「やっぱ、ウェルシェが押しに弱そうな印象があるのが最大の問題なんじゃない?」
キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑である。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。
(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)
エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっているのはウェルシェ自身も理解はしている。だが、こればっかりはどうにもならない。
「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」
「ケヴィン・セギュル様の事ですか?」
その名を口に出したウェルシェは本当に嫌そうな顔をした。
「ホントにウェルシェはケヴィン先輩が嫌いよね」
「次期国王になるオーウェン殿下の側近だと、ご自分で
「まあ、私もちょっと苦手かな」
ケヴィンはセギュル侯爵の次男で、濡れ羽のような黒髪に
高位貴族の
だが、はっきり言ってウェルシェの好みではない。ウェルシェの好みは富をもたらしてくれるエーリックのような金髪碧眼の柔らかい美少年である。
「それに、ケヴィン様のように複数の女性を連れて歩く軽薄な方は大っ嫌いです」
「普段あまり他人の好悪を見せないウェルシェにしては珍しいわね」
キャロルの指摘にウェルシェもはっとなった。悪感情は相手に悟られないよう
「ふふふ、人を嫌うのは人を好きになる事に似てるのよ」
「なっ! キャロルは私があんな不真面目な殿方を好きだと仰るんですの?」
「今は嫌いでも未来は分からないわよ。嫌いは好きの始まりって言うでしょ?」
「あ、あり得ませんわ!」
ウェルシェは盛大に顔を顰めた。
「あらあらムキになっちゃって」
「もう! 単に生理的に受け付けないだけですわ」
「ウェルシェみたいな純なお嬢様はケヴィン先輩みたいなちょっと悪い男に反目しながら最後には惚れたりするから気をつけるのよ」
にっしっしっ、と
――か、可愛い……
普段は大人びている美少女が年相応の
「まあ冗談抜きにしてもウェルシェがあんな男に落とされるのは嫌だからね」
「だから絶対に無いですわ」
「ケヴィン先輩はすごく強引だから、優しくおっとりしたウェルシェが押し切られないか心配なのよ」
「だからあり得ませんわ。エーリック様との婚約は我がグロラッハ侯爵家の栄達がかかっております。セギュル家との縁に同等の価値があるとはとても思えません」
そして、ウェルシェにとって最大にあり得ない理由はこれだ。
同じ侯爵家でも
どこまで行ってもウェルシェはやはりウェルシェであった。
「夢見る少女のようなウェルシェが利己的な事を言うとは思わなかったわ」
キャロルは意外そうに目を大きく見開いた。
「何を仰いますの。私達は貴族令嬢。政略結婚は義務ですし、その結婚には領民達の生活と未来がかかっているのですわ」
「それじゃあウェルシェにとってエーリック殿下との婚約は政略的な意味しかないの?」
「えっ、それは……」
珍しくウェルシェは言い淀んだ。
いつもなら「もちろんお慕いしていますわ」と即答していたはずである。だが、エーリックの優しい笑顔が脳裏に浮かんだ瞬間、偽りの言葉を口にするのが
「ふーん……そっか」
「な、何ですの?」
きっぱりと断言できなかったウェルシェは、エーリックへの擬態がキャロルにバレたのかとドキリとした。
「ちょっと安心した。私が思っていたよりもウェルシェにとってエーリック殿下は重い存在だったんだなって」
だが、キャロルが漏らした感想はウェルシェが思いもしないものだった。
「ウェルシェにとって軽々しく言葉にできない存在なんでしょ?」
(私にとってエーリック様は……)
ウェルシェはエーリックを政略結婚の相手としか考えていない。今もそれは変わらないはずだった。
だが、キャロルの指摘に何かモヤモヤした割り切れないものが自分の胸の中で渦巻いた。
その想いの正体が分からずどのように扱ったらよいのか戸惑うウェルシェであった。