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魔女の闇夜が白むとき
古芭白あきら
異世界恋愛和風・中華
2024年10月13日
公開日
70,424文字
完結
生まれながらにして神より授かる神賜術(かみのたまもの)の優劣により爵位が定められる日輪(にちりん)の国。そこで蘭華は神賜術を持たず代わりに強大な魔力を持って生まれた。蘭華は魔術を極め導士となったが、神賜術を持たぬ為に爵位を貰えず迫害を受けていた。

そこへ、とある妖魔(あやかし)の事件を追ってきた第五皇子・刀夜との出会いに、蘭華の運命が大きく揺れ動く……

妖魔と霊獣、神賜術と魔術、爵位と差別……様々な問題を抱えた帝の治める日輪の国で、蘭華と刀夜、二人の想いが災厄や陰謀と絡み合い中華風恋愛ファンタジーを紡ぐ!

魑魅魍魎が跋扈する常夜の森――そこは月星の光も届かぬしんしんと更ける闇に支配された夜の世界。

今日も窓辺で蘭華は闇夜を眺めてひっそりと……

※しばらく毎日更新!

第一話 常夜の魔女と森の家


 ――『常夜じょうやの森』。


 日輪の国を取り囲むその森は鬱葱うっそうと生い茂る木々が天を隠し、無数の妖魔あやかし蔓延はびこる夜の如き闇に抱かれた世界。


 只人ただびとがひとたび足を踏み入れれば二度とは陽の光を目にする事の叶わない、魑魅魍魎ちみもうりょうが支配するそれは怖ろしい闇の領域にございます。


 そんな人の寄り付かぬ森の奥深くに、何故か小さな家がポツンと一軒ありました。


 いえ、それは窓は破れ壁も剥がれた家と呼ぶのもはばかれる粗末な破屋あばらやで、そこには一人のわか姑娘むすめが住んでおりました――




「あっ、いけない、お米が殆ど残っていないわ」


 蘭華らんかは寂しくなった米櫃こめびつの中を見て溜め息を漏らした。


「塩もそろそろ切れそうね。これはまちへ買い出しに行かないといけないかしら?」


 気が重い……蘭華の紅玉の如き美しい瞳にかげが落ちる。


 蘭香は邑の人間と顔を合わせるのが苦痛なのだ。彼女はで日頃から邑人まちひと達から差別を受けている。それもあって蘭華は常夜の森の中で一人ひっそりと暮らしていた。


 いや、正確には一人ではなく、他に同居する者達はいる。


 人ではないが……


「人里へ行くの~?」


 背に羽の生えた真っ白な兎がパタパタと器用に飛んで、蘭華のつややかな黒髪の上に乗った。人語を操り羽のある兎が通常の獣のわけもない。


 ――羽兎うと


 外見から人に仇なす妖魔あやかしものと誤解されやすいが、人の善行に報いる精霊、霊獣の類いである。


「ええ、そうよ百合ゆり


 蘭華は頭の上のふわふわな生き物を撫でた。愛撫される心地良さに百合と呼ばれた羽兎は目を細めて手に擦り寄る。


「ならばわらわが供をいたそう」

牡丹ぼたん!?」


 蘭華の背後より炎の如くあざやかな赤い馬がぬっと近づいてきた。いや、馬と同じ四足歩行ではあるが、顔は竜のようで鱗もある。馬とは別の生き物であるのは明白だ。


 ――炎駒えんく


 彼女もまたれっきとした精霊、霊獣の類いで、聖獣として名高い麒麟きりんの傍系に当たる。


其方そなた一人では荷を運ぶに難儀しよう?」

「ええそうね、ありがとう、お願いするわ」

「我も連れて行け」


 さらにもう一匹、蘭華の足元にトコトコと白い猫が歩み寄ってきた。


芍薬しゃくやく


 蘭華の下裳スカートを前脚でよじ登るように掴む姿は愛らしい猫にしか見えない。だが、彼の全身から発せられる霊気は尋常ではなかった。


 ――白虎びゃっこ


 今は猫の姿をしているが、その本性は神格を得た巨大な虎である。白虎は霊獣どころか四瑞しずいの一柱で神獣だ。


まちの奴らが蘭華に無体を働くとも限らんしな」

「ありがとう、とても心強いわ」


 彼らは蘭華に名付けをされているようで、恐らくは彼女と契約している使い魔のようだ。しかし、霊格の低い羽兎はともかく、炎駒や白虎は通常であれば人の身で御せる霊獣ではない。


