日輪の国の中心である
とてつもなく大きな城郭で囲われた二十里(約10km)四方の巨大な
常陽の東端にある故宮は十里四方の城郭に囲われた
街に面した西の正門から入ると
更に真っ直ぐ東へ進むと外城の中心にある官吏達が働く外宮、その奥に帝が政務を執る内宮に辿り着く。ここが政庁として機能している日輪の国の頭脳である。
日頃から高官が国の運営で頭を悩ませている所だ。
ここを抜けると出迎えるのは
内城には小さな森や川が流れるほど広大な敷地が広がっている。その四方には幾つかの離宮が建立されており、中心部には帝が住まう『
城内には数多の宮があり、その内の一つ月華宮から
月華宮の主、第二皇子
彼は苛々していた。
それが態度に現れ作法を無視して荒々しく大股で歩いている。内裳が床を引き摺り足に絡む。それが益々聆文を苛立たせた。
(くそっ、何故こう上手く事が運ばないのだ!)
最初は全て順調だった。
更に月門の邑令長や方士院の一部も抱き込み月門付近の結界に穴を開けるよう水面下で動いていた。
(常夜の結界も窮奇の責任も全て泰然に負わせる手筈を整えていたのに……)
吐き捨てるように聆文は悪態を付いた。
「忌々しい魔女のせいで!」
聆文は手を回し月門への方士の派遣を止めたのだが、常夜の森に住む魔女が強固な結界を張ってしまった。慌てた聆文は邑令長に国から支給される工賃を差し留めさせたが、それでも魔女は
「それに刀夜だ!」
いつの間にか常陽から姿が見えなくなったと思ったら月門の邑に居たのだ。しかも、刀夜は窮奇を調伏してしまった。恐らく藍鈴と監視に付けた使い魔を退治したのも刀夜に違いない。
強力な
「泰然の前に奴を始末しておけば――ッ!?」
突然、聆文は息を呑む。廻廊の先で闇のように黒い獣がじっと聆文を見詰めていたのだ。それは黒い体毛に覆われた羊とも犬ともつかぬ姿で、額からは長い角が伸びている。
(ラ、
十二獣の一柱で
その公明正大な霊獣に
(何故こいつが?)
宮廷四方の守護の要である攬諸の持ち場は故宮の西門である。攬諸が東方にある内城に顔を出す事はまずない筈なのだ。
(まさか窮奇の件で!?)
心当たりのある聆文の顔がさぁっと青くなる。
(『攬諸は
獬豸は悪人を角で刺し殺すと聞く。その正義の霊獣の性質が聆文の頭を
――ぶるっ
恐怖に聆文の身体が震える。
何故か攬諸を見た瞬間から聆文は十二獣の窮奇を堕とそうとした後ろめたさが沸き起こってきた。このままでは攬諸から裁きを受けるのではないか、その恐怖が聆文の身体を
「ちっ、忌々しい十二獣めっ!」
怯えているのを隠すように聆文は悪態を吐くと、踵を返して逃げるように月華宮へと引き上げていった。
その後ろ姿を攬諸は黙って見送る。やがて、聆文の姿が月華宮の奥へと消えると興味を失くしたのか歩き去っていった。
廻廊から全ての影が消えると柱の影より二人の男が姿を現した。
「聆文も愚かな真似をしたものだ」
「ええ、十二獣がいなくなれば我が国は常夜の森に飲み込まれてしまいます」
隠れて今の一部始終を見ていたのは第一皇子泰然と刀夜であった。
「奴は皇族でありながら知らないのでしょうか?」
「いや、知ってはいるのだろうが、それ以上に悪を許さぬ窮奇を恐れたのだ」
「ああ、だから先程は攬諸に怯えたのですね」
「まあ、攬諸は警告しに現れたのだから懲りてくれると良いのだが」
窮奇の一件で十二獣は聆文を警戒している。同じ手は二度と通じないだろう。
「今回の件、刀夜には助けられた。よもや月門の邑令長が聆文に靡いていたとは」
「方士院にまで奴の手が伸びていたのは驚きました」
白翰鳥で連絡を受けた儀藍から泰然に連絡が入り、刀夜が常陽へ戻った時には既に調査も済んで邑令長も方士院も更迭されていた。
「それにしても役優の緊圏呪が施されている窮奇が
「蘭華の話では完全に堕ちていたのではなく緊圏呪の力が弱まっていたようです」
数百年の時を経て緊圏呪に篭められた役優の魔力も擦り減っていたらしい。再び蘭華が魔力を付与して事なきを得た。
その話を聞き泰然が難しい顔をする。
「それでは他の十二獣の緊圏呪も?」
「その可能性は高いかと」
攬諸のように元が霊獣であれば大きな問題にはならないが、窮奇のように役優に調伏されて十二獣に転じた
「早急に対応したいが、今の方士院の実力では役優の緊圏呪に及ぶまい」
「蘭華なら申し分ない実力ですが……」
だが、無爵位の蘭華が事を解決してしまえば権威主義の方士院が黙ってはいないだろう。奴らが面目を潰されたと騒ぎ出すのは容易に想像がついた。
泰然の口から溜め息が漏れる。
「ここでも爵位か」
「爵位もですが、
「同意はするが爵位も神賜術も管轄は地官長の
栄冉は九候家第二位の紅月家当主で、がちがちの神賜術至上主義者なのだ。
「だからこそ兄上に帝位を継いで頂きたいのです」
「簡単に言ってくれるな」
苦笑いする泰然に刀夜は朗らかに笑う。
「その為なら俺はどんな協力も惜しみません」
刀夜は以前より泰然が二十等爵と神賜術の意識改革の為に、根回しをしているのを知っている。以前の刀夜はその意味がまるで分からなかったが、蘭華と出会って泰然が目指しているものの一端を理解した。
(兄上は宮中にいながら国を見ている)
皇子の中で誰よりも市井に下りている刀夜よりも、泰然は国情を正確に捉えている。しかも、ただ座しているのではなく、
(やはり兄上こそ帝の器)
そして、それが蘭華への想いを遂げる道であり、だから刀夜はその為なら
「兄上が帝位に上るまで俺は兄上の剣となり盾となりましょう」
「ふふふ、頼りにしている」
からりと笑うと泰然は去って行った。
刀夜が見送るその背中には、日輪の国に息づく者達の未来がのしかかっている。その重圧を感じさせない泰然に、刀夜は畏敬の念に打たれた。
「まこと兄上は底が知れん。とても俺では真似できんな」
だが、泰然は大きな視野を持っているだけに、今回の様に足元が昏くなってしまう事もある。
「だからこそ、兄上に代わり俺が足元を照らそう」
そう決意する刀夜の背後に鉛色の髪の中年がスッと立った。それに気づいていながら刀夜は特に慌てた様子も見せない。
「