刀夜ほどの美青年に迫られ、蘭華は真っ赤になって逃げだした。
戯言と理解していても、男性慣れしていない蘭華には刺激が強過ぎたのである。今は翠蓮とともに最初の目的である反物屋へ向かっていた。
「えへへへ」
蘭華の右腕に両腕を絡め
「翠蓮たら、そんな変な顔で笑って」
呆れられても翠蓮は
「本当にどうしたの? 今日は随分と甘えるのね」
「だぁってぇ」
翠蓮はむぅっと口を尖らせた。
「ここんとこ蘭華さん
寂しかったんだからと可愛く拗ねられると、蘭華はどうにも翠蓮を突っ撥ねられない。だが、翠蓮は普段もっとしっかりした娘だった筈だが、と蘭華は不思議そうに首を傾げた。
「こんな甘えん坊さんだったかしら?」
「蘭華さんが悪いのよ」
翠蓮はちょっと面白くなかった。
久しぶりに大好きな蘭華が家に顔を出してくれて翠蓮は喜んでいた。が、彼女を独り占めできずに鬱憤が溜まっていた。もう爆発寸前だ。
買い付けの件は別に良い。翠蓮としても蘭華の役に立てるなら嬉しいのだ。
だが、いつも凛々しい蘭華がどうにも浮ついているのは我慢ならない。
その原因は分かっている。
(やっぱり刀夜様は危険よ!)
彼の出現から明らかに蘭華の様子がおかしいのだ。
長い白銀の髪に優し気な
(顔良し、性格良し、地位も名誉も財産もあるなんて、どんだけ
粗を探したくても探せない完全無欠の良物件だ。
これでは蘭華といえど惹かれるのも無理はない。
しかも
(刀夜様が蘭華さんに恋するのは仕方ないのよ。だって、蘭華さんは美人で優しくてとぉっても強い最高の女性なんだから。だけど……)
このままだと蘭華が
そう翠蓮の本能が告げている。
危機感を抱いた翠蓮は甘えるように蘭華に縋った。
「蘭華さんは私と一緒じゃ嫌ですか?」
「うっ!」
翠蓮の上目遣いの直撃を受け蘭華は空いた手で胸を押さえた。
翠蓮は自分がとても愛らしく、蘭華が可愛いもの好きであると正しく理解している。それを最大限に利用して蘭華を堕としにかかったのだ。
「翠蓮が私を慕ってくれるのはとっても嬉しいわ」
事実、蘭華は好意を寄せてくれる翠蓮といると心が温まる。
「だけど、そのせいで翠蓮が皆に嫌われて婚期を逃してしまったら……」
明るく気立ての良い翠蓮は容姿も愛らしい人気者だ。
誰もが翠蓮を嫁にと望んでいる。それなのに自分が原因で彼女の肩身が狭くなるのには耐えられない。
「邑の薄情な男共なんてこっちから願い下げです」
だが、翠蓮からすれば蘭華に恩がありながら仇で返す男達など眼中になかった。
「
「路干?」
その名を聞いて蘭華も眉間に皺を寄せた。
「彼との縁談があるの?」
「あいつ恥知らずにも私に結婚を申し入れてきたんですよ!」
路干は庶民では珍しく強力な
それ故に路干が月門で最強なのは間違いない。だが、それに驕り性格に難があった。
「三年前あれだけやらかしといて、面の皮が厚いったらありゃしない」
「彼は相変わらずなのね」
「助けてもらった恩も忘れて賜術を持たないって理由で、蘭華さんを馬鹿にする真正のアホウのままですよ」
ぷんすかと怒る翠蓮の路干への愚痴は止まらない。
「あいつ、今なら蘭華さんより強いとかほざいてるんですよ。蘭華さんがあんな馬鹿に負けるわけないのに」
「彼の神賜術が強力なのは事実よ」
神賜術偏重の思想は有力な賜術を持っている者ほど強い。実際、路干は月門では敵無しなのだ。
「それでも絶対に路干なんてお断りです!」
「本当に彼が嫌いなのね」
「蘭華さんだって、あいつが私にした事を知ってるでしょ」
ぷんぷん怒る翠蓮に無理もないと蘭華も思う。
「あいつ自分可愛さに私を
「そんな事もあったわね」
それは、三年前の出来事――蘭華が月門の邑にやって来てまだ間もない頃。
翠蓮と路干に初めて出会った時の事を蘭華は思い出していた――