――『
日輪の国でその名を知らぬ者はない高名な導士である。
出自不明の女性だが、日輪の国の建国初期から文献に名を見る事ができる生ける伝説。謎の多い人物で、日帝に仕えた大方士
雪の如き真っ白な髪を持ち、瞳は光を失くしている盲目の天才導士。しかし、数百年の時を身に刻みながらも、その容姿に衰えなく涼やかで清廉な気風のある美女だという。
長い歳月を己の研鑽に費やし、極めた方術は並び立つ者なし。日頃より導士を
「――あの白姑仙か?」
思わず叫んだ口を手で塞ぎ、刀夜は改めて小さな声で問い直した。
「丹翁から聞いた話ではそのようです」
「確かに白姑仙が師ならば蘭華の異常に高い能力も頷ける……が、彼女は『
黟夜山――日輪の国南西部にある峻険な連山である。
『
この連山は剣のような高い山が無数に連なる妖魔さえ避ける難所で、不老不死の霊薬があり入山し修行を積めば昇仙するとされている仙境でもある。
実際、
その通り名の方が有名となってしまい、今では誰も本名を知らない……
「彼女の弟子になるには
並みの人間には不可能だ。だから白姑仙の弟子には元々高名な方士、導士しかいない。つまり、刀夜は蘭華の名前が全く知られていないと言いたいのだ。
「それはそうなのですが、丹翁は蘭華を連れて来たのは白髪盲目の美しい導士だったと申しておりました」
「……確かなようだな」
そんな特徴の強力な導士がそうそういるわけがない。
「しかし、そうなると奇妙だ。それなら
日輪の国で名高い白姑仙の影響力は大きい。彼女は尊敬、或いは信仰の対象なのである。その弟子ともなれば粗略に扱えない筈だ。
「白姑仙より口止めされており、月門で知る者は丹翁だけのようです」
「それなのに俺達に明かしてしまって問題なかったのか?」
「それが、皇子様にならお教えしても構わないと申しておりまして」
その話に刀夜は裏の事情が少しだけ見えた気がした。丹頼は皇子である刀夜になら明かしてもよいと判断した。そして、月門は第一皇子の泰然が直轄している
「つまり、これらの事を兄上はご存知なのだな」
「恐らくは……泰然様と白姑仙に何がしかの繋がりがあるのでしょう」
二人の繋がりが蘭華の正体に関わりがありそうだ。その秘密を泰然と白姑仙の二人が共有している。
「だとすると兄上が蘭華の境遇を放置しているのは益々おかしい」
「白姑仙の直弟子を粗略に扱うとは思えませんからな」
「常夜の結界の件もある」
常夜の森は
「故意に泰然様のお目を曇らせている者がいるとお考えで?」
「ああ、俺は
結界や蘭華の件について情報を隠蔽できる人物として一番怪しいのは月門の邑令長だ。刀夜は邑令長に聆文の息が掛かっていると睨んでいる。そうでないとしても現状を黙認はできない。
「蘭華と情報隠蔽の件を調査する必要がありますな」
「それは
刀夜と夏琴の剣の師でもある儀藍は剣の達人にして人格者。彼を慕う弟子も多く、調査を依頼すれば彼らが立ち所に調べ上げてくれるだろう。
「儀藍殿なら泰然様へも上手く伝えてくださるでしょう」
「ああ、そうだな……」
早速、刀夜は儀藍宛てに文を認めると「ピーッピッピッ、ピーッ!」と
それは長い尾羽が特徴的で白い雉を思わせる――『
霊獣であるが多少覚えがあれば導士でなくとも使役できるので、貴族や軍での連絡手段として重宝されている。
因みに『翰』は羽の事で白く長い尾羽が名前の由来となっている。だが、それと同時に『翰』は手紙の意もあり白翰鳥は別名『白き
「この手紙を儀藍へ届けてくれ」
「ケンケン」
僅かに胸を張って鳴くと刀夜の手にする文を飲み込んでしまった。実は白翰鳥は手紙を取り込み尾羽とする事ができる。その羽は指定者に届けられると手紙に戻るのだ。
「ケーン!」
一際高く鳴いた白翰鳥はバサバサと汚れのない真っ白な翼を羽ばたかせ、
「さて、我らは窮奇探索ですな」
「ああ、だが目星はもうついている」
「真ですか!?」
「先程の地図を襲撃された順に追ってみろ」
「順にですか……あっ!?」
刀夜の指摘で再び地図に目を落とした夏琴は目を見張った。刀夜が既に『一、二……』と数字を振っており、それが見事に時計回りになっていたのだ。
「無意識のうちに規則的に場所を選定してしまったのだろうな」
「なんとも律儀な下手人ですな」
「それとも襲撃犯はもしかして……」
夏琴は不思議そうに刀夜を覗き込んだが、判断できる情報が少な過ぎる。刀夜は言葉を飲み込んで首を横に振った。
「いや、何でもない。それより、順番に従えば次の襲撃は恐らくこの辺り……」
「早速出向いて不埒な輩をひっ捕えましょう」
「まあ待て」
「それよりも先に蘭華だ」
眉が寄って綺麗に整った顔が僅かに歪む。
「どうも嫌な胸騒ぎがする」