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1話 怪しき夜会(2)

 翌日、改めて辿り着いた兵達を労う宴が催された。聖ローレンス砦は一気に士気を上げている。ユリエルがいて、クレメンスがいるだけでも一定の士気を保っていたが、そこにシリルとグリフィスが加わったのだ。


「これで王都奪還は見えた!」


 そう息巻く者もいるくらいだ。この砦には若い兵も多い。そういう者は単純で、この高揚感に酔いしれている。

 だが実際はそう簡単な事ではないと、主要な者達は分かっていた。



 その夜、ユリエルはクレメンスの屋敷で夜会を開いた。この屋敷は現在領主である叔父の持ち物だが、この叔父は全面的にクレメンスの味方をしている。場所の提供くらいは快く受けてくれた。

 程なく怪しい夜会に招かれたグリフィス、シリル、そしてレヴィンを含む五人は、グラスを傾ける事となった。


「皆、本当にご苦労でした。特にグリフィス、そしてレヴィン。貴方達の迅速な行動のおかげで、シリルを無事に保護する事ができました」

「本当に、グリフィス将軍とレヴィンさんにはなんと言ってお礼をすればいいか分かりません。足手まといの僕をここまで連れてきてくれて、本当に有難うございました」


 小さな頭を深々と下げたシリルに、名を上げられた二人は慌てて頭を上げるように促す。そして、互いに行軍の労を思って苦笑を交わす。


「さて、グリフィスはいいとしてレヴィン。貴方はここに呼ばれた理由を正しく理解していますか?」


 鋭さのある瞳を向けると、レヴィンは僅かに肩を竦める。だが、その意味は正しく理解している様子だった。


「勿論、そのつもりでここにいますよ。レヴィン・ミレット、命ある限り貴方に尽くしてご覧に入れましょう」


 堂々と慇懃に礼をする姿はどこか道化のようであった。だがそれでユリエルは構わない。有能かつ、悪事をこなせる者であればよいのだ。


「シリルはここにいますか? 話を聞けば否とは言えなくなりますよ?」


 その言葉に、シリルは僅かに怯えたようだった。グリフィスがここを出るように促す。だが、次には新緑の瞳が真っ直ぐにユリエルを見た。その瞳には強い意志が宿っている。


「ここにいます。僕も、逃げているわけにはいかないのです。力になれることは少なくとも、知らずにおくほど子供でもいられません」

「良い覚悟です」


 まだまだ幼く頼りないとばかり思っていた弟は、この行軍で確実に強くなったようだった。元々頑固な部分があったが、それに意志の強さも合わさっている。


「では、これより先は無礼講に。殿下と言った者には罰がありますよ」


 にこやかに言ったユリエルの言葉に、グリフィスが飲みかけた酒を詰まらせて咽た。じろりと睨んだその瞳に、ユリエルは悪戯な笑みを見せる。


「罰というと、定番は酒の一気とかかな?」

「こらレヴィン、乗るな!」

「いいではありませんかグリフィス。私は無礼講と言ったのですよ。堅苦しいのがお前の悪いところです」


 笑いながら対応するユリエルに、グリフィスも諦めたように息をつく。そして、グラス一杯の酒を一気に飲み干し、また新たに注いだものも飲み干した。飲まずには付き合えないということだろう。


「さて、危険な夜会は始まったわけだが。ユリエル様、今後は何からなさるおつもりで?」


 クレメンスが壁に凭れて、実に楽しそうに笑う。より危険な方向へと話しが進むことを楽しんでいるような様子にグリフィスが睨んだ。


「この方の望みは決まっている。国を取り戻し、王となる。それ以外にあるのか」


 酒が入って多少タガが外れたようで、グリフィスが予想よりも大きな声で言う。シリルなどはそれに驚き、ユリエルは愉快そうに笑った。


「お前は的確ですねグリフィス。確かに、早々に国を取り戻さなければなりません。その算段を立てるわけですが。さて、どうしましょうかね」

「実質、そこが問題だ。兵を集める事はこの際機を見て一斉蜂起という方法が取れるが、問題はあちらの兵力がこれ以上入らないようにすることだ」

「そうなると、キエフ港を抑えないとかな?」


 クレメンスの言葉を引き継ぐようにレヴィンは言う。それにグリフィスとシリルは驚いた様子だったが、ユリエルは大して驚きはしなかった。


「お前は賢いですね」

「それはどうも。まぁ、冷静に考えればそれ以外に侵入路は考えられないでしょ? 陸がダメなら海。ルルエ海軍はおっかないって聞くし、今は怖いものなしなんじゃないかな」


 レヴィンの言う事はもっともだ。ユリエルとクレメンスもそこをどうすべきか考えている。そして、兵を送りこんだ方法もまた、大方予想はついていた。


「いくつかの商船が、関所の兵や役人に賄賂を送り荷や船員の数を誤魔化していると報告がありました。おそらくルルエの兵が商人を買収し、自軍の者を少しずつ送り込んでいたのでしょう」

「まぁ、だろうね。あいつらは金が入ればそれでいいから。でも今は、その商人を罰する事よりもルルエ海軍を叩く方法を考える方が先だね」


 レヴィンがご機嫌に酒を飲む。決して呑気な話ではないが、この男が言うと緊張感がない。だが、これは当面最も大きな問題だった。

 ただ、ユリエルも決して呑気に構えていたわけではない。この事態を打破する方法を一応は用意している。


「では、まずは奴らの兵力を絶てる者を見つける必要がありますね」

「何をなさるおつもりです」


 低い声でグリフィスが問う。見ればクレメンスが面白がってどんどん飲ませている。グリフィスは酒に弱いわけではないが、ストレスからか酔うと言葉が荒くなり、遠慮がなくなる。

 まぁ、それをユリエルも楽しんではいるが。

 ユリエルはテーブルの上にタニスの地図を広げた。そして、この砦から一番近い港を指さした。

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