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4話 誇り高き血族(2)

「それにしても、敵さんは抜け目がないね。こっちにまで密偵をつけるなんて」


 スープを啜りつつパンをかじるレヴィンが、口元にニヤリと笑みを浮かべて言う。それに、ユリエルは苦笑を返した。


「それだけ、あちらは警戒しているのでしょう。早い段階で気づけて良かったですね」


 ユリエルの瞳に暗い光が宿る。それはあまり、食事時には適さない話題だった。兵士なんてものはよく、食事や酒の席で武勲話をする。多少の誇張もいれて。だが、今二人が口にしているのは武勲というにはあまりに時が近く、まだ記憶として生々しいものがあった。


「レヴィン、上手く処理したのでしょうね?」

「勿論。今頃谷間で綺麗な夜空を眺めているよ。あぁ、それとも夜空からこの地上を眺めているかな?」


 こんな話を食事時に平気でするあたり、やはりこの二人は普通の感覚ではない。思わず器を置く兵もいた。

 だがこの生々しさが、妙に戦をしているという自覚を与えてくれた。


 平原に入れば遺体を隠す場所がない。ウィズリーを出て程なく、レヴィンとユリエルは密偵の存在に気づいた。そこで、水場での休憩の時に森へと入り、そこで始末した。処理はレヴィンに任せたのだった。


「さて、明日は早めに出ます。船が出港するまでは邪魔などされたくはありませんからね」


 明日の昼にはマリアンヌ港に到着する。既に鳩を飛ばし、船の手配をしてある。出港は明後日の予定だ。


「そういえば、町で妙な噂を聞きました」


 何かを思い出したように、配給をしている兵が口を挟む。ユリエルはおかわりしたスープを飲みながら、目線を上げた。


「妙な噂?」

「はい、昨夜の酒場で。なんでも、ここに盗賊が出るそうです」


 その話は実に興味深い。ユリエルはスープを飲む手を止めて彼を見た。


「義賊を名乗っているようで、金目の物を出せば乱暴な事はしないそうです」

「古の血族らしいけれどね。何でも、妙な恰好をしているとか」

「妙、ですか?」


 話を引き継いだレヴィンに、ユリエルは首を傾げる。彼の言った「古の血族」という言葉。これに、ユリエルは聞き覚えがあった。


「なんでも、顔に妙な刺青があるらしい。形や色、大きさが違うらしいけれど、全員ね。あと、名前もこの国の名前とは少し違うらしいよ」

「それって……」


 ユリエルは覚えがあった。顔に刺青をした、古の一族。獣のように俊敏でしなやかな動きをする戦闘民族だ。そしてその名は、この国の者とは異なっている。


 その時、一陣の風が突如吹き込んだ。それと同時に複数の気配を感じる。あちらこちらにある岩陰からこちらを見ている視線と気配。それらを感じて、レヴィンは静かにユリエルを見た。


「どうやらお客様のようですよ、姐さん」

「そのようです。歓迎せねばなりませんね」


 ユリエルは笑い、レヴィンは傍についてサポートするような体勢を取る。他の面々も表情を引き締め、周囲を睨むように立ちあがった。


「座長、馬車に……」

「動きの取れない狭い場所に逃げ込むことは得策ではありません。このままここで迎え撃ちます」


 雲が流れ、一時月を隠して辺りが暗くなる。そして雲が行きすぎて再び光が戻ると、そこには盗賊の一団がユリエル達を囲むように現れた。


「よう、旅人さん。ここは俺らの縄張りだ。通るなら通行料、泊まるなら宿泊料がいるぜ」


 先頭に立ち、大きな片刃の刀を持った男が言う。

 ざんばらな緋色の髪を白い鉢巻きで邪魔にならないように止め、赤く大きな鋭い目で見つめる。顔のパーツはどれもはっきりと大きくて、明るく野性的な、どこか子供っぽさも感じるワイルドな男だった。

 ただ、身長や体格はグリフィスのそれに匹敵する。長身で、前を開け放った服から見える胸板や腹筋は鍛え上げられて発達している。そこらの兵ではきっと太刀打ちできないだろう。


「さぁ、金目の物を出しな」


 緋色の髪の男が声のトーンを一つ落として凄んでみせる。それにユリエルは笑みを浮かべて一歩前に出て、とても優雅に一礼した。


「初めまして、盗賊のお頭さん。私がここの座長をしております、ユーナと申します」

「え? おっ、おう。ファルハードだ」


 何故かこの状況で突然自己紹介状態になる二人。これに、ユリエル側の兵達はキョトンとしている。まぁ、さすがに握手はしなかった。


「ファルハードさん、見ての通り私たちは貧乏芸人。差し上げられる物など持ち合わせてはおりません」

「嘘を言え! お前のしているその首飾りはなんだ!」


 外野から起こった声に、ユリエルは胸元を飾る首飾りを手にする。それは、旅人のお守りだった。旅の無事を祈願し、もしもの時は迷わず神の身元へ行けるようにと祈ったもの。純度の低い翡翠が炎の明かりに照らされている。


「これは旅人のお守りです。大した価値もございませんし、渡すわけにはまいりません」

「そんな事知ったことか!」


 勢いよく啖呵を切った下っ端は、だがファルハードの拳骨を頭に食らって沈み込んだ。


「馬鹿、お守りは大事だろ! なんかあった時に神さんの所に行けなかったらどうすんだ!」

「へっ、へい! すいやせん!」


 とっ、まるでコントのような事が目の前で繰り広げられる。緊張感などなくなって、ユリエルは思わず笑った。

 どうやら、根っからの悪人ではないようだ。ユリエルは微笑み、そしてふと思いついた案を実行に移そうかと口元に艶やかな笑みを浮かべた。


「ファルハードさん、ただで見逃してもらおうとは思いません。どうでしょう、私と一つ戦ってみませんか?」

「戦う?」


 この言葉に、ファルハードは流石に眉を上げた。口元には引きつった笑みが浮かんでいる。


「おいおい、お嬢さん。あんまり男を見下すもんじゃないぜ。これでも俺はここいらの盗賊の中じゃ一番だ。怪我じゃすまないぜ。何より俺は、女と子供と老人には手を上げない主義だ」

「そうなのですか? 随分と腰抜けですね」


 挑戦的な言葉にファルハードは明らかに苛立った様子を見せる。どうやら気が短く、プライドが高いらしい。


「これでも長旅をする身。それなりの護身術は心得ていますし、切り抜けてきました。どうでしょう? 貴方が勝てば私の身を自由にして構いません。そのかわり、私が勝てば貴方の身柄を好きにする」

「ユーナ姐さん」


 これには流石にレヴィンが諌めるような声で名を呼ぶ。視線も厳しいものだ。おそらく案じているのだろう。意外と忠義者だ。

 だがユリエルは有無を言わせなかった。文句を言いたげなレヴィンを制し、馬車の荷台から自分の剣を持ってくる。女性物のドレスに剣帯というなんとも妙な恰好だが、それに剣がかかると様になった。


「本気かよ」

「えぇ、当然」

「……分かった! あんたみたいな度胸のある女、俺は結構好きだ。俺が負けたら俺の身柄は好きにしていい。その代り、あんたが負けたら俺の女だ」

「お頭!」


 これには盗賊の方がどよめいた。案外人望のある頭らしく、仲間はみな不安そうな顔をしている。

 だが、当人たちは既にやる気。もう外野が何を言っても止まる気配がなかった。

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