――『
日輪の国を取り囲むその森は
そんな人の寄り付かぬ森の奥深くに、何故か小さな家がポツンと一軒ありました。
いえ、それは窓は破れ壁も剥がれた家と呼ぶのも
「あっ、いけない、お米が殆ど残っていないわ」
「塩もそろそろ切れそうね。これは
気が重い……蘭華の紅玉の如き美しい瞳に
蘭香は邑の人間と顔を合わせるのが苦痛なのだ。彼女は
いや、正確には一人ではなく、他に同居する者達はいる。
人ではないが……
「人里へ行くの~?」
背に羽の生えた真っ白な兎がパタパタと器用に飛んで、蘭華の
――
外見から人に仇なす
「ええ、そうよ
蘭華は頭の上のふわふわな生き物を撫でた。愛撫される心地良さに百合と呼ばれた羽兎は目を細めて手に擦り寄る。
「ならば
「
蘭華の背後より炎の如く
――
彼女もまた
「
「ええそうね、ありがとう、お願いするわ」
「我も連れて行け」
さらにもう一匹、蘭華の足元にトコトコと白い猫が歩み寄ってきた。
「
蘭華の
――
今は猫の姿をしているが、その本性は神格を得た巨大な虎である。白虎は霊獣どころか
「
「ありがとう、とても心強いわ」
彼らは蘭華に名付けをされているようで、恐らくは彼女と契約している使い魔のようだ。しかし、霊格の低い羽兎はともかく、炎駒や白虎は通常であれば人の身で御せる霊獣ではない。
だが、これだけ強力な霊獣に守られているなら、人の住めぬ筈の『常夜の森』で暮らしているのも納得である。
「僕、あいつらキライ。いっつも蘭華をイジメるんだもん」
「仕方がない事なのよ。この国は爵位と
プンスカ怒る百合を蘭華は撫でながら
この国――日輪の国には二十等爵の身分制度がある。
庶民は生まれた時にまず一位の
これは五年から十年程に一度、
ただ、公士から始まる爵位にも例外はある。人が生まれながらにして持っている
神賜術は生まれた時に身につけている個々が一つだけ所有する固有の超能力だ。神よりの恩寵と考えられており、日輪の国では特殊能力を神聖視する趣きがある。
だから、優秀な神賜術を授かった者は二位の
「私は神賜術を授からなかったから……無爵位者への当たりが強くなるのも無理はないの」
ところが、神賜術を蘭華は生まれた時に授からなかった。その為、爵位授与も行われず、彼女は無爵位者――賎民扱いされていた。
賤民とは商人や罪人、浮民などの事である。
「爵位に心を縛られるなぞ人とは業の深き憐れな生き物よ」
麒麟の一種である牡丹は仁を尊ぶ瑞獣である。だから、爵位を根拠に蘭華へ非道を働く
「元来、身分とは秩序を維持する為のものじゃ。それを以て他者を虐げるは本来の目的に沿わぬだろうに」
「ふんっ、愚かしい」
牡丹と違って白虎の芍薬は少々苛烈なところがあり、怒りを隠そうともしていない。が、今は猫の姿だけに迫力に欠け、何処か愛らしい。
そんな芍薬に
「そんなものでしか人の優劣を測れぬ愚者だから物事の本質が分からんのだ」
笑われた芍薬は、むっとして威厳を取り戻そうと厳つい口調となったが、可愛い猫の外見では滑稽なだけである。
「だいたい、爵位の基準にしている
神賜術は一つの能力しかないし多くは大して強くはない。だから、
強い能力を授かるのはたいてい貴族か皇族くらいだ。
「それに比べて蘭華の方術は多種多様の事象を引き起こせる上に強大ではないか」
蘭華は神賜術の代わりに強大な魔力を持って生まれてきた。その力で五行を操り様々な事象を引き起こす方術と呼ばれる幅広い魔術を体得していた。
蘭華のような方術を身に付けた者を『導士』と呼ぶ。
導士の多くは医術や祈祷、結界の管理、
「そうだよね。能力の優劣で爵位を決めるなら蘭華はどうして爵位が貰えないのさ」
芍薬の蘭華自慢に百合も乗っかってきた。
「それは神から何を
多くの人は他人を測る確たる物差しを持たない。だからこそ神という絶対の裁定者の賜物を大切にするのである。それ故、
「これ、蘭華が困っておろう。それくらいに致せ」
牡丹が困惑する蘭華を見かねて百合と芍薬を
自分の為に怒ってくれるのは嬉しいが、逆に蘭華は彼らを諌めねばならない。霊獣は強力であり、その怒りを人々へ向ければ災厄と変じてしまうからだ。
そうなれば霊獣も
「ありがとう牡丹」
「いや、元は
本当は蘭華とて自分に対する理不尽に怒りと悲しみを抱いている。その気持ちを押し殺さねばならない彼女の苦しみを牡丹は察してくれたのだ。
「な、なあ、
居た堪れなくなった芍薬が話題を転じようと的外れな提案をしだした。牡丹に指摘され自分が蘭華を追い詰めていると悟ったようだ。
「森の恵は豊富だぞ?」
常夜の森は滅多に人が入らず荒らされていない為、その資源は有り余っている。
「食うものに困りはすまい」
「人間はそれだけでは生きていけないの」
米はまだしも塩は絶対に必要だ。
「それにね、芍薬が何度も私の衣服に爪を立てたでしょう?」
蘭華が上半身を捻り
「修繕用に糸や
芍薬へ向けられた百合と牡丹の視線が冷たくなる。
「す、すまん、この姿だと猫の習性に囚われる故……」
ばつが悪くなった芍薬は耳を横に倒してプイッと顔を背けたのだった。