 だが、これだけ強力な霊獣に守られているなら、人の住めぬ筈の『常夜の森』で暮らしているのも納得である。


「僕、あいつらキライ。いっつも蘭華をイジメるんだもん」

「仕方がない事なのよ。この国は爵位と神賜術かみのたまものが重視されているのだから」


 プンスカ怒る百合を蘭華は撫でながらなだめた。


 この国――日輪の国には二十等爵の身分制度がある。


 庶民は生まれた時にまず一位の公士こうしと呼ばれる最底辺の爵位を国より賜る。


 これは五年から十年程に一度、賜爵ししゃくされて位階が上がっていくので、年配の者は総じて爵位が高い。


 ただ、公士から始まる爵位にも例外はある。人が生まれながらにして持っている神賜術かみのたまものの価値が高い場合だ。


 神賜術は生まれた時に身につけている個々が一つだけ所有する固有の超能力だ。神よりの恩寵と考えられており、日輪の国では特殊能力を神聖視する趣きがある。


 だから、優秀な神賜術を授かった者は二位の上造じょうぞうや三位の簪裊しんじょうを与えられるのだ。


「私は神賜術を授からなかったから……無爵位者への当たりが強くなるのも無理はないの」


 ところが、神賜術を蘭華は生まれた時に授からなかった。その為、爵位授与も行われず、彼女は無爵位者――賎民扱いされていた。


 賤民とは商人や罪人、浮民などの事である。


「爵位に心を縛られるなぞ人とは業の深き憐れな生き物よ」


 麒麟の一種である牡丹は仁を尊ぶ瑞獣である。だから、爵位を根拠に蘭華へ非道を働くまちの人々を理解できない。


「元来、身分とは秩序を維持する為のものじゃ。それを以て他者を虐げるは本来の目的に沿わぬだろうに」

「ふんっ、愚かしい」


 牡丹と違って白虎の芍薬は少々苛烈なところがあり、怒りを隠そうともしていない。が、今は猫の姿だけに迫力に欠け、何処か愛らしい。


 そんな芍薬に可笑おかしみを感じて蘭華は思わずくすりと笑った。


「そんなものでしか人の優劣を測れぬ愚者だから物事の本質が分からんのだ」


 笑われた芍薬は、むっとして威厳を取り戻そうと厳つい口調となったが、可愛い猫の外見では滑稽なだけである。


「だいたい、爵位の基準にしている神賜術かみのたまものだって、一部を除けば取るに足りぬ能力であろうに」


 神賜術は一つの能力しかないし多くは大して強くはない。だから、市井しせいの者で希少な神賜術を持って生まれる事例は殆どなく、大抵が一位の公士から始まる。


 強い能力を授かるのはたいてい貴族か皇族くらいだ。


「それに比べて蘭華の方術は多種多様の事象を引き起こせる上に強大ではないか」


 蘭華は神賜術の代わりに強大な魔力を持って生まれてきた。その力で五行を操り様々な事象を引き起こす方術と呼ばれる幅広い魔術を体得していた。


 蘭華のような方術を身に付けた者を『導士』と呼ぶ。


 導士の多くは医術や祈祷、結界の管理、妖魔あやかし退治などで生計を立てており、それは蘭華もまた同様であった。


 ちなみに宮廷に仕える導士は特に『方士ほうし』と呼び、在野の導士とは区別されている。


「そうだよね。能力の優劣で爵位を決めるなら蘭華はどうして爵位が貰えないのさ」


 芍薬の蘭華自慢に百合も乗っかってきた。


「それは神から何をたまわったかを重視しているからよ」


 多くの人は他人を測る確たる物差しを持たない。だからこそ神という絶対の裁定者の賜物を大切にするのである。それ故、神賜術かみのたまものを持たない蘭華は神から見放された不吉な存在なのだ。


「これ、蘭華が困っておろう。それくらいに致せ」


 牡丹が困惑する蘭華を見かねて百合と芍薬をたしなめた。


 自分の為に怒ってくれるのは嬉しいが、逆に蘭華は彼らを諌めねばならない。霊獣は強力であり、その怒りを人々へ向ければ災厄と変じてしまうからだ。


 そうなれば霊獣も妖魔あやかしも変わらない。


「ありがとう牡丹」

「いや、元は此奴こやつらが悪いのじゃ」


 本当は蘭華とて自分に対する理不尽に怒りと悲しみを抱いている。その気持ちを押し殺さねばならない彼女の苦しみを牡丹は察してくれたのだ。


「な、なあ、まちへ行くのはよさぬか」


 居た堪れなくなった芍薬が話題を転じようと的外れな提案をしだした。牡丹に指摘され自分が蘭華を追い詰めていると悟ったようだ。


「森の恵は豊富だぞ?」


 常夜の森は滅多に人が入らず荒らされていない為、その資源は有り余っている。


「食うものに困りはすまい」

「人間はそれだけでは生きていけないの」


 米はまだしも塩は絶対に必要だ。


「それにね、芍薬が何度も私の衣服に爪を立てたでしょう?」


 蘭華が上半身を捻り下裳スカートを僅かにひるがえしてみれば、至る所に穴やほつれが目立った。かなり痛んでしまっている。


「修繕用に糸や反物たんものも買わないと、そのうち私は裸で過ごさないといけなくなるわ」


 芍薬へ向けられた百合と牡丹の視線が冷たくなる。


「す、すまん、この姿だと猫の習性に囚われる故……」


 ばつが悪くなった芍薬は耳を横に倒してプイッと顔を背けたのだった。


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