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4話 誇り高き血族(1)

▼ルーカス


 翌日早朝、王太子一行を乗せた馬車はウィズリーの町を出た。ルーカスの部下もそれと知られぬように後を追った。

 それより時間を空けて正午を過ぎた頃、安宿の前に小さな幌馬車が止まり、旅の芸人たちが荷を積みこんで出て行った。

 これらの報告を受けてようやく、ルーカスは一人ウィズリーの町に入った。安宿を取り、近くの酒場に入る。そしてそこの主人と何気ない話を始めた。


「それにしても旦那、惜しい事をしたね」

「ん?」


 昼から陽気な主人が、それは楽しそうに話しをする。それを聞くルーカスも安い酒と温かな料理を食べながら聞いた。


「いやね、昨日えらい別嬪の旅芸人がいて、ここで踊っていったのさ。それは綺麗でセクシーでね。もう、酒場の男どもはすっからかんになるほど貢いでたよ」

「ほぉ、それは惜しい事をした」


 その美人の旅芸人は、きっと昨日密偵が言っていた赤毛の女だろうと思う。皆の目を一気に惹きつけるほどの美女などそう多くはない。


「今日はもういないのか?」

「あぁ、行っちまったよ。なんでも、港から他国に渡って芸をするとか。あの美貌ならどこでだって男が放っておかないさ」

「そんなにか?」


 酒場の主人はしきりに首を縦に振る。だが、見た目に重点を置かないルーカスにはこの熱気が分からない。

 一応王族ということで、これまでにも多くの女性が彼を目当てに声をかけてきた。皆様々なタイプの美女だっただろう。だが、どれも心に響かなく、恋情も当然わかなかった。


「ここから港となれば、どこなんだ?」

「マリアンヌだろうな。あそこは中規模だが交易が盛んだし、他国の船も入る。だが、最近は物騒な話も聞くな」

「物騒な話?」


 妙な引っ掛かりを感じて、ルーカスは問いかける。何が引っかかったのかは分からないが気になった。


「海賊が出るらしくて、商船が襲われるんだ。被害が結構でてるらしくてな」

「海賊か」


 どこの国もこうした問題はあるものだ。ルルエにも海賊はいる。だが、それは国家が抑え込むものだ。


「これまでにも軍船が出たらしいんだが、手に負えなくて逃げられちまったらしい。まぁ、狙うのは大きな商船ばかりだって話だが」


 商船を襲う海賊。女旅芸人が向かった先も海賊のいるマリアンヌ。嫌な予感がしている。だが、動くには早い。ユリエルを追った部隊と、旅芸人を追った密偵。まずは報告を待つ方がいい。どちらに向かうにしても焦っては見誤る。


「賊といえば、ここいらにも出るようだね」

「ん?」


 何かを思い出したように酒場の主人が言う。それにもう一度、ルーカスは耳を傾けた。


「いや、ここからマリアンヌ港へ続くチェリ平原に、義賊を名乗る奴らが出るらしくてね。まぁ、そう乱暴な奴等ではないらしいが」

「義賊か」


 世が荒れればそういう輩も出る。金持ちなどから奪った財を貧しい者に分け与えるのだ。そういう輩は無駄に人を殺したりはしない。大抵は目的を達すれば傷つけずに解放する。


「襲われても金目の物を出せば解放されるし、町までの食料なんかは残してくれるらしい。そのせいか、まだ討伐依頼は出てないんだが」

「割ける人員も報酬も限りがあるから、被害が少ないものは放置されるのだろうな」


 ルーカスの言葉に、酒場の主人も頷いた。

 酒代を置いて、ルーカスは宿に戻った。そして思案していた。今から行けば噂の旅芸人に追いつける。行くべきか。

 だが、結局は留まった。ユリエルを追った兵からの連絡が届いたからだ。奴らはここらで一番大きな砦に入ったらしい。

 一行の目的はこの砦だけか。それとも、他の砦にも向かうのか。場合によっては国から更に兵を呼ぶ必要もある。いや、帰りの馬車を襲いユリエルを確保するのが先か。


 今のところ、各砦から人を集めたとしても戦力は五分五分だろう。港から人を呼び寄せればルーカス達の方が上だ。

 だが、実際にやってみなければ分からないのが戦というものだ。油断などできない。

 安宿の部屋の窓を開けたまま、ルーカスはベッドに潜り込む。そして、もう一つくるはずの知らせを待ちわびた。



▼ユリエル


 ユリエル達はマリアンヌ港へと向かう道中、チェリ平原に野営を張った。

 森もあるのだが、あえて見通しのいい平原に焚き火を起こし、馬車をつけている。警戒心がないわけではなく、誰が来ても返り討ちにするつもりだ。

 そして現在、ユリエル以外の者はとある衝撃映像を見て固まっている。


「王太子ともあろう人が、干し肉かじってるのはどうなんだい?」


 思わず口にしたレヴィンにかまう様子もなく、ユリエルは少し柔らかくした干し肉をそのままかじっている。


「いい味してますよ。まだ少し塩味が強いですが」

「いや、味の問題じゃないんだけどね」


 固まっているレヴィンに構うことなく、他の面々は苦笑しつつ食事の準備を進めた。


「王族ってのは、こんな場所でももっと贅沢な物を好むんだと思ってたけど。姐さん、ワイルドだね」

「それはどうも」

「あの、殿……ではなくて」


 一番若い兵が手に素朴な木の器を持って立っている。器からは温かな湯気があがっている。ユリエルはオドオドする兵に悪戯な笑みを浮かべ、チョンとその唇に指で触れた。


「ユーナ、ですよ」

「あっ、はい。野菜のスープができましたので、よろしければどうぞ」


 おずおずと差し出された器を受け取り、ユリエルは有難く流し込む。野菜の味が出た、素朴で美味しいスープだ。味付けは少量の塩だけのはずなのだが。


「美味しいですね。お前は料理が上手だね」

「有難うございます!」


 とても嬉しそうに綻ぶような笑みをみせる若い兵は、同じように皆にスープを配っていく。


「姐さんの味覚って、とっても質素だね」

「いけませんか?」

「いいと思うけどさ。でも、普段の食事は違うでしょ?」


 だが、ユリエルは首を横に振った。


「基本的に、脂っぽい食べ物は好みません。過度の贅沢もね。砦の料理番にもいいつけて、皆と同じものを食べていますよ」

「本当に?」

「はい、確かです。ユーナ様は俺達と同じものを、同じ場所で食べています。行軍の際も一緒に食べてくださいます」


 一番隊の兵が穏やかに言う。ユリエル自身は隊を持たないが、グリフィス率いる一番隊とは行動を共にすることが多く、必然的によく知っていた。


「それどころか、行軍の時には他の兵に混じって雑魚寝までなさるから驚く。グリフィス様があまりに無防備で、何度もお叱りになっていますからね」

「あれは少し過保護が過ぎるのですよ。私も同じ男なのだから、何の問題があるというのです」

「いや、色々いっぱい問題ありすぎるから」


 レヴィンが重く溜息をつくのを、ユリエルはおかしそうに笑う。まぁ、グリフィスやレヴィンの言いたい事も分からないではないからだ。無視するが。

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