ヘテロダイン基地、香月の部屋。
「久しぶりだなあ、香月クンの部屋にやってくるのも」
「そうだったか?」
「魔術師を半分引退してから、私はヘテロダインの基地に訪れないようにしていたからね。香月クンの部屋に訪れるのも……五年ぶりくらいか? ボスにはお世話になったものだよ」
「ボスは相変わらずああいう感じだよ。覚えているだろう? 魔術師じゃなかったらただのマッドサイエンティストと言われてもおかしくない感じだよ」
「マッドサイエンティストね、笑える」
果は笑みを浮かべる。
「笑っている場合じゃないですよ。ボスの対応を一手に背負う僕の気持ちにもなってほしいですよ」
「私は旧知の仲だから、そう言われると『あー、やっぱそうなっているのかー』ってなるよ。うん」
「だから! そういう問題では無くて! ええい、面倒だ! 取りあえず、今回の報告をする必要がある。ボスの部屋へ向かうよ」
そう言って香月は部屋を後にした。
「私たちも向かうことにしましょうか」
「向かう……って?」
「当然。ボスの部屋だよ。私たちも当事者になってしまったからね。春歌ちゃんはもともと当事者だったとして、私はついさっきホワイトエビルと戦った。それは即ち、今回の事件に関与したということになる。そうなると
「……まあ、確かにそうかもしれないですけど……」
「話が解ったようで何より。それじゃ、一緒に向かおう。香月クンと同じタイミングで行ったほうが楽だ。『彼女』との付き合いは長いが、どうもいまだに慣れない部分があるものでね……」
「あら、言ったかしら?」
それを聞いて、果の背中に電気が走ったような衝撃を受けた。
すぐに振り返ると、そこに立っていたのは。
白衣を着た女性だった。銀髪で眼鏡を付けた女性は、果の方を見てにっこりと笑っていた。
「久しぶりだね、果たん♡」
「……私は出来ることなら会いたくなかったよ」
溜息を吐いて果は言った。
女性は手を背後の方に回して、
「ええっ? 別にいいじゃないか、僕は寂しかったんだよ? 香月クンがああだから仕方ないかもしれないけれど、君が魔術師を辞めて香月クンの育成に専念したときはね。そりゃ三日三晩泣き叫んだものさ」
「嘘を吐かないでもらえるかしら、ユウ?」
「ユウ?」
「ユウというのは僕の名前だよ、城山春歌」
言ったのは白衣の女性――ユウだった。
「ユウ・ルーチンハーグ。それが僕の名前。どこの人間なのか……というのは少しだけ内緒にさせてもらうよ。それはね、僕の最重要事項であるからね。致し方ないことではあるよ」
ユウは溜息を吐いて、
「僕はヘテロダインの代表として、ずっと活動してきた。ヘテロダインは僕が設立したわけだけれど、その前身……もともとの場所と言えばいいかな? その団体はたくさんあったわけだけれど、それをまとめ上げたのが僕、ってこと。案外大変なんだよ? この組織をまとめ上げるのはね。香月クンや果たんみたいにまともな人間ばかりが居るわけではないからねえ。特にならず者ばかりが集まっている『シークエンス』とかは」
「シークエンスは未だならず者ばかりが集まっているのか。区画整理とかすればいいのに」
「区画整理をするほどまでではないのよね。実際問題、それ程までにすることではないのだから。区画整理をすることで、逆に秩序が乱れるかもしれないし」
「何を話しているのかと思えば。僕の部屋に居たのか」
話を中断させたのは香月だった。
香月の声を聞いてユウと果はそちらを向いた。
「やあ、香月クン。ここに戻ってきたということは、深海の民について情報がまとまったのかな?」
「何を言うのか。そういうわけもないだろう。確かに情報は少しばかりまとまってきたとはいえ、まだまだ不足なところも多い。だから図書館での情報を集めて、これからレポートにまとめようとはしているが……、それよりも先に奴らが攻撃を仕掛けてきた。だから、ここにやってきた。逃げ込んできた、と言ってもいいかもしれないな」
「ホワイトエビル、か?」
それを聞いてこくりと頷く香月。
「何を笑っているのかな。こちらは生死をかけていたというのに」
ユウは笑みを浮かべていたが、香月に苛まれてそれを止めた。
「別にそれはいいだろうに。笑うことくらい構わないだろう。実際問題、君たちが無事なのだから、何の問題も無いだろ?」
「それはそうかもしれないが……」
香月はイライラを募らせる。
「……さて、それじゃ状況を整理しようか」
瞬間、ユウの顔が真剣になる。
今まで『遊び』であったが、今からは『ヘテロダインの代表』だ。
「だが先ずは、ここから別の場所に移ることとしよう。理由は単純明快、話が長くなるかもしれないからだ。話が長くなると、立っているのがつらくなるからね。僕もつらいし。君たちもきっとつらいだろう? だから、そうすることにした」
「部屋を移す……どこで? 会議室とかか? 会議室は確か別の会議をしていて、凡て埋っていたと記憶しているが」
「会議室は会議室でも、僕の部屋だ。そこは会議室の役割をも担っている。だから、一番いいんだ。別に相違ないのならば、そこでやる予定なのだけれど。問題ないかな?」
「まあ、別にいいだろう。そこまで指定することでもないし。こちらとすれば、情報を提供し、共有し、課題を解決出来ればそれでいい」
「それじゃ決定だな。急いで向かおう」
そして、ユウの指示に従って、香月たちは会議室へと向かった。