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第五話 剣仙の皇子と巌の直臣

 ――蘭華と門番達のいさかいより時を少し遡る。


 みかどが座す都邑みやこ常陽じょうよう』と月門つきもんの邑を結ぶ大道。その道を騎乗した二人の武人が月門の邑へと向かっていた。


 二人とも二十代半ばくらいであろうか?


 一人は浅葱あさぎ色の衣をまとったそびえるような巨漢おおおとこ。筋肉で覆われたいわおの如き巨躯は、万夫不当の古武士を思わせる貫禄がある。


 もう一人も背は高いがすらりと細く、深い青の瞳が涼やかな青年だ。白銀の長髪をたなびかせ、女と見紛う程の白皙の美しい青年である。だが、見た目と違い藍染めの衣の下に隠れた身体は、しっかりと筋肉で引き締まっていた。


 彼の特質すべき点は腰に宝飾のある剣を帯び、高価な天絹てんけんの胡服を身に纏っているところだろう。いずれも庶民では手にするのも難しい高価な品々だ。


 この美青年がやんごとなき貴人であるのは間違いない。


刀夜とうや様!」


 浅葱あさぎ色の衣を纏った青年の大声に、藍染めの胡服を纏った隣の青年がギョッとした。


「馬鹿者、そんな大声を出すな」

「も、申し訳ございません」

「それでなくとも夏琴かきんの声は大きいのだぞ」


 どうやら大柄な青年は殊更ことさらに声を張り上げたのではなく、もともと地声が大きいらしい。


「それで、どうした?」

「何故に皇子みこである刀夜様御自ら足を運ばれるのですか?」


 刀夜と呼ばれたこの美青年は日輪の国の第五皇子である。とある事件の調査の為、直臣である夏琴を伴い月門の邑へと向かっているところだった。


「皇子と言っても俺は五番目だ」


 日輪の国には他にも第一皇子の泰然たいぜん、第二皇子の聆文れいぶん、第三皇子の瑞燕ずいえん、第四皇子の秀英しゅうえいの四人の皇子がいる。


「どうせ帝位は泰然たいぜん兄上が継がれるさ」


 その中でも第一皇子の泰然は品行方正な人物であり、次代のみかどと目されていた。


「俺は兄上を補佐できれば良い」


 泰然以外は刀夜より歳下なのだが、生みの母の身分が低い為に彼の序列が最も低い。


「それに、俺が授かった神賜術かみのたまものは『千剣之仙せんけんのせん』。帝の地位より将軍職を目指す方が性に合ってる」


 千剣之仙は比類なき剣才を与える強力な賜術しじゅつだ。様々な剣の異能を発揮する刀夜に勝てる武人は日輪の国にはいない。その為、刀夜は『剣仙の皇子』と巷間ちまたで呼ばれている。


 また、刀夜自身も剣を好む性分で、権謀術数の渦巻く宮中は息苦しい。いずれ臣籍降下して軍部に入ろうと考えていた。


「夏琴だって人格者である兄上が帝になった方が民の為だと思わないか?」


 そう言って刀夜はからりと笑う。


それがしも泰然様が帝位に座られるのに異存はございませんが……」


 だが、夏琴は釈然としない。


 刀夜は春風しゅんぷうの如く穏やかに人と接し、秋霜しゅうそうの如く鋭く自分に厳しい。二十四歳の若さで並び立つ者がいない程に剣を極められたのは神賜術かみのたまもののお陰だけではなく、己を律し努力を積み重ねてきたからだ。


 そんな傑物である自分の主人を夏琴は誇りに思っている。だから、泰然はともかく他の三人の皇子の下に刀夜が置かれているのが我慢ならない。


「刀夜様は悔しいとは思われないのですか?」

「二位だろうと五位だろうと帝位に着かないならどちらも同じだ」

「それはそうなのですが……」

「お前の心配も分からんでもないが」


 言葉にこそしないが、夏琴の不満や不安は刀夜にも理解できる。


 まだ幼い第四皇子の秀英は問題ない。だが、第二皇子の聆文と第三皇子の瑞燕の周囲には貴族の利権を守ろうとする者達が集まっていた。


 それら蜜に群がる羽虫の駆除を行っているのが泰然である。


 だから、泰然の即位を望まぬ者も少なくない。今回の件も泰然の失脚を目論む聆文か瑞燕の仕業に違いないと睨んでいる。


「だからこそ内々に今回の件を処理しなければならん」


 珍しく刀夜の顔が苦々しくなった。


「十二獣の一柱が行方不明だなどと知られてはみかどの威信に傷が付く」


 十二獣とは日輪の国を守護する十二体の霊獣である。


 窮奇キュウキ甲作コウサク 胇胃ヒツイ雄伯ユウハク騰簡トウカン攬諸ランショ伯奇ハクキ強梁キョウリョウ祖明ソメイ委隨イズイ錯断サクダン騰根トウコンがそれにあたる。


 その内、宮中に巣食うむし――悪心あくしんを起こさせるの呪いを喰らうと言われている窮奇きゅうきがひと月程前より行方が知れないのだ。


 事が公になれば守護霊獣が帝を見限ったと思われかねない。秘密裏に捜索されたが行方は一向に判明しなかった。


 ところが先日、月門つきもんの邑近郊でそれらしき姿の目撃情報がもたらされたのだ。


 それも最悪の形で――


「帝を守護する霊獣が人を襲ったとなれば一大事」


 虎の妖魔あやかしが暴れ回っており、多数のまち人が負傷したらしい。窮奇は翼を持つ虎であり特徴が一致している。


「しかも場所が問題だ」


 月門の邑は泰然の直轄だ。場合によっては窮奇が姿を消した責任さえも泰然が取らされかねない。


「このままでは泰然兄上の責任が問われかねないだろう」


 皇位継承権の順位が変わる可能性さえある。


「最悪、聆文れいぶんが次代のみかどに……それだけは避けなければならない」


 性は酷薄無情、自らの小知を以て他者を見下し、奢侈しゃしを好み他者を顧みない――それが第二皇子聆文である。


 聆文が帝座に就けば民は苛政で苦しむのは必定。

 国内が怨嗟えんさの声で溢れ返るのは目に見えている。


窮奇きゅうきの失踪に始まり月門の邑での騒動……あまりにも聆文様に都合の良い展開でございますな」


 聆文が帝となって君臨する姿を想像して夏琴が顔をゆはめた。


「まさか今回の件は聆文様が裏で糸を引いているのでは?」

「滅多な事を申すな。お前はそれでなくとも声が大きいのだ」


 何処で聞き耳を立てられているか分からない。他者を貶める言動は後々に攻撃の材料にされるかもしれない。


「も、申し訳ありません」

「お前の言いたい事も分からないではないが……」


 聆文は無用に権謀術数を好む癖がある。それを知るだけに、窮奇の失踪から月門の邑での妖魔あやかし騒動まで聆文の企みだろうと刀夜も睨んでいた。


(口惜しいが証拠がない以上は糾弾もできん)


 それに今回の事件に関わっていないとしても、帝位を狙っている野心家の聆文が泰然の失脚を目論んでいるのは間違いない。


 泰然を帝にしたい刀夜にとって、聆文はいずれ排除せねばならない政敵なのだ。


「とにかく犯人が誰であれ泰然兄上の瑕疵きずとなり得る以上は放ってはおけん」

「しかし、泰然様は何故なにゆえこの件を捨て置かれておられるのでしょうか?」

「分からん」


 それは刀夜も疑問だった。


「兄上にも何かお考えがあるのだろうが……」

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