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第十四話 剣仙の皇子と魔女の出自


「やはりくだんの妖虎は窮奇きゅうきで九分九厘間違いないだろう」


 戻ってきた夏琴と情報交換をした刀夜は結論を出した。


「施療院の患者達から証言を集めてみたが、噂と齟齬そごは無かった」

「はい、それがしの聞き込みでも、皆一様に有翼の妖虎だったと申しておりました」


 現れた妖虎の特徴は失踪した窮奇と一致している。出現した時期も失踪した時期と被り、ほぼ間違いなく窮奇であろうと刀夜は断定した。


「そして、結論から言えば蘭華は下手人ではない」

「左様ですな」


 刀夜の推論に夏琴も首肯し同意を示した。総合的に判断して夏琴も刀夜の見解に依存はない。


「下手人と蘭華とでは特徴が違い過ぎる」

「ですが、彼女は導士ですので何か幻惑の術を使った可能性はありませんか?」


 夏琴の心証でも蘭華が凶事を為す人物とは思えなかったが、情に流されれば目が曇る。夏琴は敢えて異論を提示したのだ。


もっともな意見だ」


 頷き同意する刀夜も、そんな夏琴の考えを理解している。きちんとした立証が必要であるのは刀夜も重々承知している。


「だが、蘭華が犯人ではないとの根拠は証言の他にもある」


 これを見てくれと、刀夜は一巻きの絹布けんぷを取り出した。


 取り出したのは一巻の帛書はくしょ――文を記した絹地。


「地図でございますか?」


 それは月門ここ周辺を記した帛地図はくちずであった。ただし、よく見れば奇妙な事に幾つも『×』印が記されている。


「このバツ印はいったい何なのでございますか?」

「それは妖虎の出現した場所を示したものだ」

「ふむ、あちらこちらバラバラですね」


 これが何の証明になるのか?――夏琴は刀夜の意図を掴みかねた。


「分からないか?」

「面目次第もございません」


 襲撃現場が一箇所であれば下手人の居場所を特定できるとは思う。だが、これだけ襲撃地点が移動していては何も分からない。やはりどう考えても夏琴には主人の推理に及ばなかった。


「人は基本的に拠を構えるものだろう?」


 例外はあるが一般的に人間は生活基盤となる拠点を求める傾向がある。


「そして、人が一日で移動できる距離は凡そ決まっている」

「なるほど?」


 ここまで話しても合点がいかない夏琴の鈍さに刀夜は苦笑いした。


「つまり、犯行は必ずその拠点を中心とした同心円上に集まる筈だ」

「あっ!?」


 そこまで説明を受けた夏琴は改めて帛地図はくちずに目を落とした。言われてみれば犯行場所につけた印は同一円内に集約している。


「おお、確かに円に見えますな!」

「だろ?」


 感嘆する夏琴に刀夜がにやりと不敵に笑う。


「その円の中心はまちを挟んで常夜の森の反対側にある」

しかり然り」

「恐らく犯人の拠点もその辺りにある筈だ」


 刀夜が同心円の中心を指差すと夏琴はこくこくと頷いた。


「これが常夜の森に住む蘭華の犯行ではないとの証明だ」

「お見事です!」

「もともと蘭華を疑っていたわけではないが無実の確証を取れた……が」


 だが、腕を組んだ刀夜の顔が曇る。


「蘭華についてはまだ疑念が残る」

「疑念ですか?」

「彼女をどう見る?」


 問いに問で返され夏琴は首を捻った。いったい刀夜は何を聞きたいのか?


「瞳の事だ」

「瞳……でございますか?」


 刀夜も他人の事は言えないが、夏琴は女性の容姿に頓着しない。恐らく蘭華の瞳の色を気にも留めていなかったのだろう。


「蘭華の瞳はあかだった」

「紅い瞳……まさか!」


 その事実に夏琴は度肝を抜かれた。


「まさか、彼女は紅三家の姫君にございますか!?」

「しぃ! 声が大きい」

「も、申し訳ございません」


 慌てて口に手を当て夏琴はキョロキョロと見回した。誰も聞き耳を立てていないとホッと胸を撫で下ろすと刀夜に顔を寄せた。


「それはまことにございますか?」

「間違いない」


 紅家の瞳の色は皇子の刀夜の良く知る所である。それは夏琴も重々に承知していた。その刀夜が断言したのだから、蘭華は紅三家に連なる者であるのは間違いないだろう。


「ですが、それにしては……」

「ああ、蘭華の境遇はいびつだ」

「庶子……いえ、御落胤ごらくいんであったとしても九卿の、それも紅三家の姫君ならば彼女の暮らし向きは貧し過ぎます」

「迫害されているのも腑に落ちない」


 この国の高位貴族には陽、月、星の三国を治める三公家の下に九候家が存在する。


 九候家は天官、地官、春官、夏官、秋官、冬官の長と少師しょうし少傅しょうふ少保しょうほの三少と呼ばれる九つの官職を代々受け継ぎ九卿とも呼ばれる。


 故に公家候家を合わせて三公九卿と呼ぶ。


 その中でも紅三家は九卿の重職である天官、地官、春官の官職を得ている名家中の名家だ。蘭華がそれに連なる者ならば、彼女の環境はあまりにも不遇過ぎる。


「彼女はいったい何者なのでしょう?」

「分からん」


 蘭華の性質は間違いなく善であり、優しく献身的で好ましい女性だと刀夜も感じている。だが、何分にも蘭華には謎が多過ぎる。


「あの若さで方士院の連中さえも及ばぬ見事な医術の技だった。しかも、どうやら結界術の腕も相当なものらしい」


 方術の習得には長い歳月を要する。どんなに年齢を上に見ても蘭華は二十半ばを越えていない。その若さで蘭華があれ程の高い能力を身に付けているのは奇怪おかしい。


「いったい何処であれ程の方術を身に付けたのか」

「実はそれについてなのですが……」


 夏琴が更に顔を寄せてきた。どうやらよっぽどの秘密らしい。


「これは先程、丹おうより聞いたのですが……」


 夏琴は調査中にもう一度丹頼を訪ねていた。その折にとんでもない秘事を聞かされたらしい。


「蘭華は『白姑仙はっこせん』の直弟子らしいのです」

「なんだと!?」


 夏琴の告げた事実に刀夜は驚愕し叫び声を上げたのだった。


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