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第13話


 通路を歩く香月と春歌。


「あ、あの……」


 春歌が訊ねる。


「どうした?」


 香月は歩きながら、春歌の言葉を聞く。


「あの『任務』……受けるのでしょうか?」

「受けるのか、とは? あの時点ですでに任務を受けることは決定している。相手側から僕のことを指定しているのならば、猶更だ。それともあれか? 君はこの任務を受けるべきではないと、そう言いたいのか?」

「いや、そういうわけではないのですけれど……」

「何だ、さっさと言ってくれないか。僕はこれから『深海の民』に関する情報を集めなくてはならない。だから手短に頼むよ」

「……深海の民を解決することと、私の敵について、それは関係性があるのでしょうか?」


 それを聞いて香月は行動を停止する。

 香月は踵を返し、彼女に語り掛けた。


「今は関係が無いかもしれない。だが、この事件……何か裏があると考えている」

「裏がある、ですか……」


 頷く香月。その目線はしっかりと春歌を捉えていた。


「『深海の民』、それの全容が解らないとはっきりとは言えないが……嫌な予感がすることは確かだ。それによって何かが生み出されてしまうのか、何かが解決するのかは不明だと言ってもいい。そうだとしても、やりきるのが魔術師というものだ。仮にそれに魔術師が絡んでいるというのならば、猶更」

「どうしてですか」

「魔術師は魔術師にしか殺すことが出来ない。……まあ、ただの逸話になるがね、魔術師を一般人が殺すには相当な努力を必要とする。それを考えると、魔術師が魔術師を殺すのが一番だということだ」


 魔術師が魔術師を殺すのに一番適している。

 それは事実なのかもしれないが――それと同時に、悲しいことでもあった。


「魔術師を倒すためには……魔術を使う必要がある。相手と同じ舞台に立たなくてはならない。そのためにも、君は魔術師としてならなくてはならない」


 彼は、彼女は、突き進まなくてはならない。

 それがたとえいばらの道であったとしても。



 ◇◇◇



 昔々、その昔。

 一人の少年が夢を見ていました。

 その夢は、普通の少年が、世間一般の少年が夢見るものと同じでしたが、ある事件を発端として、それを変えざるを得なくなりました。

 彼の両親はある事件で亡くなってしまいました。

 そして、彼は次第にあることを想い始めました。

 それは圧倒的な恨み。

 それは圧倒的な妬み。

 それら凡てが、事件を引き起こした諸悪に向けられました。

 もし目の前に諸悪が居るならば、彼は凡ての方法を使って息の根を止めていたことでしょう。

 しかし、残念ながら、彼にはその方法がありませんでした。

 そのため、彼はある人を師匠としました。敵を殺すための方法を身に付ける――そのために。

 しかし、師匠は復讐など望んでいませんでした。

 師匠曰く、復讐からは何も生み出されない――と。

 それを聞いて、いつしか少年は復讐ということを忘れていった。

 だが、師匠すら知らなかった――。

 彼の心は、まだ癒えていないということを。



 ◇◇◇



 飛行船にて。


「それでのこのこ戻ってきた、と?」


 ホワイトエビル代表、増山敬一郎は井坂の方を見つめて言った。彼の右手にはワイングラスが握られている。ワイングラスの三分の一程度には、赤ワインが満たされている。

 井坂は頭を下げたままだった。


「申し訳ありません……! 私たちとしても、急いで探している方針ですが……! まさか、あそこまで気配察知の能力が高いとは思いもせず!」

「言い訳は結構。しかし、私たちが監視しているということは未だ見つかっていないな?」


 頷く井坂。

 それを聞いてワインを飲み干す増山。


「成る程。ならば、宜しい。若干手間は増えてしまうが……作戦に異常はない。あの魔術師が何を調べようとしているのかは未だ判明していないが。まあ、それもじき解ることだろう」


 井坂が頭を上げ、立ち上がる。

 それを見て、増山は首を傾げる。


「どうした?」

「あの……、私も作戦に参加するため、ひとまず戻ろうかと」


 そう答えた瞬間――井坂の右手は切断されていた。

 まるでそこから先が最初から無かったかのように――真っ直ぐに、肩から切断されていた。

 痛みは、意外と無かった。

 そして、彼が違和感に気付き右腕の方を見て――それと同時に痛みが襲い掛かる。


「うがあああ!!??」

「やだなあ。まさか、二度も失敗を重ねておいて、作戦に参加したいなんて言い出すのか。幾らなんでも虫が良すぎる話だよ。一回は未だ認めてもいい。ただ、二回目はダメだ。それはダメだよ」


 右手を抑えつつ、増山の方を見る井坂。その表情は苦悶に歪んでいた。


「僕を見つめたって無駄だ。女性に見つめられるならともかく、脂汗を浮かばせた表情でそれを言われても困るって話。二度も失敗しておいて、むしろまだ自分が出来るとでも思ったのかい? だとすればそれはお目出度い精神をしているね……。矯正する必要があるかも」


 もっとも、と付け足して増山は右手を口元へと運ぶ。

 一瞬だった。

 井坂の身体はバラバラに切断された。まるで鎌鼬が、彼の身体を切り裂いたかのように。

 重力に従って彼の身体は落下する。それを見て、増山は微笑む。


「掃除をしなくてはならないねえ……」


 増山は井坂を失ったことよりも、ここの掃除のことを考えていた。

 そしてワインボトルを開けると、ワイングラスにそれを注いだ。


「魔術で生活が便利になるのも、案外困りものかもしれないねえ」


 増山の言葉に誰も答える人間等居ない。

 彼の部屋に転がっている死体が、答えるはずもない。

 今の言葉は完全なる独り言である。

 増山は立ち上がり、窓から外を眺める。外は夜になっていた。夜景がとても綺麗だ。その夜景は百万ドルの夜景とも勝負できるほどだと言われている。

 彼はこの夜景を見下ろすのが好きだった。見下ろすことで何が生み出されるのか――と言われてもそれは現実的に有り得ない。しかしながら、彼はこの夜景を見下ろすことで精神的に安定していたこともまた事実である。


「次の段階に移る必要があるな」


 ぽつり、呟いて彼は再び席へと戻った。

 飛行船は、今日もゆっくりと木崎市の上空に浮かんでいる。


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