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第29話

「そ、そうですよね。確かにそうです……。あーあ、実はこの扉が開いてくれているなんてこと無いかなぁ」

「そんなことあるはずが無いだろ。間違っていても、断じて有り得ない」


 春歌の言葉を直ぐに否定する香月。


「もう! 解らないじゃないですか。もしかしたら開いている可能性だってありますよ! 扉にきちんと触れるまで、まだ鍵がかかっているかかかっていないか解らないですからね!」

「なんだそれ……、シュレーディンガーの猫じゃあるまいし」


 シュレーディンガーの猫と聞いて春歌は首を傾げたが、香月は特に説明することなどしなかった。別にする必要も無く、考える必要も無かったからだ。



 ――別に説明することが無いと解った春歌は再び話を続ける。



「あー、さっきの子……夢実さんでしたっけ? 彼女が扉の鍵を開けているなんてことあり得ませんかねえ……」

「有り得ないだろ、幾らなんでもそんなことは考えられない。そんなことをしたら意味が無いし、彼女が処罰されるのだぞ? こちらは捕虜で、あっちは正社員みたいなものだ」

「どうして正社員だけまともな観念で話をしたんですか……?」


 魔術師組織の構成員、と言うのはとても言い辛いだろう? と香月は言って扉のほうに近付く。


「まあ、一応……確認だけな。それだけはしておこう」


 そして彼はドアノブに手をかけて、手前に引いた。



 ――扉は抵抗することなく、ゆっくりと開き始めた。



「……は?」


 それは彼にとっても予想外のことだった。

 そんなことは有り得ないと思っていた。信じられないと思っていた。

 だからこそ、そんな間抜けな声を上げてしまったのだろう。


「やった! 開いていますよ! まさか、ほんとうに彼女が開けていてくれたなんて!」


 ほんとうにそうなのだろうか――香月はそう思ったが、取り敢えず外へ出るためにはそれしか手段が無いのも事実であった。

 そこで考えても何も変わらない――そう思った彼は、ひとまずそのチャンスを有効活用することとした。



 ◇◇◇



「柊木夢実、ボスがお呼びだよ」


 夢実はそれを聞いて溜息を吐いた。どうせ呼ばれるだろうと思っていたからだ。それだけの行動をしたからだ。しかしあまりにも明らかになるのが早すぎる。まるで『眼』があったかのように。

 その声がかかったのは井坂の部下である|延島(のべしま)であった。延島は女性だ。だからといってガールズトークが弾むわけでもなく、殆ど井坂と一緒に居る。噂によれば井坂と付き合っているのではないかと言われている程。


「何か、変なことを考えていません?」

「え? 何ですか。知りませんよ。それで、何を考えているんでしたっけ?」

「違う! そんなことを言っているわけでは無い! 私が言ったのはボスが呼んでいるということ、ただそれだけだ!」

「ああ、ボスが。はい、解りました、今向かうので伝えていただいていいですか? 少し用事を済ませてから行く、と」

「いや、その必要はない」


 背後に気配を感じたが――あまりにも遅すぎた。

 刹那、彼女の身体がノーバウンドで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 その時間、僅か一秒。


「がは……っ!」


 彼女は床に倒れる。

 それを見るべく、近付く男。

 その声は誰の声だか解っていた。


「君、やってはいけないことをしたね? 認識しているかい?」

「増山……敬一郎……!」

「おやおや、君はわすれてしまったのかい? 僕のことをここではなんと呼ぶのか……ボスだよ、ボス。それを忘れてしまっては困るねえ。僕の名前を憶えて居ることに関しては、まだ僕のことを認識しているという考えでいいのかな?」

「五月蠅い! 私の両親を殺して、なおかつ『あれ』に使ったくせに! お前は人間じゃない、人間の皮を被ったバケモノだ!」

「バケモノ、とは」


 溜息を吐く増山敬一郎。


「まったくもってその言葉には反吐が出るよ。この世界にはエネルギー問題ということが着いて回る。それをどうすればいいのか……そう考えたときに出てきたロストテクノロジー……、それがコンパイルキューブだった。それを使わない手は無いだろう? 残念ながら電気や水道、ガスといった現在のパイプラインをそのまま拡大することは出来ない。いずれも資源が必要となるからだ。電気ならば火力発電を行うための燃料、原子力発電は……出来なくなってしまったから割愛するとしようか。太陽光発電や風力発電などのエコエネルギーに力を注いでいるけれど、残念ながらその普及率も低い。ならば、どうすればいいか?」


 踵を返し、増山敬一郎は夢実に背中を向けた。

 敵を倒すことの出来る、千載一遇のチャンスだ。

 だが、彼女はコンパイルキューブを取り出すことすらできなかった。

 増山敬一郎を倒すことの出来るヴィジョンが浮かばなかったからだ。


「考えられたのは、精神力だよ、精神力を魔力に変換コンパイルすることの出来るロストテクノロジー。それを使おうと考えたわけだ。しかしながら魔力は大変使い勝手が悪い。魔力だけでは何も出来ない。それを『魔術』で行使しない限り、魔力は何の意味も持たない。この意味が解るか? 魔力というのは選ばれた人間にしか、その使い方を知ることも出来ないし、仮に知ったとしても使うことが出来ないということだよ。これは素晴らしいことだ。なぜなら、私たち人間が最後に遺されたエネルギーなのだから」

「エネルギー……? エネルギー問題を解決だとか、そんな正論を述べておいて、実際はあなたの帝国を作るための布石にするのでしょう? コンパイルキューブを使うことで魔術を行使できるのならば、それを応用して軍隊だって作ることが出来る。それこそ、魔力の問題さえ解決すれば」


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