目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第五話

「爵位、ですか」


 要は、貴族の地位に興味がないかということだろう。

 まいったな。更なる面倒事に巻き込まれている予感がする。


「しかし私は卑しい身分の生まれです。貴種に値するとは、とても」

「そう謙遜けんそんしなくともよい。今の話を聞いておれば、お前がただの筋肉馬鹿でないことぐらい、誰でも容易に想像できることだからの。またそればかりでなく、お前には見どころがある」


 まるで、こちらが断ることを想定していないかのような口ぶりだ。


「それに我が孫クルシカをとつがせるのであれば、尚更なおさらのことじゃろう。貴種であればどのような家格の者でも申し分は立つが、流石に平民とあってはお互い面子が立たんからの」


 あ、クルシカ嬢との結婚についてはもう既定路線なんですね……


「確かに、そうですね」

「であるかして、それら委細を先日皇帝陛下に上奏じょうそうした次第よ。陛下は二つ返事でお受けしてくださった」


 ちょっと待て! 帝国皇帝に奏上そうじょう? 

 では僕の返事に関わらず、クルシカ嬢との結婚は決まっていたということか。

 いつのまにか内堀が埋められていたことに、僕は愕然がくぜんとした。


「へ、陛下に?」

「悪く思うな。我が家は皇帝陛下とねんごろの身、婚姻を含めた重大事じゅうだいじを決めるには話を通さねばならん。それで、お主に爵位を授けることも決まっておる」

「それで、どのような?」


 自分が蚊帳の外だったことに憮然ぶぜんとする気持ちがないわけではない。

 とはいえ、字面じづらだけ追えば決して悪い話でもない。

 騎士にじょされるのであれば箔もつくし、国からの給金も出るからだ。

 これまでのように自由気ままな冒険者稼業はできなくなるだろうが、その点は致し方ない。


「うむ、アストラだ。どうだ、素晴らしいだろう。辺境伯の創家など、めったにないことだぞ?」


 ……今、なんて言った?

 へ、辺境伯? 辺境伯って、あの辺境伯か。

 僕は思わず自分の耳を疑った。


「辺境伯というと……帝都から遠く離れた広大な土地の防衛と支配を任され、小国の君主と同等の権威を有するという、あの?」

「おいおい、それ以外に何がある」


 平民にそんな地位を与えるなんて、一体皇帝陛下は何を考えているんだ。

 いや、それよりミレイ卿か。辺境伯の創家などという大事を皇帝に認めさせるなんて。一体裏でどんなコネを使ったんだ。


「恐れながら、アストラ辺境伯というのは――」

「うむ。新たに設けられた爵位ゆえ、お前が知らぬのも無理はあるまい。帝都より北に馬車で二月にある土地だ」


 帝都から馬車で北に二月ふたつき? 

 そこって、辺り一面荒野の広がるド田舎じゃねーか!


「もとは陛下直轄の領地であったが、これまで管理の行き届いていない地であったゆえ、この度お前に下賜かしされることが決まったのだ。陛下はお前にその地の開拓を任せるとおっしゃった。できるな?」


 ハメられた! 笑顔が引きつるのが自分でもわかった。

 こんな状況で、出来ないなんて言えるわけがない。

 この爺さんそれを分かったうえで、こちらに無理難題を押し付けてきやがったのだ。


 全く貴族というやつは、これだから困る。転んでもただでは起きない奴らだ。

 しかしそれが分かったからといって、この場を切り抜ける上策じょうさくが思いつくわけでもない。


 一体全体、どうしてこうなった?

 クルシカ嬢の命を救った僕の選択が間違っていたのだろうか。

 ……いや、そんなことはない。

 この世界において正しい道などないと、いつも自分に言い聞かせているではないか。


 『お前は将来、どうやって生きていくつもりなのだ?』

 この世界に生まれてからというもの、幾人かの人物に同じことを尋ねられた。

 この世界での実の両親、生まれた村の村長、そして何人かの冒険者仲間。

 僕はその時の気分によって、いろいろな返事をした。

 たとえなんでもできたとしても、実際にはどれもする気がなかった。

 冒険者として日雇いの仕事をして、その日一日を乗り切ればそれでいいと思っていた。

 ……案外、それで楽しかったし。


 だが、まさか辺境伯とは。

 貴種として人びとを導くなど、想像だにしていなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここまでご覧いただき、ありがとうございます!

『面白い!』と感じましたら、続きを書き進める励みになりますので、ぜひ「星レビュー」、「ブックマーク」、「コメント」などでご支援のほどよろしくお願いします! 

『つまらない』と感じた方も、その旨ご指摘頂けると良い作品を作る参考になりますので、ぜひご協力のほどよろしくお願いします!

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?