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3話 踊り子(1)

▼ルーカス


 翌朝、聖ローレンス砦を馬車が出たことを、密偵はすぐさま報告に走った。その先はウィズリーの町から一キロ程離れた森の中。そこで、黒衣の青年は静かに話しを聞いて頷いた。


「王太子が動いたか」


 報告の兵を下がらせ、ルーカスは真剣な瞳を向ける。そこには十五人ほどの扮装した兵がいて、それぞれが緊張した表情を見せた。


「町に潜伏させている者に伝えろ。王太子が動いた。だが、まだ動くな。奴らの後をつけ、どこへ向かうかを確かめてからだ」

「了解しました」


 ルーカスの言葉を受けた兵士が一人、町へと向かっていく。それを見送り、ルーカスは木の幹に背を預けた。


「お疲れですか、陛下」


 同行の兵が尋ねるのに、ルーカスは軽く笑って首を横に振った。

 野宿も三日目だが、大して疲れてはいない。今は季節的にも恵まれ、夜でも焚き火で十分温かく、日中もそう日差しは強くない。森の中は風が涼しく吹き込んでくる。何よりルーカス個人、こうした野宿には慣れている。


「美しい森だと思ってな。こんな状況でなければもう少し見て回りたいくらいだ」


 穏やかに言ったルーカスに苦笑し、兵は一礼して下がる。それを見送り、ルーカスは涼しい風に吹かれながら瞳を閉じた。


▼密偵


 ウィズリーは旅の者が多く留まる賑やかな町だ。規模もそれなりにある。前の町を出て夜がくる前に宿泊するなら、位置的にもおあつらえむきだ。

 王太子一行が泊まる予定の宿は町一番の高級宿の三階。王侯貴族や豪商しか泊まれないクラスの宿だ。

 ルルエの密偵は身分を偽って三階に一室を取った。そこにユリエルらしい一団が入ってきたのを確認し、密偵はそれとなく動向を見ていた。

 すると三十分ほどたって突然、扉が内側から激しい音を立てて開いた。


「まったく、なんだって言うんだい! 呼ばれてきてみれば気に入らないなんて、いいご身分だこと。あんな男、こっちが願い下げだよ!」

「殿下に向かってなんて口をきく!」


 あまりに激しい声に隠れていた密偵は飛び上がり、そして勢いよくまくし立てる女を見て思わず見惚れた。

 白い肌に、燃える様な赤毛が似合う絶世の美女だった。凛とした顔立ちにジェードの瞳は気が強そうで、薄いが形のいい唇には薄い紅が塗られている。首の隠れる薄手の赤いドレスから大胆に足が覗いている。形のいい胸はつつましく隠れているが、はっきりと体のラインが分かった。


「旅芸人だからって見下すなんて、最低だね!」

「いいから行け!」


 中にいるらしい兵士が僅かばかりの銀貨と、女の物とおぼしき外套を投げて扉を閉める。女はそれを拾うと外套を纏い、不機嫌な様子で階段を下りていった。

 一部始終を見ていた密偵は急いで階段を下りたが、女は宿を出て行くところだった。そこからこっそりとついて行くと、町一番の安宿へと姿を消した。

 密偵はすぐに町に潜伏している仲間を見つけ、声をかけた。


「おい、お前あの宿に泊まってるな?」

「え? あぁ」

「そこに、旅芸人は泊まっているか?」

「あぁ、いるぜ。五人程度の陽気で気のいい奴等だ。確か、赤毛の男がいる」

「そこに、同じ赤毛の女はいるか?」

「いや、見てないな。あぁ、でも座長は女で、訳あって遅れてると言っていた」


 仲間の答えに、密偵は「そいつが気になる。見ていてくれ」と頼んで、ついでに他の仲間にユリエル一行の監視を頼み、自身は急ぎルーカスの元へと向かったのだった。


▼ユリエル


 一方宿の大部屋に入った赤毛の女は、そこで待っていた赤毛の青年を見ると鋭い笑みを浮かべた。


「似合ってますよ、姐さん」

「当然です」


 傍に寄ったレヴィンはその手を取って口づける。それを冷ややかな笑みを浮かべて見下ろした女は、手を引いてこれ見よがしに外套で拭った。


「あ、酷いな殿下」

「次にそれで呼んだら後悔しますよ。座長と呼びなさい」

「了解、ユーナ姐さん」


 悪戯っぽく笑ったレヴィンに、女装したユリエルは満足げな顔をして同じく驚いている四人の部下の輪に入っていった。


「それにしても、まさか女装とは思わなかったよ。言い出した時には正気かと思ったけれど、こうしてみるとそそるね」


 しげしげと見つめるレヴィンが揶揄い半分に言う。大部屋といえどまだ日が高い。ここにいるのは彼等だけだ。


「その胸、詰め物?」

「当然です。どこぞの国では男を女のようにする医術があるそうですが、生憎そうした予定はありませんから」

「どっちでも違和感ないのが凄いよね、ユーナ姐さん」


 軽口をたたくレヴィンを見る他の四人は、面白いくらいに顔色がなくオロオロしている。まぁ、女装した上司を冷やかす同僚なんて、いつ爆発するか怖くて見ていられないだろう。


「さて、先程までは追っかけがいたようですが、この宿には?」

「いるよ。話した感じ、悪い人じゃないんだよね。あーいうのは、あんまり相手したくないんだよね。ないはずの良心が痛むから」


 そんな事を言いながらもレヴィンの瞳はギラリと光る。見ているユリエルは苦笑しながら頷いた。


「さて、ここからは旅芸人ですからね。稼ぎに行きますか」

「姐さんも何かするわけ?」


 驚いたようにレヴィンが問うのに、ユリエルは人の悪い笑みを浮かべる。

 今回は旅芸人ということで、彼らはここ数日あちこちで芸を披露している。レヴィンはジャグリングでもなんでも得意だし、他の面々も歌や踊りや一芸やと器用だ。今回の同行者はレヴィン以外、芸が出来る者を選んだ。

 だが、ここにユリエルが入るというのは驚きだ。だが、当人は当然のように外套を脱ぎ、セクシーな体を惜しげもなく晒す。


「踊りでも歌でも楽器でも。何ならお前が私の相手をするかい?」

「遠慮しとくよ。妖艶すぎて毒に当たりそうだ」


 そうは言うが、滅多に見られない姿をマジマジと見つつ、レヴィンは立ち上がる。そして一同は意気揚々と、町の広場で芸を披露し、拍手喝采と相成ったのであります。


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