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8話 海の覇者(2)

「取引?」


 彼女の綺麗な眉が僅かに寄る。そして更に一歩、ユリエルへと近づいた。


「何の取引ですの?」

「噂で、グリオンを探しているとか。そこで、こちらが彼を捕えしだい貴方達に引き渡します。その代り、私の私兵として王都奪還に力を貸してもらいたいのです」


 また一つ、フィノーラの眉が上がる。そして、冷たい笑みが返ってきた。


「面白い事をおっしゃいますのね。民を守るべき者が、私達のような賊に民を売るだなんて」

「実は一つ、私もそのグリオンという商人を疑っているのですよ。もしや、売国奴ではないかと」

「それは、どういう意味ですの?」

「奴の商船はよく荷や船員の数が合わないまま、役人を買収して見逃してもらっていたようです。それが、今回の王都陥落に関わっているのではと思っています」

「……あいつなら、ありえる話ですわね」


 考え込むフィノーラは、それでもユリエルを信じるには足りない様子だった。


「それで? 奴が貴方の疑い通りの男だった時には、私達で私刑にしてもよろしいと?」

「構いませんよ。おそらく叩けばいくらでも埃が出ます。何より、貴方にそれほどまでに恨まれることをしているのは確か。それが罪に問えるなら、私はやはり同じく貴方達に処遇をお任せします」


 フィノーラは深く考え込む表情をしている。だが、そんな彼女を背後に庇うようにして隣のヴィオが前に出た。


「姉上、乗りきしないなら受けなくていい。僕が、あの男を姉上の前に引きずり出す」

「ヴィオ」


 さっきまでの頼りなさが消え、堂々とした言葉が返ってくる。ヴィオはそのまま一歩前に庇い出て、ユリエルを睨み付けた。


「あいつは僕達の仇。それに、横槍なんていれないで。これ以上姉上を悩ませるなら、僕が相手になる」

「ヴィオ止めなさい! 下手に相手などして、万が一があっては大変なのよ! この人に傷でもつけてごらんなさい、国が私達を本気で殲滅しにくるわ!」


 フィノーラは慌てて止める。だが、ヴィオはそれでも止まろうとはしなかった。


「平気、姉上。こいつを殺して、他も殺して沈めれば、誰がやったかなんてわからない」

「そんな簡単な事ではないわ! 必ず行き先も、相手も誰かに言ってある。そうなれば同じよ!」


 フィノーラはヴィオの腕を掴んで止めた。それでようやく、ヴィオも大人しく下がった。


「殿下、あまり軽々しい問題ではありませんわ。ここに居る者は皆、あの男を恨みに思う者です。殿下の申しでは嬉しい限りです。ですが、私的な恨みで仲間の全てを危険に晒す決断は私にはできません。一度船に戻り、少し話をしてもよろしいかしら?」

「えぇ、構いませんよ。急ぐつもりはありませんから」


 頷いて了承したユリエルに頭を下げ、フィノーラは納得いかないヴィオを連れて自らの船へと戻っていった。


 フィノーラ達を見送ったユリエルの傍に青い顔をしたレヴィンが近づく。そして、具合悪そうにしながらも彼らの背を睨んだ。


「あのフィノーラって女性が、頭目なのかい?」

「おそらくそうでしょうね」

「おおよそ、そんな感じの無い人なのにね。見目は麗しいし、品もある。なにより賢い女性が海賊だなんてね」

「人にはなっただけの理由と過去があるものですよ。このような決断をしたのだから、それ相応の思いがね」


 ユリエルは見逃さなかった。ドレスで隠した足を、僅かに引きずっていた。歩き方もほんの少しぎこちなかった。その理由も、おそらくグリオンだろう。


「俺には少し分かるよ。確かに、なっただけの理由はあるんだ」


 アルクースが同意するように頷く。そして、困った顔でユリエルを見た。


「北の地が平穏なら俺は預言者になっていたし、お頭は族長になってた。誰だって好きで盗賊なんてしないよ。あの人達だって、同じじゃないかな」


 その言葉に、ユリエルは苦笑するしかない。加害者と被害者が奇妙な関係で協力している状態でこうした話題になると、加害者の方はなんともリアクションがしづらいものだ。



 一時間ほど待って、ようやくフィノーラとヴィオ、そして数人の海賊が船に戻ってくる。ユリエルは立ち上がり、彼らへと一歩近づいた。


「話はつきましたか?」

「えぇ。皆の気持ちとしては条件に異議はないとのことですわ」


 静かに言ったフィノーラだったが、ユリエルはそれだけではないと分かっていた。何故なら隣のヴィオがとても冷たい、感情のない目でユリエルを睨み付けていたからだ。


「他の条件がありそうですね」

「えぇ、その通りですわ。私達は貴方の実力と、覚悟が知りたいのです。海賊なんてものは所詮実力がなければ認められない世界。何よりも力が物をいいますわ」

「つまり、私が戦って貴方達に勝てばよいのですね?」


 ユリエルはニッと口の端を上げる。その鋭い眼光は、いっそ獣のようだった。ユリエルは無用な戦いを好む性質ではない。だが、強い者と戦うことに血は騒ぐのだ。


「それでは、相手はヴィオですか?」

「えぇ。この子はこの海賊団の中で一番の実力者。この子が負けたとなれば、皆は貴方の力を認めましょう」

「構いませんよ」


 ユリエルが数歩進み出る。それに合わせて、ヴィオも数歩前へ出る。周囲の者は彼らを囲むように後退し、場を空けた。


「先に言っておく。死んでも知らないからな」

「構いませんよ。私に何かあっても、貴方にも、貴方の仲間にも責は負わせません。私にもそれなりの自負があります」


 互いを睨み、ユリエルは剣の柄に手を伸ばした。

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