「蘭華さん、頼まれてたお米と塩買ってきましたぁ」

　ガラリと音を立て施療院の扉が開いた。

　そこから顔を覗かせたのは十代半ばくらいの美少女。それは薄茶の髪とクリッとした目が愛らしい丹頼の孫娘の翠蓮である。

　彼女は以前妖魔あやかしに襲われている所を救われてから蘭華に懐いていた。月門の邑で数少ない蘭華の味方で、今回も診療で手が離せない蘭華のお使いを快く引き受けてくれたのだ。

「ごめんなさい、翠蓮に口利き屋みたいな真似をさせちゃって」

「蘭華さんの為なら何でもないですよ。それに荷は牡丹が運んでくれたし」

　ひらひらと手を振って翠蓮は照れ笑いする。

「それよりも後は反物屋ですよね」

　翠蓮は急に蘭華の左腕にぶら下がるように両腕で抱き付いた。上目遣いで見上げる顔が僅かに赤い。

「診療は全て終わったんでしょ？」

「えっ、ええ」

「だったら早く行きましょうよ」

「あっ、翠蓮！？」

　翠蓮は腕を引いて蘭華を強引に外へと連れ出す。

「えへへ、蘭華さんと逢引きデートだぁ」

「お主は相変わらず愉快な姑娘むすめよのぉ」

　蘭華とその腕に嬉しそうに絡み付く翠蓮が外へ出ると、呆れ声で牡丹が出迎えた。背にした鞍に幾つも麻袋や壺を括り付けている。

「ごめんね牡丹、こんな大荷物を担がせて」

　彼女を労わるように蘭華が撫でる。首筋に触れる蘭華の手に牡丹が気持ち良さそうに目を細めた。

「米袋四つで一石(約30kg)程じゃ、他の荷を合わせても一石半にもならぬ。駄馬でも楽々運べるくらいの駄荷じゃ」

「まだ反物が残っているけど？」

「軽い軽い」

　問題ないと牡丹が笑う。

「もう、早く早く！」

「あんまり引っ張らないで」

「本当に退屈せぬ姑娘よ」

　翠蓮に急かされ仕方ないと諦める蘭華の後ろから牡丹が笑いながら着いてくる。その背にはいつの間にかちゃっかり百合と芍薬が鎮座していた。

　そして、更にその後ろには刀夜の姿も。

「むぅ、刀夜様もいらっしゃるのですか？」

　それを見咎めた翠蓮が言葉こそ丁寧だが、棘を含む言葉を投げ掛けた。

「まだ蘭華に用があるからな」

「せっかくの蘭華さんとの逢引きデートなのにぃ」

　ぶつぶつ文句を言いながら翠蓮は刀夜を睨み、蘭華の腕に絡めた両腕に力を篭めた。

「蘭華さんは私のですからあげませんよぉだ」

「これでも一応、俺は皇子なんだが……物怖じせぬ姑娘むすめだ」

　いーっと歯を見せ威嚇する翠蓮に刀夜は苦笑いが漏れる。

「もう、刀夜様に失礼よ」

　さすがに蘭華も見かねて翠蓮を窘たしなめた。

「むぅ、蘭華さんは私より刀夜様が良いんですか？」

「どうしてそんな話になるの！？」

　翠蓮に可愛いく咎められ蘭華は狼狽える。今の会話をどう取られたか不安になって蘭華はちらりと刀夜を盗み見たが、翠蓮はそれを見咎めた。

「やっぱり刀夜様が良いんだぁ」

「ち、違……」

「強いし、格好良いし、何たって皇子様だし」

「別に私は刀夜様の事なんて……」

「俺は蘭華の好みではなかったか？」

「ひっ！」

　いきなり刀夜が背後から耳元に囁き、蘭華はびくっと小さく飛び跳ねた。

「い、いえ、刀夜様はとても素敵な殿方ですよ」

「ふふ、そうか、蘭華のように美しい姑娘むすめに嫌われていなくて安心した」

「う、美し……って、刀夜様！？」

　今まで迫害対象であった蘭華は男性から褒め慣れていない。しかも、刀夜のように眉目秀麗な青年から迫られるように囁かれ、蘭華の顔は一気に上気した。血が上りすぎて頭がくらくらする。

「やっぱり私より刀夜様が良いんですね！」

「待って待って、本当に違うから！」

「何だ、蘭華は俺の事が嫌いか？」

「と、刀夜様を嫌いだなんて……」

「ふっ、だそうだぞ翠蓮」

「わぁん！　刀夜様に蘭華さん奪とられたぁ！」

「やれやれ、本当に退屈せぬ奴らじゃ」

　翠蓮が泣き、蘭華がオロオロし、刀夜は何やらニヤニヤ笑う。それを横目に牡丹は呆れながらも楽しげだ。

　相変わらず蘭華に向けられる邑まちの者達の目は厳しい。蘭華は強い娘だが、決してこの状況が堪えていないわけではない。翠蓮や刀夜が明るい陽射しとなって蘭華を照らしてくれる事を牡丹は願わずにはいられない。

「ここにおられましたか」

　そんな陽だまりのような談笑に夏琴の大きな声が割って入った。刀夜の命を受けて単身聞き込み調査へと出ていたのだが、それを終えて刀夜を探していたようである。

「邑まちの聞き込みを終えましたが……お取り込み中でしたか？」

「いや、差し支えはない」

「そ、それでは私はこれで」

「あっ、蘭華さん私も行く！」

　夏琴が現れたのを幸いに、蘭華は逃げるように刀夜の前から去っていった。その顔は耳まで真っ赤になっており、恥ずかしさに居た堪れなくなったのだろう。

「あっ、待て蘭華！」

「やはりお取り込み中でしたか？」

「いや、そうではないが……」

　自分から逃げるように去る蘭華の後ろ姿を見送りながら、刀夜は少し揶揄い過ぎたかと苦笑いした。