結果として。
会議が終了するまでそれから一時間程かかった。内容は日常の会話の成分の方がどちらかというと多かったように思えるが、しかしきちんと結論は出されていた。
「ホワイトエビルとの全面戦争も辞さない、かあ……」
春歌は香月と歩きながら、会議での結論を呟いた。
「あくまでもあれは代表の言い分だからな? 実際問題、そのようなことをしてしまえば反対派は必ず出てくる。だからそう大っぴらに動くことは出来ない。出来たとしても、僕とあと数名が出られるくらいか。それもヘテロダインと言う名前は公開出来ない」
「どうしてですか」
「それが組織同士の争いに繋がりかねないからだ。全面戦争も辞さないと言っていたが、実際にはそれを避ける必要がある。いや、それは避けなければならない。そのために、今の時点で食い止める」
香月の言葉に春歌は首を傾げる。
「でも、どうすれば?」
「僕たちだけで解決するしかない、ということだよ。深海の民の依頼を引き受けたのもそれが理由だろうね。それによってホワイトエビルの悪事に関する証拠が見つかれば攻撃の正当化を理由づけることが出来るから」
「……あなたは深海の民とホワイトエビルに、何か関連性があると思っているんですか?」
「残念ながら確固たる証拠が無いのは事実だ。……しかし、実際問題、深海の民が現れた時期と飛行機事故には密接な関係がある可能性という状況証拠、それに飛行機事故を引き起こしたのはホワイトエビルという……こちらも状況証拠になるが、その二つがある。状況証拠はもう大丈夫だ、あとは物的証拠。しかもそれ一つでホワイトエビルの悪事を暴くことが出来るようなもの……。それさえあれば、後は楽なんだけれどなぁ」
香月はそう言うと頭をがしがし掻いた。そんなことを言うのは、彼にとってまったく道筋が立っていないという意味に等しいのだが――春歌には知る由も無かった。
香月の話は続く。
「それにしても……思ったよりヘテロダインも手を|拱(こまね)いているようだったな……。はっきり言ってあれは丸わかりだ」
「ヘテロダインがホワイトエビルに手を出せない、或いは出そうとしない理由でもあるんですか?」
「いや、そんなことは……無いはずだ。彼らが守りたいのは組織の看板。ホワイトエビルは、残念ながらとても強固な組織だ。現代に魔術師が誕生した、その当初から活動していたのだからな。……対してヘテロダインは寄せ集めの集団に過ぎない。力だけをパラメータ化すれば、もしかしたらこちらが強いかもしれないが、自らの利益のみを追求する魔術師も少なくないからな……。それを考慮すれば確実に勝てない」
「……でも、ヘテロダインもそれをしっているんですよね? 自覚しているんですよね? だったら……」
香月はその言葉を聞くや否や、態度を一変させた。
鋭い目つきで春歌を睨みつけたのだ。睨みつけられた彼女が身震いしてしまう程に、殺意の籠もった視線だった。
香月は直ぐに我に返る――その理由は紛れもなく彼女の怯えた表情を見たからなのだが――と、顔を俯かせた。
「済まない。君にぶつけるべきでは無い。寧ろ僕の方がぶつけられる立場だと言うのに」
「いえ、別に……」
そんなことなど、考えてはいなかった。
ただ今の彼女は申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだから。
「気持ちを切り替えよう」
香月は身体を伸ばした。凝り固まった筋肉を解すためと、その気分転換だ。
「ホワイトエビルが君を狙う理由……それはもう充分過ぎるぐらいに理解した。ともなれば次は、どうやってホワイトエビルから守り抜くか、だ……。ホワイトエビルの魔術師は精鋭揃いだ。今日のような連中はフリーの魔術師を適当に使っただけに過ぎないだろう。恐らくは、僕たちの力量を量るために」
「それだけのために……魔術師を使い捨てに?」
「充分考えられる可能性だ。勿論、間違っている可能性も大いに有り得るがね」
春歌は信じたくなかった。人間をそんな風に使い捨てにする人間を、知りたくなかった。
「……世界には知りたくない事実なんてごまんとある。知るべき事実の方が少ないくらいだ。この場合は知りたくないというよりも『知らなきゃ良かった』とでも言えばいいだろうか。まあ、それはただの言葉の綾だ。そんなものはどうでもいい」
香月は首を横に振り、話を続ける。
「だがね、知りたくなかった事実を受け入れなくてはならない。その凡てを知って、理解しろ……そこまでは強要しない。だが、せめて……それくらいはしてもいいんじゃないか?」
春歌は俯いたまま、何も答えない。
溜息を吐いて、話を続ける。
「確かに僕だって信じたくなかったことや理解出来ないこと、たくさんあった。特に魔術師という道を進んでからね。でも僕はそれを後悔していない。その人生を後悔しちゃいない。それをした途端、今までの自分が無かったことにされる気がしたからだ。今までの、僕の人生が全部無かったことにされると思ったから」
「後悔……それじゃ、あなたはあの時飛行機に乗ったことも後悔していないというの?」
香月の表情が一瞬歪んだ。
「……なぜそのことを知っているんだ?」
「果さんから聞いた。……いいえ、今はその情報源なんてどうでもいい。私が言いたいのはただそれだけ。……香月くん、あなた本当に……飛行機に乗ったことを……」
「やめなさい、城山春歌」
二人の会話が何者かによって中断された。
声のする方を振り向くと――そこに立っていたのは果だった。