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第17話

 魔術師の身体が燃え尽きるまで、そう時間はかからなかった。


「所詮、二流だったということだ。いや、或いは三流か……。そのいずれかということだ」


 香月はそう言葉を吐き捨てて、空を見る。


「未だ時間はそうかかっていない……。おそらく、あちらも被害にあっているだろう。だとするなら、危険だ」


 そして、香月はパーカーのフードを被る。

 パーカーは、彼が仕事の時に着用する、いわば『仕事着』だ。



 ◇◇◇



 その頃、病院に居る果と春歌。

 崩れたコンクリート片が山となった、それを見て魔術師は微笑んでいた。

 やはり一般人は、魔術師にとってみれば赤子も同然だ。即ち、魔術師が一般人を殺すことなど容易いということである。だから、この勝負はほかの魔術師が客観的に見れば、勝負では無く『虐殺』というのかもしれない。


「……他愛も無い。やはり、魔術師が人と戦うのは、蹂躙しているのと一緒ということになるのだろうな」


 魔術師は微笑んだまま、踵を返し、立ち去っていった。



 ――その時だった。



 魔術師は咳き込んだ。それだけならば、風邪かもしれないと疑うだけだったのだが――。

 手を抑え、咳き込んだ魔術師。

 魔術師はその手を見る。

 その掌は、真っ赤なものが点在していた。

 それが血であると理解するまでに――そう時間はかからなかった。


「――え?」


 同時に魔術師は膝から崩れ落ちる。


「一つ、いいことを教えてあげるわ……魔術師サン。それはあなたの敗因よ。あなたは私たちを魔術師ではない、ただの一般人だと考えた。その仮定が大きく間違っているということ、それを理解したほうがいいわ。まあ、もう死んでしまうのだけれど」

「な……んだと?」


 魔術師は振り向く。

 背後に立っていたのは、そこには居なかったはずの春歌と果だった。

 果はあるものを持っていた。


「なぜ、なぜお前が持っている!」

「別に持っていても問題ないでしょう?」


 果はコンパイルキューブを手に、笑っていた。


「――まあ、一つ補足するのならば、私は、十年前を最後に魔術を使わなくなった。理由は単純明快。柊木香月という最強の魔術師に成り得る人財を育てるため」

「柊木香月を……か。ハハハ、成る程ね! これほどの魔術師が見つからないわけだ! ランキング上位にも成り得る魔術師が、こんな病院の一医師になっているとは!」

「笑っている場合? 私の左手に持っているものを、見ていないのかしら?」


 は? と呆気にとられた魔術師は再び彼女の身体を見る。

 右手にはコンパイルキューブ、そして左手には――心臓が握られていた。


「まさか……!」


 見る見るうちに青ざめていく彼の顔。


「そうだ。ここにあるのは君の心臓だよ、名もなき魔術師クン?」


 心臓は完全に抜き出されていて、独立しているにも関わらず、いまだ脈打っていた。

 まるで、心臓が未だ生きているように――。


「未だ、ではない。ほんとうに生きているのだよ。これも魔術による賜物だ。私は職業柄医術に近い魔術を使うことが多くなってね……。おかげで、それを使うようになったわけだよ。いまではそれがエキスパートってこと。専門家というのも大変だねえ?」

「エキスパート……だと?」

「そう。医術と魔術は似ている。似ているようにしたのは私だがね。……どちらにせよ、ホワイトエビルも最悪の相手を見つけたと思っているのだろうな。どうせ、私のことは前々から知っていたのだろうが、末端のお前には知らされていなかったのだろう? その驚くような表情からして」

「まさか、|組織(ホワイトエビル)が?」

「さあね。どちらにせよ、あんたが見捨てられているのは事実。……さてと、そうだとしても私に戦いを臨んだのも事実。あんたをどうやって料理していこうか?」


 そして、心臓を持つ腕に力を込め始める。


「お、おいやめろ……。やめるんだ……!」


 命乞いを始める魔術師。

 それでも、力を込めることはやめない。


「ねえ、あなた知っているかしら。魔術師と人間の戦いじゃ、魔術師に対抗する手段が無いから、そう感じるらしいのよ。私はそれが嫌でね。だから、私の素性を知っている人間はそう言わない。『魔術師と人間のパワーバランスについて、人間を侮蔑するような発言』はしないのよ。した時点で……私が何をするか、解っているから」

「まさか、何を」

「何をするのかは、あなたが一番解っているのではなくて? 心臓は一生鼓動を刻み続けるから、筋肉がそれなりに固い。だから、潰すのは難しくてね。いつも力加減が難しい。あまり強すぎると私の身体が血まみれになってしまうからね。それははっきり言って勘弁してもらいたいのよ。あらぬ疑いをかけられてしまうからね。魔術師と魔術師の戦いに、魔術師以外の属性の人間が介入されることは、魔術師のルールからして許されないからね」


 そして。

 魔術師の心臓が、耐え切れず――破裂する。

 同時に魔術師は白目を剥いて、気絶した。……正確に言えば、気絶したように見えるだけで、実際には死んでしまっただけなのだが。


「さて、と」


 掌に付いた魔術師の血をぺろりと嘗めて、言った。


「これは高い講義料になるよ、少年魔術師サン?」


 窓から空を見て、果は微笑んだ。

 その笑顔が月に照らされて、とても綺麗だった。


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