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第31話

「貴様――っ!」


 香月は我慢できなかった。

 香月は拳をふるって、増山敬一郎の元へ走る――!



 ――だが。



「甘いな、甘い。それが若き最強の魔術師、柊木香月の実力か。だとすれば、最弱だよ。最低だとも言っていい。父上と母上が悲しむぞ?」


 彼の腕は、増山敬一郎に抑え込められていた。

 それも右手だけ、しかも人差し指だけだ。


「馬鹿……な?」

「考えてみろ、目の前にある巨大な黒き筐を。その筐は何だ? コンパイルキューブだろう? コンパイルキューブは自動的に僕に魔力を注ぎ込むようになっている。だから、倒すことなど出来やしないのだよ」


 香月は一旦離れる。

 増山敬一郎は両手を掲げる。同時にコンパイルキューブが鈍い音を立てて唸りを上げる。


「コンパイルキューブを使うことが出来る、僕こそが最強! 対して貴様はコンパイルキューブを奪われて、何もすることの出来ない最弱! お前と僕の差は、決定的なんだよ!」

「……」


 香月は何も言えなかった。


「本当ならば君を我々ホワイトエビルに引き入れたかったが……致し方ない。そう思うのであれば、さっさと死ね」


 短い詠唱だった。

 増山敬一郎の頭上に現れたのは氷塊。

 香月の身体の何倍もの大きさの、大きな氷塊が不気味に浮いていた。


「――軟弱者には、死を」


 そして、香月の頭上に氷塊が落下する――。



「そこまでだよ、増山敬一郎」



 香月の頭上にシールドが展開された。

 緑色の薄膜だったが、それでも氷塊の方が力負けして粉々になる程の強度があるらしい。


「え……?」


 香月と春歌は完全に死を意識していた。そして、それを待ち構えていた。

 だが、死ぬことは無かった。

 香月の目の前には、銀髪の白衣を着た女性が立っていた。

 振り返り、微笑む。


「どうした、柊木香月らしくない。それとも君はこのような場所でやられるような魔術師だったのかね?」

「はっはあ! 柊木香月をおびき寄せたら、こんな大物が引っかかるとはね! ユウ・ルーチンハーグ! ヘテロダインのボスであり神出鬼没の『天才』が、こんな罠に引っかかるとは思いもしなかったよ!」

「……五月蠅い。それよりも、これはどういうことかしら? 増山敬一郎。あなた、人間がやっていいことと悪いことの分別もつかなくなったのかしら? 魔術師は、そんな頭の悪い人間では無かったと思ったけれど」


 香月の目の前に立っていたのはユウ・ルーチンハーグだった。


「ホワイトエビルの『行動』は君の監視下にあったのではないかい? 僕はそうだと聞いているけれど。実際問題、そんなことをしているのは想像の範囲内だったよ。ユウ・ルーチンハーグは『組織』では優秀だったからね。それくらいの芸当が出来ても、何ら不思議では無い」

「……私のことを高く買っているようだけれど。手加減はしないよ?」

「寧ろして欲しくないね。そういうおべっかを嫌うのがほかでもないユウ・ルーチンハーグだ。君の特徴でもあり欠点とも言えるだろうねえ」


 増山敬一郎は両手を広げ、首を振った。


「さあ、行きなさい。柊木夢実、そして香月クン。もちろん、春歌ちゃんも」


 突然名前を呼ばれた三人は、理解出来ずユウの背中を見る。

 ユウは魔術結界を行使したまま、振り返る。


「あなたたち、もう見て解っているでしょうけれど、コンパイルキューブは人間の精神力を使っている。それは即ち、精神力を吸い取られているだけの人間が格納されている空間があるということ。だから急いで探してきて! あのコンパイルキューブを止めないと、私も正直に時間ともたないでしょうね」

「了解」


 短く答えて香月は立ち上がる。

 春歌も頷き、最終的に夢実とともに背後の廊下に向かうため踵を返す。


「僕が素直に彼らを見逃すとでも?」

「ああ、一応言っておくけれどこちら(ヘテロダイン)も本気でね? 出来る限りの魔術師勢力をこちらに連れてきた。その意味が解るね?」

「ヘテロダインとホワイトエビル……全面抗争をするか。それもいいだろう。だが、最後に笑っているのはどっちだろうね?」


 ユウは微笑む。


「――それは神のみぞ知る、ってやつだ」


 そして彼女は魔術結界を逆流――増山敬一郎に反撃を開始した。


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