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第34話

 彼女は何も言わなかった。

 増山敬一郎はニヒルな笑みを浮かべる。


「どおした? え? 何もできないか、ユウ・ルーチンハーグ! そうだよなあ、幾ら『組織』で天才と呼ばれていたお前であっても、この状況を脱することは難しいだろう! あの魔術師が行こうたってそう簡単にコンパイルキューブのパワーをオフにすることは出来ない!」

「そうだろうか? 君は若い世代を少々甘く見過ぎていると思うよ。若い世代は君が思っている以上に、私たちが若い時よりも強くなっている。それは魔術師としてコンパイルキューブに触れる時間が長くなっているからだ」

「いいや、そんなことは有り得ない。若い人間は軟弱者ばかりだ。どうした? 『弱い』魔術師ばかりと慣れ親しんだせいで思考が鈍ったか?」


 それを聞いたユウは高笑いをする。


「思考が鈍った――か。君らしい考えだ。だが、あいにくそのようなことは無い。思考はずっと正常だよ。寧ろ鈍ったのは君の方だ、増山敬一郎。若い力に負けたくないがゆえに、このようなちんけな装置を開発したのだろう? 戦うなら、自分一人の力で戦ってみたらどうだ」


 再度増山敬一郎はユウの頬を叩く。


「五月蠅い。五月蠅い、五月蠅い!」


 叩く。叩く。叩く。彼女の頬が赤くなり、青くなっていく。


「……君は何もできないんだよ、解っているのか! 魔術師は一人の精神力にそのパワーランキングが比例する形になる。即ち君は精神力が多い、精神力が高いことになる。だが、一人では限界がある。だから! 精神力を複数の人間から集めたということだ。使われる人間も喜んでいるよ、自分たちに役割を見出すことが出来たのだからね!」

「……何を言っているの?」


 ユウは立ち上がる。

 彼女の精神力は自らの精神を保つ程――そのギリギリのラインしかなかった。

 寧ろ、彼女はもう気合で立っていると言ってもいいだろう。


「あなたは間違っている。あなたは考えていない! 自分の事しか考えられていないのよ。役割をもっていない人間が、その役割を見出すことが出来る? 何を言っているの。この世界に役割をもっていない人間なんて誰一人としていないわ。そして! あなたがそういう役割を持つ権利なんて無い!」

「ほざいていろ。どちらにせよ――貴様には何もできない」


 コンパイルキューブに口を寄せる。

 彼女はもう限界だった。精神力が底を尽き、せいぜいあと一発撃てるか撃てないか程度の魔力しか残っちゃいなかった。



 ――その時だった。



 巨大な黒き筐――増山敬一郎のコンパイルキューブから常時発せられていた振動が停止した。


「!? どういうことだ!」


 増山敬一郎は振り返る。コンパイルキューブは停止して、何も言わない。


「まさか……いや、そんなことは有り得ない! コンパイルキューブが停止しただと!? ハイドはどうした、エレーヌはどうした? あいつらが簡単にやられるはずが……!」

「だから言ったでしょう――」

「ej・ei・fr・et・ff」

「――若い力は、すぐそこまで来ている!」


 轟! と凄まじい炎が増山敬一郎目掛けて発射される。

 増山敬一郎はその勢いを抑え込められずに――そのまま炎に巻き込まれた。


「ぐあああああああああ!?」

「どうやら、間に合ったようですね」


 ユウの隣に立ったのは夢実だった。


「ええ。そうねえ。それにしても、案外ストレートな魔術を使ったものね、香月クンも。それとも余程怒りが溜まっていたのだろうねえ」


 ユウは冷静に判断する。

 未だに増山敬一郎の悲鳴は聞こえてくるが、炎の勢いが増していくにつれてその声も次第に静かになっていく。


「……いずれにせよ、これでホワイトエビルも終わりだ。何と言うか、あっけない結末だった。ほんとうにこいつは最強の魔術師だったのか?」

「彼は最強だよ。……ただし、それは『どんな手を使ってでも』という条件付きになるがね。どんな姑息な手を使っても、彼は戦いを制する。それが増山敬一郎という人間だった。だから、彼はこのような手を使って、魔術師の戦いを制そうと考えたのだろうね。だが――それがご覧のありさまだ。増山敬一郎、最後の最後まで自分を貫いた魔術師だったというわけだ」


 ユウはゆっくりと立ち上がり、踵を返す。

 そこにはたくさんの人間が立っていた。

 木崎湾飛行機事故の死亡者『と言われていた』人間二百十六名。

 そしてその先頭には――。


「お父……さん? あと、お母さんも……」


 香月と夢実の両親、柊木夢月と柊木香が立っていた。

 十年前のあの姿と――まったく変わらない形で、彼らは立っていた。

 香月と夢実は泣きそうになって、そのまま駆け出した。




 親子は晴れて――十年ぶりの再会を果たしたのだった。


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