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第26話

 地下へと続く階段をゆっくりと下りていく香月と春歌。


「ほんとうにここに何か眠っているんですか……?」


 訊ねる春歌に香月は頷く。


「ああ、その通りだ。ここに謎の空間がある。それが生まれた理由はまったくもって理解不明だが……。それについては、きっと施設に入った段階で理解できるだろう。たぶん」

「ひどく曖昧な言い回しですけれど、大丈夫なんですよね? ですよね?」


 春歌の質問に香月は答えない。

 それに不安がる彼女だったが、仕方なく彼に従って階段を下り続けることとした。

 そこに何があるのか――何も分からなかった。



 ◇◇◇



 ゴウン、ゴウンという音が地下室の空気を覆い尽くしていた。

 その音は機械が駆動している音そのものであり、その機械が駆動しなければこの空間の意味を失ってしまうほど、重要なものだった。


「……そうだとしても、さ。五月蝿いったらありゃしないよ。この音」


 薄いブルーのショートカットをした少女が、鼻歌を歌いながら通路を歩いていた。

 その傍らには一人の青年も歩く。青年は少女より頭ひとつ分大きい。白衣を着ているがその白衣も皺だらけで、お世辞にもかっこいいとはいえない。


「君の言いたいことも解る。だが、これは上の決めたことだ。上の決めたことには逆らっていけないことくらい君も理解していると思っていたけれどね」

「それくらい……知っているわよ。だけれど、私が言っているのは騒音問題。これ、絶対電車が相反して通過しているときよりも大きい騒音だとおもうけれど。こんなところでぐっすり眠れるわけがないじゃない」

「ノンレム睡眠ならば、問題ないのではないかな?」


 どうだか、と言って少女は会話を終了する。

 少女と青年は再び何も言うことなく通路を歩いていく。

 通路の壁には時折ランプのようなものがつけられており、それが赤色であったり青色であったり、様々な色で点滅していた。


「……どうやら順調にエネルギーを溜め込んでいるらしい。流石だね、伊達に資金を注ぎ込んでいない」

「いったいいくら注ぎ込んだの?」

「そうだね。ひとつの大手企業、それも二千人規模の企業が売り上げる金額程度といえばいいか」

「ざっと一千億?」

「それくらいかな」


 うわおー、と両手を挙げていかにもオーバーなリアクションをとる少女。

 対してメガネの位置を直すだけというクールな態度を貫く青年。

 二人の態度は対極的であったが、しかし不思議とそれは合致しているようにも思えた。


「それにしてもおじいちゃんも大変だよねー。あんな巨大なものをこちらで作ろうだなんて、さ。まだあの技術って完全に解明できていないんじゃなかったっけ?」

「仕方ありません。そう言われたのはほかでもない『あの方』です。私たちがどうこう言っても何も変わりませんよ。せいぜい命令違反だといわれて殺されるのがオチです」

「つまんないのー。それでも魔術師なわけ?」


 くるくると回転して、青年のほうを向く少女。

 それを聞いて溜息を吐く青年。


「ほんとうにあなたには振り回されっぱなしです。かつては世界を破滅に導いたというものを、人間が扱えるかもしれないという実験ですよ? それについて何も考えないのですか、あなたは」

「考えるも何も、ただの模倣品じゃない。かつての人間が作り上げたオーバーテクノロジーを現代風にアレンジしただけ。あとは何も変わらない。それについて何を言えばいいわけ? 一から百を作るより、零かから一を作ったほうが賞賛されるに決まっているじゃない」

「そりゃ当然そうだ。けれど、アレンジが成功したのだから少しくらい嬉しく思ってもいいのではないかい? 或いは素晴らしー! とかかっこいー! とかの一言でも言ってくれれば、今後頑張ることができるというものだよ」

「はいはいがんばってねー。これでいい?」

「何だろう! 思っていた温度とぜんっぜんちがう! 温度差がぱない!」


 通路の終わりが見えてきたのは、そのときだった。


「ほら、見えてきたよ。終わり。そろそろ最終チェックに入るのでしょう?」

「ん。ああ、そうだった。そうだよ、もうすぐ終わるのだよ! 完成する、と言ってもいい。それがまさかこんなにも時間がかかるとは思いもしなかった! まあ、その分素晴らしい出来に仕上がったのだけれどね!」


 通路を抜けたその先にあったのは――巨大な箱だった。

 一辺が二十メートル以上ある、黒い巨大な箱。それがゴウンゴウンと音を立てて駆動している。

 それを見上げて、少女は呟く。


「何度見ても思うけれど……圧巻よね、これ。こんなものよく開発出来たと思うわ」

「そりゃこの箱を作るまでに時間がかかったからね。ざっと……五年程度かな? もしかしたらそれ以上かかっているかもしれない。何度もリテイクがかかったからね。いやあ、それにしても大変だった。休んでもいいよね?」

「整備とかどーすんのよ」

「それは専門スタッフがいるから。僕は開発と研究をしたまでのこと! さあ、僕は仮眠室に横になるんだー! 昨日から寝ていないし!」


 そんなハイテンション白衣はさておき、少女は再びそれを見つめた。

 巨大な箱には何本もの線が接続されていた。その線はどれも機械に接続されている。機械にはエネルギー充填率などのパラメータが可視化されており、その場で見ることが出来る。

 そんな巨大な箱の前から急いで立ち去りたいのか、少しだけ歩調を早めて、少女は呟いた。


「……それにしてもこんな巨大な箱を作って、何がしたいのかしら。ま、それはボスのみぞ知る、のかもしれないけれどね」


 そして彼女は壁にいくつもある扉のひとつに入っていった。

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