「果、さん」
春歌は目の前に立っていた果の姿を見て、呟いた。
「果さん、あなたが言ったのか」
香月は苛立ちを隠さなかった。あえて隠さなかったのかもしれない。明らかに怒りを表面化していた。
香月は一歩果の方に近付く。
「おお、怖い。……君がそんな風に明らかな敵意をむき出しにしていたのは数年ぶりかな?」
「そんなことを言っている場合では無い。あなたが言ったことは、僕にとって隠し事であるということ。解っているね? 信頼を失ったということにも言えるということを」
「そりゃ解っているよ。解っているうえであの発言をしたのだから。二人で記憶を共有したのだから」
「記憶を共有した?」
「だって、あなたは彼女を魔術師に仕立てあげるのでしょう? 彼女の『目』さえあれば、もしかしたら最強の魔術師になるかもしれない。あなたはそう思って……魔術師にさせる道を選択したのでしょう?」
「そのためには僕の忌まわしき記憶を共有する必要があったのか……? 忘れて居たかったのに、ほかの人には騒いでほしくなかったのに」
「残念ながら、その通りよ」
果は溜息を吐いた。
未だ香月は果の言葉の意味が理解出来なかった。そもそも彼女は少ない言葉で大量の情報を伝えたがる人間だった。時間が無いときはそれでも問題無いのだが、端折る場所があまりにも解らないくらい自然なので、会話が成立しない時もある。
彼女曰く、魔術師だった頃の名残だと言うが、そうだとしてもその仮説が成り立つことは厳しい。
言葉が伝わらないということはコミュニケーションが成立しない、ということと同義だ。仲間意識が強い魔術師組織でそのようなことは御法度である。何をされるか解ったものではない。
「……敢えて言葉を付け足すならば、あなたは彼女を強くするために、あなたの凡てをさらけ出す必要がある。どこの馬の骨とも知らない奴よりも若干気心の知られた方がいいでしょう?」
「そういうもの……なのか?」
「ええ、そういうものよ。普通に考えられなかったのかしら? 女心ってものは世界の凡てを発見するよりも難しいことなのよ? 理解出来ないことだと一蹴してしまうのは、幾ら何でも……少し頭が悪い行動なんじゃないかしら」
「頭が悪い。そりゃ、僕は男だからね。女性の言葉、心、仕草……そこに込められた隠された意味なんてそう簡単に理解出来ない。いいや、理解できやしないよ。何せ、性別が違うという根本的な問題を抱えているのだからね」
「それがダメだと言っているのよ!」
人差し指を香月の鼻に突き刺す。とはいえ突き刺された方は人間の肌、そう簡単に押し込まれることは無く、若干凹む程度で後は戻ってしまう。
「ダメ、とは」
「あんたは女心をまったく解っていない、ってこと。あなたの話は以上、次に春歌さん」
果は言うだけ言って、春歌の方に身体を向けた。
その剣幕で見つめられたので少し彼女は物怖じしてしまった。
次の瞬間、彼女の頭を果がチョップした。果の名誉のために説明を補足しておくと、力を強く加えたわけではなく『おふざけ』でやったような、そんな感じだ。
「あなたもあなたで問題点があるから言っておくわ。香月クンの前であの『事故』の話は御法度。あなただってトラウマになっていて、もう触れられたくないことを何度もほじくり返してほしくないでしょう? つまり、そういうこと」
早口でまくし立てられて、後半何を言っているのか少し理解に乏しいところもあったが、前半の内容で何となく補足することが出来た。
果の話は続く。
「少しあなたも考えたらどう? あなたがされて嫌なことは、その人もされて嫌だということ。それを自覚しなさい」
「自覚……ですよね、そうですよね。ほんと私は馬鹿でした。すいません、柊木さん」
深々と頭を下げる春歌。
それを見て香月は慌てて、
「いや、君が謝ることじゃない。だからといって、きみのしたことが許されることでもないのは確かだけれど」
「……やっぱり未だ怒っているじゃないですかあ!」
「そりゃ怒っているよ。だって、僕の言ってほしくないことを目の前で言われたのだよ? 怒るのも当然だろう?」
香月は手を上げる。
「香月クン」
「解っているさ」
果の言葉を、彼は受け入れる。
そしてそのまま彼はその手を――彼女の頭に優しく押し当てた。
要するに、彼女の頭を撫でたということだ。
「……え?」
彼女は一瞬思考を停止させた。
香月がそんな行動をとったのが、まったく理解できなかったからだ。
「そんなことを言わせる状態にしてしまったこと……それは申し訳ないと思っている。それはすまなかった。それについてお詫びしたい。それが僕の意志であり、決定条件だ」
「べ、別に構わないよ、そんなこと……。悪いのはこっちなのに」
「どうやら、あっという間に解決したようで何より。これであとしばらく続いていたらとんでもないことになっていたよ。……さて」
果は白衣のポケットから紙切れを取り出した。
「その紙切れは?」
「これは情報だ。『彼女』から手渡されたものだよ」
彼女、というのはヘテロダインの代表――ユウにほかならない。
ユウはヘテロダインを動かしたくない。だが、ホワイトエビルは倒したかった。そのために香月に情報を渡したのだろう。秘密裡に彼女に渡したということだ。
「代表が提供した情報……相当な情報なのか?」
「さあ? それは私にも解らないよ。いい情報なのかまったく使えない情報なのか……それは君がこれを見て判断することだ」
香月は情報の書かれた紙切れを受け取った。