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1話 怪しき夜会(3)

「ここ、ローレンスから一番近いマリアンヌ港に、腕の立つ海賊がいるそうです。我が国の軍船も数度、痛い目にあっています」

「まさか、海賊を引き入れようと考えてはいませんよね?」


 言わんとしている意味を正しく理解したグリフィスが、睨み上げて問い詰める。それにユリエルは溜息をついた。


「誰です、こいつにこんなに飲ませたのは」

「申し訳ない、ユリエル様。随分ストレスが溜まっていたようで」

「責任とって宥めなさい」

「かしこまりました」


 苦笑するクレメンスが「落ち着け」と言って座らせてさらにブドウ酒を注ぐ。どうやら酔い潰すつもりらしい。


「ですが兄上、グリフィス将軍の言わんとしている事はもっともです」


 とても遠慮がちにシリルが言う。チビチビ舐めるようにお酒を飲んでいた彼は、見られる事に一瞬たじろいだようだった。


「確かに問題もございます。貴方が賊を召し抱えたとなれば彼らは官軍。そうなれば、兵達は不満を持つ可能性があります。いかがお考えで?」

「私が個人的に召し抱える。秘密裏にね。それで手を打たないのなら討ち取って、罪の償いとして働いてもらいますよ」

「わぁお、豪胆な人だ」


 楽しそうに口笛を吹くレヴィンをグリフィスが睨む。だが、このくらいでしおらしくなる奴ではないだろう。実に楽しそうに、レヴィンはユリエルを見た。


「賊を飼いならそうってわけだ」

「使える者は無理にでも使います。現在、キエフ港が敵方に落ちたままでは人も武器も入りほうだいです。早々に絶たなければ蜂起する事もできません」

「餌は何にするおつもりかな? 奴らの欲しいものをちらつかせないと、乗ってこないと思うけれど」


 危険な笑みと鋭い瞳がユリエルを見る。ユリエルには確信があった。レヴィンは何かを知っていると。


「お前の情報、私が買います。知っている事を教えなさい」

「俺の情報は高くつきますけど?」

「レヴィン!」


 さすがの言いようにグリフィスは声を荒げる。だが、ユリエルの方は挑戦的にレヴィンを見て、口の端を上げた。


「望みは?」

「うーん、今はないかな。掛売しとく」

「いいでしょう」


 怪しい取引が成立し、グリフィスは睨みクレメンスは溜息をつく。思った通り相性のいい相手に、ユリエルは危険な笑みを浮かべた。


「その海賊の噂は、下町や港の酒場ではよく聞くよ。なんでも、大商人グリオンを狙っているとか」

「ほぉ?」


 レヴィンの言葉に、ユリエルは鋭く冷たい笑みを浮かべた。

 ユリエルは件の商人を知っている。何度か品物を城へ売りに来たことがあるが、どうにも好かない相手だった。絡みつく視線も、あからさまな世辞も、媚びる姿勢も全て気に食わなかった。

 役人を買収し、船員や荷を誤魔化していたのはこのグリオンを頭とする商人達だった。ユリエルは疑っていた。今回ルルエ軍を引き入れたのは、こいつではないかと。


「噂で聞いたことがあるな。その商人、元はマコーリー家の下男だったとか。彼の家が惨事に消えた後で突如頭角を現した故、黒い噂が絶えぬ男です」


 マコーリー家の悲劇はタニスでは有名な話だ。裕福な商家だったマコーリー家は人望もあり、貧しい者に施しをし、仕事を斡旋していた。だが、今から五年以上前に突如屋敷が業火に消え、一家は死亡した。

 この火災には多くの疑問が残る。火元が分からない事や、家にいた者が誰も逃げられなかった事だ。そのせいで、今も色々な噂がある。


「あまりの悲劇に未だ屋敷の跡地は当時のまま。なんでも、亡霊が立つらしいよ」

「亡霊、ですか」


 ユリエルは腕を組んで眉根を寄せる。

 ユリエル個人は亡霊などというものを信じていない。死ねば等しく土に返り、国籍も罪も現世では許される。その考えがあるから、ユリエルは死ねば敵も味方もなく安らかな眠りを願い、等しく弔っている。

 おそらくその屋敷跡に現れる亡霊も死人ではないだろう。そう考えている。


「グリオンの身柄を引き渡す事を条件に、こちらへの協力を取り付ける事ができそうですね」

「民を売るのですか?」


 シリルが不安そうに問う。その目には多少の非難もあった。だが、ユリエルは臆する事はない。叩けば埃まみれだろう。


「まずは彼らと話しをして決めます。罪があれば引き渡しも考えます。まぁ、これだけ追い回されているのですから、全くの無罪とは思えません」

「他に要求された場合は、いかがいたします?」

「要求によりますね。あまりに対価が多ければ、やはり捕えてしまいます」


 どちらに転ぶかは賊しだい。ユリエルだって協力を願う者に理不尽な事はしない。契約として成立できる内容ならば、それで丸く納めるつもりだ。


「では、その危険な旅路を誰とするおつもりかな?」


 レヴィンが楽しそうなので、ユリエルも遠慮なく彼を見る。この様子では既に何かを期待しているようにしか思えない。


「お前がきなさい、レヴィン。危険を承知の強行軍でよければ」

「それは楽しみだね。是非ともご一緒いたしましょう、ユリエル様」


 慇懃に礼をするレヴィンを不安そうに見つめるのはシリルだった。心配そうな顔をしている。その様子にユリエルは少し驚き、そして微笑ましく笑った。


「さて、それでは当面はこの方向に。分かっているとは思いますが、ここでの話は他言無用。もしも漏らせば首はないと思いなさい」


 ユリエルの厳しい言葉にその場にいる全員が顔を見合わせ、そしてそれぞれ強く頷くのだった。

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