目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
4話 赤い鴉(1)

 第二部隊に、レヴィン・ミレットという人物がいる。職務態度は悪く、真面目に仕事などしていない。修練もサボりがちで、日々男女問わず遊んでいる。酒場への出入りも多く、品行に問題のある不良兵士だ。

 だが、彼は第二部隊の副隊長まで上り詰めた実力を持っている。どんなに適当な態度でも、修練をサボっていても、彼は強く魅力的だ。だが隊長はそんな彼が疎ましくて仕方がなかった。


「レヴィンはどうした」


 先程までグリフィスと共にいた壮年の騎士が、緊張に目を血走らせて荒々しく彼を呼ぶ。他の副隊長は緊張した。この壮年の隊長は部下の扱いが荒く、自分勝手で理不尽な事で知られている。この状況で彼を刺激したくはない。

 こんな上司の不興を買いながらも、レヴィンは実力のみで副隊長の地位に立っている。それが余計に、この上司を苛立たせるのだろう。


 程なくして、のんびりと欠伸をしながらレヴィンが前に出た。軍服の前をだらしなく開け、腰に適当に剣を差している。

 やや長い赤毛に女性物のピンを差した年若い青年は、一見とても整った顔をしている。深い紫色の瞳も魅力的だ。だが癖が強く、表情からは軽薄さが滲み出ている。


「なんだお前は! 今がどんな状況か分かっているのか!」

「ん? あぁ、騒がしいですね。何かありました?」


 気の抜けた言葉に、隊長は顔を赤くしている。言葉もなく震え、今にも怒鳴りだしそうな上司が何かを言う前に周囲の者がレヴィンに事態を説明した。

 だが、それを聞いたレヴィンはとても簡単に結論を述べた。


「それ、まともに戦うつもり? そんなの勝てると思ってる馬鹿がいるならその自意識過剰っぷりに笑えるね」

「貴様!」


 怒号と共に拳が飛んでくるが、レヴィンも自分の顔にそれなりの自信を持っている。ひらりとかわし、ポケットに片手を突っ込んだまま身軽に逃げた。


「貴様、それでも軍人の端くれか! 国を守る剣が敵を恐れて戦う前に逃げるというのか!」

「いやいや、そうは言ってないですよ? でも、相手はルルエ軍の精鋭でしょ? 城の門だっていつまで保つか分からないし、それなりに準備してるでしょ。ある程度戦って時間を稼いで、その間に城の人間逃がすのが精一杯じゃないですか? 食い止めるとか、勝とうとか、無理だと思いますけど」

「貴様、それでも騎士の誇りはあるのか!」


 隊長は怒鳴り散らすが、レヴィンは全く聞いていない様子で腰に手を当てる。まるで小馬鹿にしたように。


「誇りで腹は膨れませんし、命も助けちゃくれないんで。俺、そういうの苦手なんですよね」

「もういい! 貴様はこの名誉ある第二部隊に必要ない! どこへでも行け!」

「あ、本当ですか? それは助かります」


 そう言うと、レヴィンはさっさと踵を返して行ってしまう。背を見送る元同僚たちは一抹の不安を覚えた。実力ある彼が去った事で、今後の自分たちの運命も見えたような気がしたのだ。


 第二部隊を離れたレヴィンは手に小さな荷物を持って廊下を歩いていた。そこに、一人の男が近づいてくる。老齢で、頭はグレーに近い白髪。顔立ちは厳しいが、どこか温かみのある男だった。


「じっちゃん、逃げるが勝ちだよ。多分、城は落ちる」


 親しげではあったが、レヴィンの表情は険しい。忠告というよりは警告だろう。それに、男も厳しい顔をした。


「陛下からも逃げるよう言われている。だが、私は陛下の臣。主が留まるというのに、逃げてもよいものか」

「へぇ、あの王様逃げないんだ。案外根性あるんだな」


 見直したと言わんばかりのレヴィンの言葉に、男は灰色の瞳を吊り上げる。それに肩を竦め、レヴィンは苦笑した。


「でも、王の臣なら王命に従う義務があるんじゃないの? それに、王は駄目でも王太子はいる。国を立て直すこともできるでしょ。その時の力に、じっちゃんならなれるんじゃない?」

「陛下もそのように仰った。次の主の力になれと」

「それなら、従うのが忠義だね」


 レヴィンはそれだけを言って通り過ぎようとする。だが男はその背を呼び止めた。


「シリル様が聖ローレンス砦へ向かう。お前もそれに同行しろ」

「聖ローレンス砦?」


 王太子であるユリエルが左遷された場所。レヴィンはユリエルの姿を思い浮かべて、口の端を上げた。

 お綺麗なのに鋭さのあるユリエルに、レヴィンは興味を持っていた。ただ、立場上そう簡単にお近づきになれる相手ではない。この機会が、そこに繋がるかもしれない。


「いいよ、そうする。シリル様ってことは、グリフィス将軍かな?」

「あぁ、そうだ。失礼のないようにしろ。グリフィス殿やシリル様ならいざ知らず、ユリエル様の前で失礼があれば容赦なく首が飛ぶぞ」


 それだけ恐ろしい人だと、男は付け加えた。


「それじゃ、ちょっと訪ねてみる。じっちゃんも早く逃げなよ。外がだいぶ騒がしいから城の門が突破されるのも時間の問題。特に第二部隊は今焦ってる感じがするから、どんなヘマするか分からないしね」

「あぁ、分かっている。お前も馬鹿なことをするなよ」

「しないよ、自分が可愛いからね。じゃ、生きてたらまたね」


 少々軽く別れの言葉を述べて、レヴィンは真っ直ぐにグリフィスがいるだろう城の奥院へと向かっていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?