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第12話


 香月がその扉の前に立ったのはメールを受け取ってから五分後のことだった。


「『組織』も相変わらず粋な計らいをするものだ」


 皮肉混じりに呟く。

 その扉には交差した二本の槍が描かれていた。ちょうどその中心で扉は分かれており、観音開きのような(ような、ではなく実際そうなのだが)仕組みとなっている。

 香月がここに入るのは、決して初めてでは無い。かといって定期的に入る場所でも無い。

 息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。やはりこの部屋に入る時は緊張する。それは仕方ないことだったりする。


「……失礼します」


 そう言ってノックしようとした――その時だった。

 その観音開きの扉が左右にスライドした。そして中から何者かが飛び出してきた。

 銀髪、メガネ、少しおっとりとした顔。彼女の特徴を述べるなら、それだけであっさりと済んでしまう。

 服装は白衣。理由は「例え白衣一枚でもこれが過ごしやすい格好だから」。そんな理由で白衣を着てもらっては困るのが本音だが、流石にそのようなことを口に出すのは憚られる。

 彼女は今、白衣一枚でこちらに突撃している。色んなものが香月に丸見えであることは(当然)理解出来ているはずだ。

 にもかかわらず、彼女は香月に出撃してきた。


「……!」


 香月はそれを見て一瞬慌てたが、それももう慣れてしまった。何回もやられるわけにはいかない。

 彼は右と左を見る。右と左はそれぞれ通路であり、誰も来る気配は見られない。


「……こっちだ!」


 香月は瞬時に判断し、左を選択した。左に横飛びし、一先ずは衝突を避けられる――。


「甘いね」


 ――はずだった。確かに香月の作戦にも一理ある。だが、それだけでは不可能だ。

 正面から走ってきた女性は霧のように消えてしまった。


「何……だと?」


 香月はその光景を見て、信じられなかった。

 魔術は忍術ではない。だから火遁や土遁、影分身なんて出来るはずも無い。

 だが、精巧に自分の人形を作り出し、それを動かすことが出来たなら?


「まさか……正面はダミー!? 左か右に誘導するための囮だった、というわけか!!」

「ご名答」


 左の耳元に女性が囁いた。

 その声を聞いて、瞬間で理解した香月は質問する。


「……まさか、そのような作戦を使うとは、思いもしませんでしたよ。負けです、僕の」


 それと同時に女性は両手を伸ばし――。



 ――思い切り抱きついた。



 香月の左腕付近に男なら自ずと反応せざるを得ない胸の塊が二個くっつき、その感触が伝わる。しかも白衣以外何も身に纏っていないのならば尚更だ。


「香月くん……会いたかったよぅ。僕は寂しかったんだぜ? 最近君も任務について大変だとか聞いていたし。だから僕も声をかけづらかったのだよ。ならば、このタイミングを考えていたのだよ。このタイミングなら、君と思う存分遊ぶことが出来るからね」

「遊ぶ、って……。仮にもあなたはここの代表じゃないですか。遊ぶ暇なんてあるんですか?」

「暇は見つけるものではないよ。作るものだからね」

「いいこと言ったようなオーラ放っていますけど、それ完全にダメ人間の言葉ですからね!?」


 香月と女性の口論がヒートアップしている最中、部屋から春歌が出てきた。


「あの……盛り上がっているところ申し訳ないんですけど、私たち二人をここに呼んだ理由をお話していただけませんか?」


 春歌の言葉に女性は踵を返した。


「まぁ、慌てることは無いよ。二人にはある任務を受けてもらいたい……というだけだから」

「任務、だって? それはまた急な話だな」

「緊急の任務だからね。それについては致し方ないことよ。もちろん報酬もそれなりの額となるはず」


 香月はそこまで聞いて首を傾げる。


「そんな急拵えで魔術師に頼むことがあった……ってことですか」


 魔術師に仕事を依頼するには、主に二つの方法が挙げられる。

 先ずはじめに『組織』に連絡する必要がある。電話でもメールでも手紙でも構わない。組織は受け取った仕事を任務とし、難易度を査定する。その難易度に合った所属する魔術師に任務を与える。ここまでが一般的な任務の流れだ。

 もうひとつは直接魔術師に仕事を依頼する方法である。これは魔術師本人との連絡手段が求められるが、交渉に応じては費用が前者より安く済む場合がある。


「あちらさん……即ち客はあなたに仕事を依頼している。表向きにはヘテロダインに、となっているけれど魔術師の指定つき」

「任務の内容は?」

「ある都市伝説を調べて欲しい、とのことよ。君……『深海の民』という都市伝説は知っているかい?」


 『深海の民』。

 シチュエーション等は異なるが、共通して『海の上に人が立っていて、それがゆっくりと海へと沈んでいく』というものだった。見ると海に引きずり込まれて自分も深海の民になってしまうとか、深海の民は海の中でしか行動することが出来ないとか言われているが、結局は謎のままである。


「……その都市伝説を調べて欲しい、とは言うがどうすれば? 全容を解明しろ、とでも?」

「この依頼人の娘さんが深海の民に見初められて行方不明になったらしい。警察に言っても取り合ってくれない、とのことだ。深海の民に見つめられた彼女は、ゆっくりと、自分の足でそこまで向かったらしい」

「深海の民……私もよく学校の友達と話をしますけれど……、行方不明になると二度と見つからないか、運が良ければ死体で見つかるかの何れからしいですよ。海難事故で死体が出てこない時も『深海の民』が海に引きずり込んだ、って話題にしていましたもん」

「話題……ねえ。どうして女性はそういうものを好むのか。人が何人も死んでいるというのに」


 そこまで香月が言ったところで、女性が手を叩いた。


「……香月くん、この任務受けてくれるかな?」

「別に構わない。あちらは僕を指名しているのならば、それに従わなくては僕の名誉に関わる」

「せめてそこは組織の名誉にも、と付け足してくれると有り難かったんだけどなぁ……」

「何か言ったか?」

「僕は何も言ってないぜ。いいからそのコンパイルキューブを下ろしてくれよ。僕は君と一戦交えるつもりなんて毛頭無いし。それに、今ここで戦えば君は確実に負けると思うけれど?」


 それに香月は何も言わないで、踵を返した。


「……期限は。いつまでに終わらせればいい」

「概ね一週間程度。ただし、これはあくまでも努力目標。依頼人は『なるべく早く』としか言っていないからね」

「……解った」


 香月は短く返事をすると、そこを後にした。

 春歌は小さく頭を下げてから、彼の後を追った。



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