窓から夕陽が生徒会室に差し込んでいる。
栗田会長が生徒会室にあるホワイトボードにでかでかと本日の議題を書いている。
彼女の流れる黒髪のようにさらさらとホワイトボードに書かれていく文章。
端正な顔立ちの会長を表すかのようにその文字は達筆である。が、しかし、それが台無しといっていいタイトルだ。
嫌な予感をひしひしと感じてしまう。
この時点で会長を無理にでも止めに入ればよかったかもしれない。
「えーーー。では本日の議題。百合に挟まれても転生できるのか? を議論していきたいと思います」
始まった……。何回目だよ、その議論。
「では、中島くん。キミから意見を言ってもらおうか」
会長の名札が置かれている席で、栗田会長が名指しで指名してきた。
「ぼくですか? いや、転生どころか、読者からめった刺しにされるで終わりませんでした?」
そもそもキミからも何も、この生徒会室には、ぼくと会長しかいません。
学校行事のイベントも無いこの時期の暇な生徒会ですから。
そして、副会長や会計もいません。そりゃ当然です。やることないんで。
「確かにキミの言う通りかもしれん。中島くん」
じゃあ、もうこの議論終わりでいいじゃないか。机の下にしまってあるカバンの取っ手を掴む。このまま退出してしまおう。
「しかしだ。よーーーく聞いてほしい」
書記の名札が置かれた席から立ちそうになったところで呼び止められた。しょうがない……。続きを聞こう。
「はい。一応、聞かせてもらいます」
「では、言わせてもらおう。どっちにしろ、百合に挟まりに行くやつは死だ」
会長が胸を張っている。ただでさえ無い胸なのに。
しかし、それでも本当に無いよりかは遥かにマシだと思う。
「はい、その通りですね」
席に座り直し、カバンを机の下に収めた。会長の話をじっくり聞いてみよう。
「しかし、不可抗力で百合に挟まれることだってあるだろう」
確かに会長の言う通りだ。その点を考慮していなかった。
たまには良いことを言うものだ……。
「ちなみにどういったシチュエーションですか?」
「そうだな……」
あっ、これ、何も考えずに勢いで言ったな?
長い静寂が生徒会室に流れる。静かすぎる。耳が逆に痛い。これは渡し船を出したほうがいいのかもしれない。
「ぼくはパンを咥えた女子学生が曲がり角で男子にぶつかって……」
「ほほう。それは続きが楽しみだ」
会長のメガネがキラリと光っている。これは続きを間違えたら、何かが起きる……。
「そこから別の女子学生がダイブしてくるのを思い浮かべました」
「なんでやねーん!」
会長のつっこみとともに会長の席にあった湯飲み茶碗が勢いよく、こちらに向かって飛んでくるではないかっ!
両手で湯飲み茶碗をキャッチする。ふぅ、あぶな……。
「あっつぅぅぅい!」
油断した! なんでこんなにホットなお茶なんですか!
「ふっ。天罰が下ったな」
「何が天罰ですか! これは立派な人災です!」
会長は怪訝な表情になっている。いやこれほんと、人災ですからね?
「まあ、よかろう。状況の説明をしたまえ」
「はい……。ダイブしてきた女子っていうのはパンを咥えた女子を角待ちしてたんです」
「なるほど……。せんぱーい! と言いながら抱きついていったわけだな?」
わざわざ声を裏返して、せんぱーい! って言わないでください。笑っちゃいそうになったじゃないですか。
不覚にも笑いそうになったのをゴホンと咳をつくことで抑えておこう。そう、ゴホン!
「はい、そうです。ダイブしてきた女子。こちらは今世では一緒になれないと悲観しています」
「ふむ。手に凶器を持っていたとかそういうのか?」
「そうですね。で、それはパンを咥えた女の子には刺さらず、男子のほうにぐっさりと刺さったわけです」
「それは面白い。続けたまえ」
いや、これ以上、続けられませんよ? こっちも今、適当に言ってるだけですからね?
再び、生徒会室に静寂が訪れる。下手なヲチで決着をつけようものなら、また何か飛んでくるに違いない。
3分ほど考えてみた。これがウケルかわからない。でも言うしかあるまい。
「えっと……。天に召された男子はそこで女神に会うわけです。そこで、今生は百合に挟まれて死んだわけだが、お前は悪くないと」
「ふむ……」
会長は黙り込んでしまった。やはり、ヲチとしては弱すぎたのか?
