「か、
翠蓮の視線の先にいたのは猿の如き
そいつは太い枝に片手でぶら下がりながら、翠蓮と目が合うとニタリと不気味に笑った。
「なんだ、
「最悪……」
路干は鼻で
玃猿――それは、長い年月を経た猿が転じた化け物と考えられている。
その妖獣は成人男性と同程度の背丈で、全身を青黒い毛皮で覆われている。人と同様に直立歩行し、足は風の如く
しかし、子を無事に育てたとて、妖魔の子を産んだ女が
「へっ、安心しなって、こんなエテ公くらい俺様がすぐに退治してやっからよ」
この時ばかりは翠蓮も心の底から路干を応援した。
彼の勝利に一分の可能性も無いと分かっていても。
路干の
「あらよっと」
いつも
「いっちょ上がり……」
そして、次の斬撃で勝負は決する筈だった――相手が並だったのなら。
「なっ!?」
路干が鋭く突き出した剣が空を斬る。玃猿がすれすれで
「ちっ、運の良い奴め!」
今のは只の偶然と思ったのだろう。続けて路干は躍起になって剣を振るった。だが、その
(ああ、やっぱダメだったか……)
絶望に翠蓮は天を仰いだ。
玃猿は
(玃猿が人の心を読むって本当だったのね)
どんな強力な神賜術でも読まれてしまっては勝負にならない。
「くそぉ、何で当たんねぇんだよ!」
「ギャッギャッ、オマエ弱スギ」
小馬鹿にしながら無造作に振るった玃猿の拳が路干の腹を捉えた。
「路干!」
吹き飛ばされ地に転がった路干を翠蓮が助けて起こす。
「このままじゃ
翠蓮は一番可能性のありそうな提案をしたが路干は怯えて首を振った。
「む、無理だ。こんな化け物相手じゃ逃げ切れねぇ」
翠蓮は舌打ちした。あんなに自信満々だった癖に早くも心が折れたようだ。
「ギャギャ、オマエ逃シテヤロウカ?」
「ほ、本当か?」
「男ヨウナイ、女オイテケ」
「わ、分かった好きにしろ」
だから
「そらよ!」
「きゃっ!?」
そして、路干は玃猿へ向けて翠蓮の背中を突き飛ばす。
「あんた!?」
翠蓮の非難の声にも路干は振り返らず、その姿はあっと言う間に闇の中へと消えていった。
「最低!」
自分で連れてきた癖に我が身可愛さに一人で遁走とか、どれだけ恥知らずなのか。
「来イ」
「いや!」
今度は玃猿の青黒い手に腕を掴まれ引き摺られた。力差は歴然で翠蓮が幾ら抵抗してもびくともしない。
これから青黒い毛むくじゃらの恐ろしい玃猿に犯されるのだ。そんな自分を想像して翠蓮の瞳から涙が零れた。
「どうして私だけがこんな目に……」
自分が聖人君子とは思わないが、こんな理不尽な目に遭う程に悪業を重ねたつもりもない。
嘆く翠蓮を見て玃猿が
「オデノ子ヲ産メバ帰シテヤル……サッキノ男ハ生キテ帰レナイガナ」
「それはどういう……」
「うわぁぁぁあ!!」
聞き返そうとした翠蓮の声を
「な、何?」
「血ノ臭イヲ嗅ギツケタノハ、オデダケジャナイ」
「――ッ!?」
他にも
「
蜪犬は人喰いの青い犬だ。一体だけなら路干でも倒せるだろうが、蜪犬は
「路干を囮にしたのね!」
「何ヲ怒ル?」
「助けると言っておいて酷いじゃない!」
「オマエヲ売ッタオトコダゾ?」
「そんなの関係ない!」
確かに路干は嫌な奴だ。独りよがりで身勝手で、何より自分が原因を作っていながら翠蓮を見捨てて逃げ出した卑怯者だ。だからと言って死んで欲しいとまでは思っていない。
しかも玃猿は安心させておいて騙し討ちしたも同然なのだ。
「人を
「オマエラ人間ダッテ……」
「その子を解放しなさい」
突然、翠蓮と玃猿の言い争いに