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6話 海辺の再会

▼ルーカス


 ユリエル達が出発した翌早朝、ルーカスは部下を半置き去りにして馬を走らせていた。その表情には苦々しい色が浮かんでいる。

 やられた。ルーカスは出し抜かれた事と、部下を一人失った事に舌打ちをする。昨夜、どれ程待っても密偵は来なかった。他の者に探させたがその行方は知れない。

 ユリエルの馬車を追った部隊からは規模の大きな砦に辿り着いたとの報告があった。だが、その後の動きは特に確認できていない。


「一人は王太子一行を追った部隊に合流、状況を説明しろ。一人はジョシュにキエフ港の守りを固めるように連絡しろ。残りは俺についてマリアンヌ港へと向かう!」


 部下にそう伝令をして、ルーカスは馬に乗って飛び出した。

 悪い予感がする。旅芸人は港に向かったと酒場の主人は言っていた。そこに海賊の噂だ。全てを結びつけるには強引な気もするが、ユリエルという人物が手を選ばないなら結びつく可能性もある。

 戸惑う部下を置いてルーカスは飛ぶように馬を走らせ、単騎チェリ平原を駆けていった。



▼ユリエル


 ユリエルはマリアンヌ港に到着し、前もって用意していた屋敷に滞在していた。だがここでトラブルが起こってしまった。


「明後日には出られるそうだよ、殿下」


 港から戻ってきたレヴィンが船員からの報告をユリエルに伝える。この時すでにユリエルは女装を解き、赤く染めた髪も綺麗に洗い流してバスローブ姿になっていた。


「残念だったね、突然の嵐だなんて」

「まぁ、仕方のないことです。目的を達する前に沈まれたのでは困りますからね。しっかりと点検してもらってください」


 ユリエルは軽く笑みを浮かべてレヴィンに言う。だがその心中は穏やかとは言えなかった。この間にルルエ側に本当の目的を悟られれば追いつかれる。目的に気付いていなくても、ここまで追って来られたら邪魔がはいる。

 今頃、密偵からの連絡がない事を不審がっているだろう。そうなれば不審な旅芸人に追手がかかるかもしれない。

 不安はある。だがなぜか心はワクワクと浮き立つ。挑戦的な気持ちもあるのだろう。止められるものならば止めてみよと。


「大丈夫なの? 船が出る前に見つかったら、相手に先手を打たれるんじゃないの?」


 アルクースが当然のように聞いてくる。だが、ユリエルは逆に鋭い笑みを浮かべ一同を見回した。


「無理矢理にでも押し通すのみですよ。アルクース、腕に自信は?」


 挑発的なユリエルの瞳をキョトと見たアルクースは、だが次にはニッと笑みを浮かべ、腰につけている剣の柄を遊んだ。


「これでも盗賊……じゃなくて、傭兵の端くれ。恥じない程度には役立つつもりだよ。試してみる?」

「その必要はないさ。アルの剣はよく手入れされてるけれど曇ってるしね」


 レヴィンの指摘に、アルクースは苦笑した。

 アルクースの剣は標準的な両刃の剣だ。装飾も特にない。だが、鞘から抜けば様子が違う。とても丁寧に手入れされているが、その刀身は僅かに曇っている。生き物を斬るとその脂が刀身を曇らせる。人を斬った事のある証拠だ。


「まぁ、野宿だったのですからゆっくり体を休めておいてください。焦っても船の準備ができなければ出港はできません。今は体力を温存する事にしましょう」


 ユリエルの言葉に皆が頷いて、それぞれの部屋へと引っ込む。

 ユリエルは窓から外を見た。この屋敷は海の傍にあり、そこから夜の海がよく見える。空には月が、海にも月が、二つの明かりが照らしている。水面の月はゆらゆらと海を飾っている。


「エトワール、貴方は今頃どこにいるのでしょうね」


 綺麗な月の夜に出会った彼は、一体どこにいるのだろうか。ユリエルは思って月を見ていた。今はどこを旅しているのか。まさか、嵐になど巻き込まれてはいないだろうか。不意に心配になった。


「まぁ、彼ならば」


 大丈夫だろう。鍛えられた体をしていた。何かあっても一人で対処できるだろう。そういう人だと思える。トラブルくらい回避できるだろう。

 願わくは、もう一度会いたい。別れた時からそのように思っていた。月の綺麗な夜はよく思い出し、その度に心が温かくなる。寄り添っている事を心地よいと思った相手は彼が初めてだ。

 身分や姿を偽っていなければ。出会った場所が安全な場所であったならば、もう少し長く彼の傍にいて言葉を交わしていたかった。


 そんな事を思いながら、ユリエルは早めに床に就いた。そして、温かな思いを胸に眠りにつくのだった。


§


 翌日の日中は準備や確認、読書をして過ごしたユリエルだったが、さすがに夜になると落ち着かなくなった。レヴィンとアルクースは意外と気が合うのか仲良くなり、今頃は酒場で遊んでいる。

 ユリエルも決心して外に出る事にした。銀の髪を水色に染め、詩人の服を着こみ、首に旅人のお守りを下げる。手には竪琴を。剣なんて不粋な物は持たない。

 その姿で、ユリエルはこっそりと海の見える港へと向かった。


 港に人影はない。ただ静かな波の音だけが耳につく。この時間、大抵の船員は休んでいるか酒場で遊んでいる。特にユリエルが来たのは港の端。停泊している船はない。

 海を見渡せる桟橋に腰を下ろし、ユリエルは竪琴を爪弾いた。


「太陽に神あり、月に女神あり

 日に二度顔を合わせたり

 想い募り叶わぬと泣く二人の神に、創造主は言う」

「日に闇が差したならば、二人を引き合わせようと」


 背後でした穏やかな声に、ユリエルは心臓を鷲掴みされたような気持ちで振り返った。そこには、望んだ人の姿があった。穏やかな金色の瞳が優しく見つめている。


「どうやら旅人の神は、俺達二人に加護を与えてくれたらしい。出会えてよかった、リューヌ」

「私も貴方に会えて嬉しく思います、エトワール」


 ユリエルは彼を隣へと招く。それに応じて、エトワールも隣に座った。そして共に、同じ海を見つめた。

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