてレヴィンを含め、自己紹介のやり直しをする事となったのである。
さて、全員が納得して落ち着いて、ようやく話が前に進みそうだ。ユリエルは重い溜息をつき、視線をクレメンスへと向ける。
「留守中の様子に変化は?」
「悪い報告が。敵はキエフ港の防備を固め始めました。本国に連絡し、大型軍船の配備も準備しているとか」
やはりマリアンヌ港に出向いた事がバレたのだろう。密偵からの連絡がないとなれば、当然そこを疑ったはずだ。明確な狙いはわからずとも海上に関わる何かを指示したと踏んで、そこを固めたに違いない。
ユリエルは考え込む仕草をする。こうなっては長期戦覚悟だ。
「まだ、ルルエの軍船はこないよ」
どこか拙い言葉が聞こえ、ユリエルは弾かれたようにそちらを向く。ヴィオがにっこりと笑って頷いた。
「潮は今、ルルエからタニスに向かう方向に強いから、逆は時間がかかる。多分まだ、国についてない。でも、ルルエの国内には入ったかも。大型軍船なら出港までに準備もかかる。数日、出られない」
「まだこちらに向かっていないということですね」
ユリエルの問いに、ヴィオは確かに頷いた。
でも結局は時間の問題だ。タニスの軍船はキエフ港にあり、その全てが敵の手に落ちている。マリアンヌ港にもあるがどれも中型船。海戦が得意なルルエ海軍の大型船を相手に渡り歩くことは難しいだろう。
「陸戦ならばこちらにも勝機がありましょうが、戦力的には五分。既に各砦へ開戦の準備はさせていますが、これ以上敵の戦力が上がれば勝機が見えなくなってきます」
「大型軍船となりゃ大砲の威力もけっこうだしな。どうする、殿下」
こうなれば、陸からキエフ港を落とすしかない。既に敵地となっている場所に乗り込むのは危険が伴うが、海上からの補給を絶たないことにはどうにもならない。最悪挟み撃ちだってありえる。
ユリエルがゆっくりと陸からの攻撃を口にしようとした時、また違う場所から声が上がった。
「ルルエの大型軍船だけなら、マリアンヌで止められるよ?」
それは思ってもみない言葉だった。提案したヴィオが、にっこりと剣の無い表情で笑みを浮かべた。