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第11話

 木崎市中心部から少し離れた場所には高層マンションが建ち並んでいる。そのどれもが高級マンションであり、一カ月の家賃が何十万とするのが普通な場所となっている。

 そういう場所だから、歩く人たちもそんな雰囲気を醸し出している。マダムももう数え切れない程見ている。

 香月はもう何度もここを歩いているからか堂々としているが、春歌はどこかおどおどとした様子だった。先程もマンションが混在するエリアに入るときあまりにも怯えていたため警備員に不審がられた程だ。


「……別にそんな緊張することでも無いだろうに。というか制服でいる段階で僕たちの素性は半ば判明していると言ってもいい。だから、堂々としているがいい」

「堂々と、って言われても……。やっぱり来たことの無い場所とか考えると緊張しちゃうよ」


 春歌の言葉にも一理ある。現に香月が初めてここを訪れた時も、少なからず緊張したものだ。もしかしたらそれを投影しているのかもしれない。

 香月は微笑むと、そのまま歩き続ける。


「ところで、どこまで歩くんですか? もう暫く歩きましたよ……」

「もう直ぐだ。あと少しで到着するよ」


 暫くして、香月が歩を止めた。

 目の前にあったのは小さな廃ビルだった。廃ビルには工事現場によく見られる柵が置かれていた。

 そこにある小さな扉に、躊躇なく入っていく香月。


「わ、わわ……。待ってよ!」


 それを見て慌てて彼の姿を追う春歌。

 ビルの中は閑散としていた。荷物は凡て持ち去られており、床にゴミすら落ちていない。こんなところにどうしてやってきたのか――そう思う程だ。

 二階に昇る。二階も状況は変わらない。ゴミも無いし、家具も無い。

 だが、一つだけ違うところがあった。


「自動……販売機?」


 そこにあったのは自動販売機だった。電気も点いておらず、販売中を示すランプも消えていた。

 そこで香月はあるものを春歌に手渡した。

 それはチップだった。百円玉でも五百円玉でも十円玉でも一円玉でも五円玉でも無い。ついでに言うなら五十円玉ですらない。火の鳥の模様が描かれているチップだった。

 そのチップを手渡されても、春歌はそれがどういう意味なのか理解できなかった。


「あ、あの……これは?」

「チップだよ。それを使うんだ」


 そして、チップを自動販売機へと入れる。

 同時に、自動販売機はスライドしていく。


「ええっ!?」

「驚くのはここからだ」


 そう予告すると、香月は自動販売機からチップを回収する。

 そして、壁が上にスライドしていく。

 そこから姿を現したのは、扉だった。扉の隣には三角形のボタンがある。


「これってもしかして……エレベーター?」


 その言葉に頷く香月。

 そして香月はゆっくりと中に入っていく。

 その後を追う形で、春歌も中に入って行った。

 エレベーターの中は思ったより広かった。柱の中に隠れているとは思えない程の広さだった。


「……というか、柱の大きさよりも大きくない?」

「どうした、春歌?」

「はい? い、いやなんでも」


 春歌は咄嗟に嘘を吐いてしまい、それに気付いたのはその言葉を言った直後だった。だが、それを訂正することも無く、香月の行動を見ることにした。

 香月はエレベーターのボタンを押す。エレベーターのボタンは一つしか無いため、おのずとそれを押すしかない。

 その同時にゆっくりとエレベーターが降下していく。

 暫くしてエレベーターが停止する。扉が開くと、そこに広がっていたのは通路だった。通路の終わりはここからでは見ることが出来ない。それ程長い通路となっていた。


「ついてくるがいい。まだここからは遠い。歩くことになるからね」


 その言葉に頷き、香月の後をついていく春歌だった。




 通路を暫く歩いていると、壁に突き当たった。通路も見当たらない。ここで行き止まりになるのか――と考えていた春歌だったが、それを他所に、壁に手を当てた。

 すると――壁がゆっくりと動き始める。

 それが扉であることに気付くのは、そのタイミングだった。


「ようこそ、ヘテロダインへ」


 そして二人はヘテロダインのアジトへと足を踏み入れる。



 ◇◇◇



 香月の部屋ははっきり言って汚かった。

 だが、春歌はそれを見て汚いということも無かった。

 よく考えれば彼女は初めて男性の部屋に入ったということになる。だが、不思議とそのような感じは無く、むしろ好意的に感じ取ることが出来た。


「適当に腰掛けてくれ。もし座布団が必要なら……」

「ああ、大丈夫です。普通に、しますから」


 春歌はそのまま腰掛ける。

 香月は一つ咳払いして、話を続ける。


「とまあ……僕が君の監視をすることになったわけだが、要するに体のいいボディガードということだろう。きっと、組織もそういう風に依頼したに違いない。まったく、風花さんも人使いが荒い」

「あの……すいませんでした」

「ん? どうして君が謝る必要がある? 悪いのは……いや、別に悪い意味ではないけれど、それを考えたのはヘテロダインだ。たとえ君が依頼したとしても、ヘテロダインがそのように命令したのならば、そちらを優先せねばならない」

「そうですよね……」


 香月はそこで違和感に気付く。


「どうした?」


 訊ねる香月。

 春歌は顔を赤らめて、観念したように言った。


「……お手洗いはどこに?」

「ああ、お手洗いか」


 溜息を吐いて、左を指差す。


「左に真っ直ぐ行くとトイレがある。一応言っておくが、男女別だぞ」

「解りました! ありがとうございます!」


 小走りに駆けだしていく春歌。


「そんなに我慢していたのか……?」


 香月はそんなことを呟く。もし本人に聞こえていたら鉄拳が飛んできたことだろう。

 一人になった香月はラックから資料を取り出した。


「ホワイトエビル……。まさかここで戦うことになるとは」


 ホワイトエビルの情報が詰まったファイルだった。それを持っている人間はヘテロダインのボスを含めて僅かな人間だけとなる。

 ならば、なぜ彼がそれを所有しているというのか?

 それは彼がホワイトエビルを追っているからである。彼にとってホワイトエビルは仇敵と言っても過言では無い。なぜならホワイトエビルは――。


「十年前、父さんと母さんを殺した敵、まさかここで晴らせるなんて……」



 ――十年前、二人の魔術師を抹殺するためだけに飛行機事故を引き起こしたのだ。




 ◇◇◇




 十年前。

 木崎湾、飛行機の残骸。

 幼い彼が親の無事を確認しているとき、そいつは現れた。

 白髪、背が高いそれは確実に両親を『殺した』。

 救助されたのち、彼はそれを訴えたが警察はまともに取り合わなかった。

 その時、現れたのは――。


「君は魔術師の才能がある。どうだい? ヘテロダインに来ないか?」

「ヘテロ……ダイン……」


 それが、彼とヘテロダイン――組織との出会いであった。




 ◇◇◇





「……眠ってしまったのか」


 香月は目を覚ました。時計を見ると二十分程。

 ……女性のトイレが長いことは、彼の『叔母』から知っていたが。


「そうだとしても、長い。まさか、何かあったんじゃあるまいな……」


 彼は立ち上がり、自分の部屋を後にした。

 ちょうどその時だった。彼のスマートフォンがかすかに揺れた。


「メールか……」


 画面を見るとメールのようだった。差出人は『heterodyne』。即ち、組織からのメールということになる。

 そこにはある場所に来るよう明記されていた。


「成る程ね……。先ずはあちらから接触した、と」


 そう呟いて、改めて香月は自分の部屋を出ていった。


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