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第九話 剣仙の皇子と邑の門番


 ――第五皇子、刀夜。


 本来、皇族は顔どころか、その名も宮中から出ることは殆どない。だから、庶民にとって皇帝のみならず皇子は正しく雲上人なのだ。


 故に、まだ幼く影の薄い第四皇子の秀英しゅうえいのみならず、第二皇子の聆文れいぶんや第三皇子の瑞燕ずいえんでさえ顔どころか名前も知らぬ国民も少なくない。


 下手をすれば次代の皇帝である第一皇子の泰然の名さえ知らない者もいるだろう。


 ところが、刀夜に限っては巷間ちまたにその名が知れ渡っていた。それは彼が日頃から庶民に混じって在野で剣を振るっているからである。また、武人としても名高く、剣を志す若者達の憧れにもなっていた。


 それに何と言ってもかなり刀夜は美形の好青年である。兵達だけではなくわかい娘達からも絶大な人気を誇っていた。


 当然、剣を手にする子雲しうんも刀夜の武名を耳にしている。だから、その背筋に冷たいものが走った。


皇子みこ様とは知らずとんだご無礼を!」


 相手は皇族、それも帝の実子である。子雲達が働いた刀夜への不敬は死罪を言い渡されても弁明の余地はない。子雲は血に額を打ちつけるように叩頭こうとうして謝罪した。


「私は如何様いかような罰もお受け致します。ですが、後ろの者達は我が配下であり、責は全て自分にあります。何卒この者達にお慈悲を賜りたく……」

「俺は非公式でここへ来ている。ここでのことは全て無礼講だ。罪に問うつもりはない」

「寛大な御心感謝致します!」


 刀夜という雲上人の出現で全員が恐縮してしまった。これでは刀夜としては話が進まない。


「礼は不要だ面を上げよ」


 男達は恐る恐る顔を上げた。その目にはまだ畏れが見える。だが、彼らの後ろで刀夜へ向ける意思の強そうな紅眼があった。


貴女あなたの名前を聞いてもよいか?」

「はい、蘭華と申します」


 美しき黒髪の姑娘むすめは両手を胸の前で組みゆうをした。その挙措きょそは美しく丁寧で彼女の内面を表しているように刀夜には見える。とても卑しい身分の者とも思えない。


「邑人達に魔女と呼ばれていたようだが?」

「いえ、私は魔女などでありません」


 姑娘はきっぱりと否定すると、武人でさえ気後れしそうな刀夜の眼光を真っ直ぐに見返した。


「方術をもってわざわいを除き福を招くを生業なりわいとする導士にございます」

「導士とな? 月門つきもんのか?」

「確かに近郊に住んではおりますが、私はこの邑の者ではございません」

「近くに住んでいる?」


 刀夜は首をかしげた。月門の邑以外だとこの辺りには小さな小邑むらしかない。貴重な導士がそんな集落に居を構えるものだろうか?


 だが、その疑問は今のところ関係ない。


「この霊獣達は蘭華の使い魔なのか?」


 蘭華を守るように警戒を崩さない百合達を一瞥して、当たり前の質問かと思いながらも刀夜は尋ねた。が、意外にも蘭華は首を横に振った。


「この者達は私の友にございます」

「友だと?」


 予想外の回答に刀夜は呆気に取られた。

 二人の間にしばし微妙な沈黙が流れる。


「ふっ、そうか友か。なるほど良い友だな」


 だが、すぐに蘭華の答えをいたく気に入ったらしく刀夜は爽やかに笑った。


「さて、事情は後で丹頼から聞くとして、蘭華の処遇に関しては俺が預からせてもらおう」

「そ、それは!」

「異論は認めん」


 子雲しうんが不満の声を上げようとしたが、刀夜はピシャリと撥ねつけた。


「どう見ても貴様らに道理はない」

「で、ですが……」

「蘭華の連れている霊獣と襲撃事件の妖魔あやかしは明らかに違うようだし、だいたい先程も言ったが彼女がそのつもりなら容易たやすくお前達を葬っていたぞ」


 青年はちらりと白虎を一瞥した。その視線に釣られて白虎に視線を向けた男達はごくりと生唾を飲み込む。


「元々、我らはこの件の調査をしに訪れたのだ。後は俺達に任せて貴様らは軽々な行動は慎め」


 刀夜に釘を刺され男達は引き下がったが、子雲だけは瞳に不満を宿していた。意固地な子雲の気持ちに気付き刀夜は屈んで肩をポンと叩いた。


「彼女を粗略に扱わない方が良いぞ」

「しかし、あの女はまちに災厄をもたらす魔女です」

「彼女は魔女ではなく導士であろう?」


 かたくなに蘭華を否定する子雲の態度に刀夜の口から溜息が漏れる。


「それに、自らの手でせっかくの瑞兆を失うのは愚かだぞ」

「それはどういう意味なのですか?」


 刀夜の意味深な言葉に子雲は不思議そうな顔で尋ねた。だが、話は終わったとばかりに、刀夜はそれ以上は何も語らなかった。


「事情はまちで聞く」


 話はそれまでと、刀夜は丹頼と蘭華を連れて邑内の方へと去って行った。


「どうするんだよ?」

「どうするって、皇子様にお任せする他ないだろ?」


 残された男達は戸惑う。貴人の最上位である皇族が命じる以上は自分達にはどうする事もできない。


「魔女を放置なんてできっかよ!」


 だが、日和はじめた仲間達に利成りせいが怒りの声を上げた。


「だがよぉ、皇子様の仰る通り妖魔あやかしの種類は違うしなぁ」

「そんなの怪しげな魔術を使ったに違いない!」

「落ち着け利成」

「いや、利成の言う通りだ」


 何とかこじつけようとする利成に仲間達は辟易したが、ただ一人彼に賛同する者がいた。


「魔女は許しちゃならん」


 子雲は憎しみとも思える炎を瞳に宿し、小さくなっていく蘭華の背を睨みつけた。


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