「やはり
戻ってきた夏琴と情報交換をした刀夜は結論を出した。
「施療院の患者達から証言を集めてみたが、噂と
「はい、
現れた妖虎の特徴は失踪した窮奇と一致している。出現した時期も失踪した時期と被り、ほぼ間違いなく窮奇であろうと刀夜は断定した。
「そして、結論から言えば蘭華は下手人ではない」
「左様ですな」
刀夜の推論に夏琴も首肯し同意を示した。総合的に判断して夏琴も刀夜の見解に依存はない。
「下手人と蘭華とでは特徴が違い過ぎる」
「ですが、彼女は導士ですので何か幻惑の術を使った可能性はありませんか?」
夏琴の心証でも蘭華が凶事を為す人物とは思えなかったが、情に流されれば目が曇る。夏琴は敢えて異論を提示したのだ。
「
頷き同意する刀夜も、そんな夏琴の考えを理解している。きちんとした立証が必要であるのは刀夜も重々承知している。
「だが、蘭華が犯人ではないとの根拠は証言の他にもある」
これを見てくれと、刀夜は一巻きの
取り出したのは一巻の
「地図でございますか?」
それは
「このバツ印はいったい何なのでございますか?」
「それは妖虎の出現した場所を示したものだ」
「ふむ、あちらこちらバラバラですね」
これが何の証明になるのか?――夏琴は刀夜の意図を掴みかねた。
「分からないか?」
「面目次第もございません」
襲撃現場が一箇所であれば下手人の居場所を特定できるとは思う。だが、これだけ襲撃地点が移動していては何も分からない。やはりどう考えても夏琴には主人の推理に及ばなかった。
「人は基本的に拠を構えるものだろう?」
例外はあるが一般的に人間は生活基盤となる拠点を求める傾向がある。
「そして、人が一日で移動できる距離は凡そ決まっている」
「なるほど?」
ここまで話しても合点がいかない夏琴の鈍さに刀夜は苦笑いした。
「つまり、犯行は必ずその拠点を中心とした同心円上に集まる筈だ」
「あっ!?」
そこまで説明を受けた夏琴は改めて
「おお、確かに円に見えますな!」
「だろ?」
感嘆する夏琴に刀夜がにやりと不敵に笑う。
「その円の中心は
「
「恐らく犯人の拠点もその辺りにある筈だ」
刀夜が同心円の中心を指差すと夏琴はこくこくと頷いた。
「これが常夜の森に住む蘭華の犯行ではないとの証明だ」
「お見事です!」
「もともと蘭華を疑っていたわけではないが無実の確証を取れた……が」
だが、腕を組んだ刀夜の顔が曇る。
「蘭華についてはまだ疑念が残る」
「疑念ですか?」
「彼女をどう見る?」
問いに問で返され夏琴は首を捻った。いったい刀夜は何を聞きたいのか?
「瞳の事だ」
「瞳……でございますか?」
刀夜も他人の事は言えないが、夏琴は女性の容姿に頓着しない。恐らく蘭華の瞳の色を気にも留めていなかったのだろう。
「蘭華の瞳は
「紅い瞳……まさか!」
その事実に夏琴は度肝を抜かれた。
「まさか、彼女は紅三家の姫君にございますか!?」
「しぃ! 声が大きい」
「も、申し訳ございません」
慌てて口に手を当て夏琴はキョロキョロと見回した。誰も聞き耳を立てていないとホッと胸を撫で下ろすと刀夜に顔を寄せた。
「それは
「間違いない」
紅家の瞳の色は皇子の刀夜の良く知る所である。それは夏琴も重々に承知していた。その刀夜が断言したのだから、蘭華は紅三家に連なる者であるのは間違いないだろう。
「ですが、それにしては……」
「ああ、蘭華の境遇は
「庶子……いえ、
「迫害されているのも腑に落ちない」
この国の高位貴族には陽、月、星の三国を治める三公家の下に九候家が存在する。
九候家は天官、地官、春官、夏官、秋官、冬官の長と
故に公家候家を合わせて三公九卿と呼ぶ。
その中でも紅三家は九卿の重職である天官、地官、春官の官職を得ている名家中の名家だ。蘭華がそれに連なる者ならば、彼女の環境はあまりにも不遇過ぎる。
「彼女はいったい何者なのでしょう?」
「分からん」
蘭華の性質は間違いなく善であり、優しく献身的で好ましい女性だと刀夜も感じている。だが、何分にも蘭華には謎が多過ぎる。
「あの若さで方士院の連中さえも及ばぬ見事な医術の技だった。しかも、どうやら結界術の腕も相当なものらしい」
方術の習得には長い歳月を要する。どんなに年齢を上に見ても蘭華は二十半ばを越えていない。その若さで蘭華があれ程の高い能力を身に付けているのは
「いったい何処であれ程の方術を身に付けたのか」
「実はそれについてなのですが……」
夏琴が更に顔を寄せてきた。どうやらよっぽどの秘密らしい。
「これは先程、丹
夏琴は調査中にもう一度丹頼を訪ねていた。その折にとんでもない秘事を聞かされたらしい。
「蘭華は『
「なんだと!?」
夏琴の告げた事実に刀夜は驚愕し叫び声を上げたのだった。