「何あれ!?」
思わず素が飛び出してしまったウェルシェ。
彼女の鉄壁の猫の皮は並大抵のことでは剥がれない。ウェルシェ自身がカミラに豪語していたように。つまり、それ程この光景にウェルシェは驚いたのである。
「ウェルシェ?」
「あっ、いえ、何ですのあれは?」
慌てて取り繕うウェルシェの様子に
「あれがウェルシェとイーリヤ様に続くマルトニア学園三大美少女最後の1人『スリズィエの聖女』ことアイリス・カオロ男爵令嬢よ」
ねっ可愛い娘でしょ、と訊かれてウェルシェは反応に困った。
「いえ、まあ、可愛いかもしれませんが、私がお尋ねしているのは周囲の人達の方ですわ」
「ああ、あれね」
なんとベンチに座るピンク頭を中心に色とりどりの男達が群がっているのだ。
「あんなに男性とベタベタして……破廉恥ですわ」
「
ウェルシェは
いったい何人いるのかとひーふーみーと数えて途中で止めた。2人であろうと10人であろうと複数の男性と交友している事実の免罪符にはならない。
「刺激と言うより非常識に不快を覚えますわ。あれのどこが聖女なんですの?」
「男達からすると彼女は励ましの言葉で心を救ってくれる慈母のような女性なんだそうよ」
なんだそれは?
時に、言葉は人生を劇的に変える力を持つ。
それをウェルシェも否定するつもりはない。
だが、そんな事例は
それが本当ならアイリス・カオロが噂通りの聖女であるか、男達の悩みが薄っぺらかっただけのどちらかだろう。
「分別も無く殿方に囲まれて嬉しそうにしている姿からは聖女とは思えませんわ」
「まあねえ、男ってバカだから」
これは後者の方だなとウェルシェは呆れた。いや、アイリスが天性の詐欺師という可能性もありえるか。
「それにしてもカラフルで目がチカチカしますわ」
薄桃色のアイリスを囲む男性陣の髪が赤、白銀、青、緑、黒、金と多種多様に彩っている。
「ぷっ、くすくす、ウェルシェって気にするところが時々ズレてるわよね」
「そうですか?」
それにしても美男ばかり集めたものだと感心して眺めていたが、ウェルシェは顔ぶれの中にとんでもない大物を見つけて驚嘆した。
「彼女の隣りに座っている金はオーウェン殿下ではありませんか!?」
なんと我が国の第一王子にして次期国王のオーウェンが取り巻きの一人になっているではないか!
「殿下にはイーリヤ様と言う素晴らしい婚約者がいらっしゃるのに……」
「すっごいだらしない顔してるわよね」
せっかくの二枚目王子も台無しねとキャロルが笑うが、ウェルシェはあまりの事態に眩暈を覚えた。
「イーリヤ様はこの事をご存知なのかしら?」
「お忙しい方だから最近はあまり学園にいらしていないわ」
多くの習い事の他、商社の経営や王妃直々の教育も受けているイーリヤは多忙を極めている。学園生活を謳歌する余裕などないのだ。
「その不在を良い事にアイリス様と学園でイチャイチャしたり街へ繰り出したりしてるみたいよ」
「ご自分の婚約者が懸命に己を磨いていますのに、殿下は他の令嬢を侍らせて遊び回っているのですか」
オーウェンの愚かな振る舞いにウェルシェは頭が痛くなってきた。
「いったい殿下の側近は何をして……って、一緒になって彼女の取り巻きですか」
よく見れば周りを固めているのはオーウェンの側近ばかり。
当然、その側近の中にはキャロルの婚約者クラインもいる。
赤髪で精悍な顔つきの逞しい男性だったとウェルシェは記憶していたが……見ればその赤髪はだらしなく緩んだ表情で聖女様とやらを見つめている。
「愚行を諌めるのが側近の忠義でしょうに」
「聖女様と親交を深めるのは有意義なんだそうよ」
どうやら既にキャロルは婚約者に釘を刺したらしい。もっとも返ってきた答えは脳をお花畑で満たされたものみたいだったが。
「
「言われてみれば幾人か側近の方の姿が見えませんね」
将来を見据えてウェルシェはオーウェンの側近を全員把握している。国王や王妃が選定しただけあって優秀な人材が豊富なのだ。
しかし、レーキ・ノモ子爵令息やジョウジ・シキン伯爵令息などウェルシェが目をつけていた者達の姿がオーウェンの周りに見えない。
「……これは青田買いのチャンスね」
国王と王妃に先を越されてしまった
「え? ナニ?」
「あんなに有能な賢臣を退けるなんてオーウェン殿下は何を考えているのかしらと申したのですわ」
「ああ、アイリス様のお眼鏡に叶う美形でないとダメなんですって」
「えっ! 能力より顔ですの!?」
判断基準はまさかの顔面偏差値!?
「私がクラインを見捨てたくなる気持ちも分かるでしょ?」
自分の婚約者に対して心底呆れ顔のキャロルだったが、こればっかりはウェルシェも同意せざるを得なかった。