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第49話 その第二王子、本当にフラれたんですか?

 ――あれは剣武魔闘祭が閉幕した次の日。


 エーリックは眠れない夜を過ごし最悪の気分で登校した。それと言うのも昨日の剣武魔闘祭での決勝戦後の出来事に頭を悩ませていたからだ。


 エーリックが何にそれほど思い悩んでいるのか……考えるまでもなくウェルシェの事しかない。


「もしかして……僕フラれた?」


 その考えが頑固な油汚れのように頭にこびりついて離れない。


 昨日の剣武魔闘祭剣闘の部決勝でエーリックはトレヴィルに敗れた。その後、ウェルシェが労いに来てくれたのだが、アイリスの邪魔が入ってしまったのだ。


「僕がはっきりしないせいで……」


 問題はその後に起きた。エーリックがアイリスに襲われ剥かれそうになっている間に、何故かウェルシェとトレヴィルが良い感じになっていたのだ。


「まさか愛想を尽かされちゃったとか?」


 まるで処刑台を前にした受刑者の如くエーリックは青ざめた。


 はっきり言ってエーリックにはウェルシェからフラれる心当たりがいっぱいある。


「ロオカ嬢との関係を疑われたのかも……それともトレヴィルに負けて幻滅された?……『弱っちいエーリック様なんて嫌い! やっぱり強くてカッコいいトレヴィル様の方がいいわ』とか……」


 考えれば考えるほど思考が悪い方へ傾く。

 ウェルシェに嫌われる最大の要因は何か?


「いや、まさか!?」


 最悪の事態へと回転するエーリックの灰色の脳細胞が恐ろしい予想を導き出した。


「ぼ、僕がウェルシェをエッチな目で見てたのがバレた!?」


 それはとっくの昔にバレバレである。

 バレてないと思う方がどうかしている。


 とまあ、ウェルシェが嫌われていないかと心配していた時、当のエーリックはウェルシェが悪いとはこれっぽっちも考えていなかった。


 寝ても覚めてもウェルシェウェルシェの彼は、99%ウェル成分シェいぶんで構成されているのだ。ウェルシェ無しでは既に生きていけない身体となっている。


 早急にウェルシェと仲直りしなければエーリックの命はない。だから、エーリックの中にはウェルシェが悪いという概念が存在しないのだ。


「学園に着いたらすぐウェルシェのところへ行って確認しなきゃ……だけど……」


 ウェルシェのいる特別クラスには件のトレヴィルもいる。


「どうしよう……もし二人が教室でラブい空気作ってたら……」


 ウェルシェがトレヴィルとキャッキャウフフなんてしてる現場を見たらもうエーリックは生きていけない!


 悲壮感たっぷりの重い足取りでエーリックは特別クラスまでやって来た。気が重いがエーリックは恐る恐る横開きの扉をスライドさせていく。


 そぉーっと中を覗けば教室には早朝にも関わらず既に半数以上の生徒達の談笑していた。その中にウェルシェもトレヴィルもいない。


「なんだいないのか………ははは、まあ、いないんじゃしょうがないよね……うん、しょうがないしょうがない」


 誰が聞いてるわけでもないのに、エーリックは言い訳をしながら一人で勝手に納得する。


「急ぎでもないし……よしまた今度にしよう」


 この王子、日和やがった。


「エーリック!」


 さて自分のクラスへ行こうとした時、背後からエーリックの肩を掴まれた。


「トレヴィル!?」


 振り返ったエーリックはどきりとした。一番会いたくない人物と遭遇してしまったのだから仕方がない。


「やあエーリック、ちょうど君のクラスへ行こうと思っていたんだ」

「僕のクラスにですか?」

「ああ、君に用があってね」


 まさかウェルシェと別れろとか、もうウェルシェは自分のものだとか言われるのではないだろうか?


 だが、トレヴィルはにこやかに笑った。いつもと雰囲気が違う。いつもの人を馬鹿にしたような嗤いではない。とても清々しい笑顔だった。別人なんじゃないかとエーリックが思ったほどである。


「ウェルシェの事なんだが……」

「ウェ、ウェルシェの!?」


 恐れていた事態にエーリックの心臓が止まりそうになる。


(ま、まさか、もうウェルシェとデキちゃったから諦めてくれとか?)


 挙動不審なエーリックにトレヴィルが不思議そうな顔をした。


「どうかしたかい?」

「い、いえ、それで……何でしょう?」

「ああ、ウェルシェの事でエーリックに謝りたくてね」


 トレヴィルが突然すまなかったと頭を下げた。


「もうウェルシェにちょっかいはかけない。いや、ウェルシェだけじゃない。他の女の子にもかけていた暗示を解く」

「暗示?」


 何も知らないエーリックは訳が分からず首を捻った。


「そう暗示だ……俺はこれから贖罪をしていこうと思う」


 トレヴィルはエーリックに自分の犯した罪を告白した。それは学園の未熟な令嬢達に暗示をかけて自分に好意を持つよう仕向けてきた事。


「まさかウェルシェにも!?」

「ああ、そうだ。ただ彼女はとてもガードが固く堕とすのにずいぶん時間がかかった。よっぽどエーリックを愛していたんだね」

「ウェルシェが僕を……」


 ちょっと喜ぶエーリック。とても単純な奴だ。


「それじゃ、もしかして昨日のは……」

「そう、やっとウェルシェが術中に陥ったんだ……が、それもあの女の叫び声一発で解けてしまったよ」

「カオロ嬢の?」


 ウェルシェを邪魔者扱いしていたアイリスがトレヴィルの術を破ってウェルシェを助けたのだ。何とも皮肉な話である。


「だけど、どうしてそんな話を僕に?」


 黙っていれば誰も気づかなかったはずだ。いったいどんな心境の変化なのだろうか。


「実はとある侍女に諭されてね」

「侍女にあなたが諭されて改心したと?」


 王子が一介の使用人の言葉に心を入れ替えるなど俄かには信じがたい。


「ああ、眼鏡をかけた黒髪の、とても美しい侍女だった」

「はあ、綺麗だったんですか」


 眼鏡、黒髪、美人、侍女のワードでエーリックは何となくカミラを想像した。


「ああ、彼女は笑顔も素敵だった」

「笑顔……ですか?」


 笑顔の単語に仏頂面のカミラじゃないなとエーリックは自分の推測を修正した。


「そう、同時に壮絶だった」

「壮絶って、笑顔がですか?」

「とても壮絶で恐ろしい笑顔だったんだ」


 美しい侍女に、素敵な笑顔、そこに壮絶だの恐ろしいだの何とも釣り合わない単語の組み合わせだ。


 エーリックは疑問に感じたが、トレヴィルは構わず続けた……更に驚愕の事実を!


「そう、彼女は俺の喉元に短剣を突きつけたんだ」

「なんですって!?」

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