「中島くん。言いたいことはわかるが……」
「はい。やっぱりヲチが弱かったですよね?」
「いや。それは構わないんだ。そもそもとして、挟まれるシチュエーション自体がな?」
じゃあ、続けたまえとか言うんじゃないよ! 今までの考察時間を返してくれ!
「まあまあ。キミが怒る理由もわかる。最初から練り直せと言ってることになるからな」
まったくもって、その通りだよ! いけそうな雰囲気を出さないでください!
「すまんすまん。では改めて、シチュエーションから考え直そうか」
「え? まだ、続けるつもりなんですか?」
おっと。つい本音が口に出てしまった。会長がしょんぼりとした悲しげな顔だ。
まったく……。
「わかりました。最初のシチュエーションから練り直しましょう」
「おおーーー。中島くん、ありがとう!」
本当、喜んでいるときの会長の顔は反則だ。
「では、改めて……。第3回。百合に挟まれた場合でも転生できるのか? いってみようか」
「はい。こうなればとことんお付き合いします」
「つ、付き合うだなんて……。まだマックで1回、食事しただけだろう!?」
「いや、何を勘違いしているんですか。会長、何か期待してました?」
会長の目が明らかに泳いでいる。いや、まあ会長の気持ちには気づいてはいるんですけど。
会長が書記のぼくと楽しくおしゃべりしたいのはわかります。ええ、わかりますとも。
ぼくも好きな会長とおしゃべりはしたいですよ。もちろん。
でも、いくら共通の話題が無いからと言って、百合に挟まれたら転生できるのか? で、ひっぱり続けるのは無理があると思います。
「あーーー。そのーーー。あーうー」
「会長。落ち着いてください」
「うーうーうー」
「会長!」
「は、はい!」
まったく……。自分の情けなさに腹が立つ。好きなら好きでさっさと告白してしまえばいいだけなのだ。
でも、こころに決めているんです。
「会長。前にも言いましたけど」
「なに?」
「会長は可愛いってこと自覚してください」
「そんなことないよ。私、中島くんに可愛いっていわれるほど、そんな努力もしてないよ」
ったく。これだから……。
「ぼくが会長に告白するのは、ぼくが会長に見合うほどの男になってからです」
「今でも中島くんは立派だよ」
「ダメです。学年でトップの成績の会長の彼氏が学年でちょうど中間の学力のぼくだと、釣り合わないんです」
「そっか……」
会長がすごく残念そうな顔をしている。こういう表情も映えるってずるいですよ。
「というわけで、会長にお願いがあります」
「なに?」
「変な議題で無理やりおしゃべりのネタを作るくらいなら、ぼくに勉強を教えてください」
「え?」
「ぼくの成績をあげてください。そしたら、会長との距離も縮まるし、会長との話題にも困らないとおもいます」
「なるほどー。中島くん、天才。それ、採用!」
かくして、会長とお付き合いするためのハードルを少しでも下げるために勉学に励んだ。
机がいくつもある生徒会室。
なのに隣には会長が座っている。
そして、熱心に勉強を教えてくれている。
だけど、ひとつ困ったことがある。
会長と距離がぐっと近くなったのは良いが……。
「あの。そのですね」
「うん? どうしたの、中島くん」
「いや、勉強を教えてもらうことになりましたけど……」
会長が首を傾げている。困った。本当に困った。
会長との距離が近くなったことで、胸の鼓動が激しくなってしまった。
会長の席と自分の席との距離感は適切だったと今更ながらに気づいてしまった。
「会長が可愛すぎて、勉強に身が入りません!」
「じゃあ、やっぱりやめとく?」
くーーー。会長の吐息まで届きそうな距離になってしまっただけで、自分がここまで動揺するとは考えもしていなかった。
ちなみに当然のことであるが、ぼくの学年順位は下がった。
「うーーーん。何が原因なんだろうな?」
「会長が可愛いのが原因です」
「そ、そう?」
「はい……」
なんで、変にハードルを高くしてしまったんだーーー!