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シットダウン
真里谷
SFSFコレクション
2024年10月13日
公開日
3,063文字
完結
クソが降ってくる、クソみたいな物語。

シットダウン

地球人類は、今まさにクソみてえな滅亡の時を迎えんとしていた。もっとも、その原因は、彼らの常識において判断される原因によってではなかった。


無理からぬ話である。まだ火星にも到達していない地球に、すでに超光速航行を達成している文明の大艦隊がやってきたのだから。いわゆる「とてつもない技術格差のあるエイリアンの襲来」シナリオなわけであるから、彼らが友好的でない場合は地球の全国家が団結したとて敵わない。それどころか、地球という惑星ごと破壊されかねない未来さえ、多くの人々が考えた。


艦隊は地球のあちこちに現れており、地球の現生人類を含め、あらゆる生命を見下しているかのようだった。あらゆる通信の試みが行われるも、それらはことごとく不調に終わった。一方で、一部国家による攻撃が不首尾に終わった後も反撃の気配がなかったため、あるいは交渉の余地があるのではと期待が高まり始めた。


クソが、降ってきた。


そう、先述のとおりだ。地球外生命体のものか、それとも艦隊の中で家畜的なものを飼育しているのか。少なくとも、地球の科学力で分析する限りは「人糞に限りなく近いもの」が、世界中に一斉に降り注いだ。


「このままでは、約48時間で地表はクソまみれです。われわれは糞便の地層によって、エトナ火山の噴火に遭遇したポンペイのようになるでしょう。あ、これは、ネットスラングで言うところのぽんぽんぺいんと掛けました」


あまりに絶望的な状況に、普段は決して公的な場での冗談など言わない学者でさえ、このように発言した。それは世界中で起きた。「痛い」と「かゆい」をあわせて「痛痒」と書き、その苦痛の度合いを表すが、未来には「臭痛痒」という新語が生まれるであろうことも予感されるほどだ。


だが、今のところは人類が生き残れる公算はない。国際宇宙ステーションの滞在人員は運良く長生きできるが、それも限界がある。永住できる生活拠点ではないのだ。滞在する宇宙飛行士たちは、「見えてるか、みんな。ヒューストン(Houston)がプーストン(Pooston)になっていくぜ!」というNASAの管制官の狂った声を、絶望的に聞き届けるしかなかった。ちなみに、"Poo"という赤ちゃん言葉の「うんち」など、かわいいものだった。そのプーにまみれて死ぬのだ。完全に公平で、徹底的に平等に。


ところが、クソが止まった。


「すみません。成長中の知的生命体がいるとは思わなくて」


艦隊の法務責任者と名乗るそれは、本当に申し訳なさそうな語調で、流暢に喋った。この生命体の科学の賜物か、それはあらゆる人々が知覚できる言語、さらに言語を介さない障害を持つ人や、言語を持たぬ生命にも意味が通じるよう、最適化された振動として、地球の隅々にまで届けられているようだった。なお、法務責任者の見た目は、地球人類と比較するとは似ても似つかぬ、二桁はある眼球、長さや太さが不統一な複数の腕、これらを備えた緑色の脳みそのような姿をしていた。


「天の川銀河における統一法では、各星系の第三惑星が便所なのです。しかし、どなたかが我々の排出したものを『ヤケクソ』にしたことで、ようやく事態を把握しました」


これは狂乱した何者かが核攻撃を行おうとしたところ、山積した糞便は特殊な物質を含んでいたために射撃管制プログラムが誤作動を起こし、保有する核弾頭の自爆を招いた出来事だった。皮肉にも、地球人類を滅亡させると言われ続けていた熱核戦力が、今この時ばかりは知性の証明になったわけである。


天国か地獄かにいるロバート・オッペンハイマーが聞いたとしたら、再び『バガヴァッド・ギーター』の引用を試みたかもしれないが、それよりはハイヌウェレ型神話を引用することをリチャード・ファインマンあたりが勧めることだろう。


「貴方がたの文明水準に基づき、本件に関する救済が実施されます。折り悪しく、貴方がたはわれわれによく似ていて、排泄物が排泄物のようですので……」


生き残っていた人類のどれだけが、「どう見ても似ていない」とツッコミの心を持ち、さらに口に出せただろう。そもそも、猛烈な糞便の投下によって世界地図が一変するレベルの災害が発生していた。


それでも、生命反応が確認できることを理由に、「救済」の内容が法令ならびに附則として読み上げられた。


さて、ここで天国か地獄にいるであろうファインマン氏は、自らの軽口について後悔することになるのである。


地球人類は史上最大の災害によって劇的に数を減らしていたが、高所に暮らしていた民族などを中心に、糞便やそれによって起きた「クソ高潮」から生き残った者たちもいた。かつて、フン族はユーラシア大陸を席巻し、世界史に多大な影響を与えたが、今や生き残りの人類こそが「糞族」となり、激変した地球環境で命をつないでいかなければならなかった。


したがって、太陽系外からの来訪者たちは、「補償としての現環境への適応施術」を地球のあらゆる生命に施した。


「幸い、あなたがたは遺伝子工学の入口に立っていたようです。おかげで、手続きを無駄なく進めることができました」


かつて、地球のとある作家が、『最高級有機質肥料』という強烈な短編小説を書いたことがある。


事実、宇宙には多様な生命体が生息しており、今回の悲劇は「地球人類と似た形質の知的生命体が『法に則った排泄物の処理』」を「未開の惑星」に行ったことが原因であった。非常に稀なる不幸なケースではあるが、今回のインシデントは直ちに新たな法整備のための貴重な事案として活用されるだろう。


少なくとも、それを約するくらいには、その宇宙人は社交的だった。そうして、生き残った地球人類は、爆発的な繁栄を遂げるための改良が施されたのである。


なぜなら、生まれ変わった人類の目の前には、「食べるだけで猛烈な知性と繁殖力が手に入る栄養源」が無数にあるのだ。かつて「クソ」と呼ばれていた何者かの糞便、すなわち過去の自分たちに似た存在の排泄物は、今や人類にとって無くてはならないエネルギー源となった。


生き残った人々は、感謝した。本来であれば、恨みを持ったろう。だが、そうしなかった。協同し、新たな文明を再構築する。もはや言葉さえも不要であり、野性と理性の調和した未来を目指すのだ。


もし、「野蛮だった時期の名残り」で、憤怒が脳を支配しそうな時があったとする。人類は立ち止まり、座り込んで考えるようになった。それは奇しくも、かつてオーギュスト・ロダンが『地獄の門』の一部として製作した『考える人』の姿に酷似していた。


それでも、やがて新生した人類が宇宙に飛び出て、亜光速航行から超光速航行まで技術を発展させ、かつて助けてくれた生命体のようになろうとした時に気づくことになるのだ。


たとえ作り変えられたとはいえ、自分たちもまた、どこかの星系の第三惑星に「新しく糞便に相当するようになった排泄物」を投棄しなければならないことに。あるいは、それが進んだ文明であれば、「同族ならざれば、戦って奪いたるは生命倫理に抵触するはずもない」という考え方のもとで、正しく血を血で洗う闘争の時が戻ってくるだろう。


まだ、地球のかつてクソだったものの上で、ひとりの天才はそれを予期していた。それは、どうしようもないことだった。人間は、腰を下ろしているわけにはいかない。いつかは立ち上がり、歩いていく。少なくとも、血と肉と有機体で構成されているあいだは、そうある他ない。


その天才はまた溜息をついて、総排泄腔から排泄物をトイレに吐き出し、「中腕」と呼ばれる三本目の腕でドアを開け、現実へと戻っていった。

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