魔術師の身体が燃え尽きるまで、そう時間はかからなかった。
「所詮、二流だったということだ。いや、或いは三流か……。そのいずれかということだ」
香月はそう言葉を吐き捨てて、空を見る。
「未だ時間はそうかかっていない……。おそらく、あちらも被害にあっているだろう。だとするなら、危険だ」
そして、香月はパーカーのフードを被る。
パーカーは、彼が仕事の時に着用する、いわば『仕事着』だ。
◇◇◇
その頃、病院に居る果と春歌。
崩れたコンクリート片が山となった、それを見て魔術師は微笑んでいた。
やはり一般人は、魔術師にとってみれば赤子も同然だ。即ち、魔術師が一般人を殺すことなど容易いということである。だから、この勝負はほかの魔術師が客観的に見れば、勝負では無く『虐殺』というのかもしれない。
「……他愛も無い。やはり、魔術師が人と戦うのは、蹂躙しているのと一緒ということになるのだろうな」
魔術師は微笑んだまま、踵を返し、立ち去っていった。
――その時だった。
魔術師は咳き込んだ。それだけならば、風邪かもしれないと疑うだけだったのだが――。
手を抑え、咳き込んだ魔術師。
魔術師はその手を見る。
その掌は、真っ赤なものが点在していた。
それが血であると理解するまでに――そう時間はかからなかった。
「――え?」
同時に魔術師は膝から崩れ落ちる。
「一つ、いいことを教えてあげるわ……魔術師サン。それはあなたの敗因よ。あなたは私たちを魔術師ではない、ただの一般人だと考えた。その仮定が大きく間違っているということ、それを理解したほうがいいわ。まあ、もう死んでしまうのだけれど」
「な……んだと?」
魔術師は振り向く。
背後に立っていたのは、そこには居なかったはずの春歌と果だった。
果はあるものを持っていた。
「なぜ、なぜお前が持っている!」
「別に持っていても問題ないでしょう?」
果はコンパイルキューブを手に、笑っていた。
「――まあ、一つ補足するのならば、私は、十年前を最後に魔術を使わなくなった。理由は単純明快。柊木香月という最強の魔術師に成り得る人財を育てるため」
「柊木香月を……か。ハハハ、成る程ね! これほどの魔術師が見つからないわけだ! ランキング上位にも成り得る魔術師が、こんな病院の一医師になっているとは!」
「笑っている場合? 私の左手に持っているものを、見ていないのかしら?」
は? と呆気にとられた魔術師は再び彼女の身体を見る。
右手にはコンパイルキューブ、そして左手には――心臓が握られていた。
「まさか……!」
見る見るうちに青ざめていく彼の顔。
「そうだ。ここにあるのは君の心臓だよ、名もなき魔術師クン?」
心臓は完全に抜き出されていて、独立しているにも関わらず、いまだ脈打っていた。
まるで、心臓が未だ生きているように――。
「未だ、ではない。ほんとうに生きているのだよ。これも魔術による賜物だ。私は職業柄医術に近い魔術を使うことが多くなってね……。おかげで、それを使うようになったわけだよ。いまではそれがエキスパートってこと。専門家というのも大変だねえ?」
「エキスパート……だと?」
「そう。医術と魔術は似ている。似ているようにしたのは私だがね。……どちらにせよ、ホワイトエビルも最悪の相手を見つけたと思っているのだろうな。どうせ、私のことは前々から知っていたのだろうが、末端のお前には知らされていなかったのだろう? その驚くような表情からして」
「まさか、|組織(ホワイトエビル)が?」
「さあね。どちらにせよ、あんたが見捨てられているのは事実。……さてと、そうだとしても私に戦いを臨んだのも事実。あんたをどうやって料理していこうか?」
そして、心臓を持つ腕に力を込め始める。
「お、おいやめろ……。やめるんだ……!」
命乞いを始める魔術師。
それでも、力を込めることはやめない。
「ねえ、あなた知っているかしら。魔術師と人間の戦いじゃ、魔術師に対抗する手段が無いから、そう感じるらしいのよ。私はそれが嫌でね。だから、私の素性を知っている人間はそう言わない。『魔術師と人間のパワーバランスについて、人間を侮蔑するような発言』はしないのよ。した時点で……私が何をするか、解っているから」
「まさか、何を」
「何をするのかは、あなたが一番解っているのではなくて? 心臓は一生鼓動を刻み続けるから、筋肉がそれなりに固い。だから、潰すのは難しくてね。いつも力加減が難しい。あまり強すぎると私の身体が血まみれになってしまうからね。それははっきり言って勘弁してもらいたいのよ。あらぬ疑いをかけられてしまうからね。魔術師と魔術師の戦いに、魔術師以外の属性の人間が介入されることは、魔術師のルールからして許されないからね」
そして。
魔術師の心臓が、耐え切れず――破裂する。
同時に魔術師は白目を剥いて、気絶した。……正確に言えば、気絶したように見えるだけで、実際には死んでしまっただけなのだが。
「さて、と」
掌に付いた魔術師の血をぺろりと嘗めて、言った。
「これは高い講義料になるよ、少年魔術師サン?」
窓から空を見て、果は微笑んだ。
その笑顔が月に照らされて、とても綺麗だった。